爆炎の要塞
三日後の早朝。
丘の上に立つ涼真の髪を、冷たい風が撫でていく。
彼は双眼鏡を構え、一キロ先に鎮座する灰色の要塞を凝視していた。
石積みの壁、狭間のある櫓。いかにも戦国時代の堅牢な砦だ。
「半兵衛。あの要塞、どう思う?」
半兵衛が優雅に扇子を広げる。
「甲府への喉元を押さえる要衝にござるな。佐々木重信の守りは堅い。正面から攻めれば、どれほどの犠牲が出るか……」
涼真は鼻で笑い、双眼鏡を下ろした。
「古代人の発想だな。あんな石積み、俺から見ればジェンガみたいなもんだ」
「じぇんが……?」
「積み木崩しだよ。構造力学も知らない連中が作った壁なんて、一点を突けば崩壊する」
涼真は深呼吸をした。
肺に冷たい空気を満たし、覚悟を決める。
今回の召喚は、今まで以上に精神を削るだろう。
システム起動。
血色の光が溢れ出し、空間が歪む。
大量のTNT爆薬、工兵用ショベル、起爆装置、導爆線、そして潜水装備が具現化する。
「ぐっ……!」
涼真はよろめいた。魂の一部をもぎ取られたような喪失感。顔から血の気が引いていく。
「主公! 無茶ですぞ!」半兵衛が支えようとする。
涼真はそれを手で制した。
「触るな。……これくらいでへばってちゃ、天下なんて取れねぇよ」
彼は冷たい目で要塞を見据える。
「今夜、あいつらに教えてやる。――“破壊工作”ってやつの恐ろしさをな」
深夜。
月明かりもない漆黒の闇。
要塞を取り囲む堀の水面は、鏡のように静まり返っていた。
涼真は暗視ゴーグル(ナイトビジョン)を装着し、ウェットスーツに身を包んで水際へ滑り込んだ。
背後には、同じく装備を整えた武蔵がいる。
「武蔵、いいか。絶対に音を立てるな。水音一つで命取りだ」
武蔵が息を止めて頷く。
「へ、へい……。しっかしボス、このピチピチの服、動きにくくて仕方ねぇですぜ。それにこの眼鏡、周りが緑色に見えやがる」
「文句を言うな。それが最新鋭の装備だ」
涼真は音もなく水中に潜った。
冷たい水が肌を包むが、スーツのおかげで体温は保たれている。
暗視ゴーグルの視界には、巡回する兵士たちの熱源がはっきりと映っていた。
彼らは規則正しく歩いている。予測可能すぎて欠伸が出るほどだ。
水路を抜け、鉄格子をバーナーで焼き切り、要塞の内部へと侵入する。
そこは心臓部――武器庫と兵糧庫が並ぶ区画だった。
火薬と穀物の匂いが混ざり合っている。
「半兵衛の地図通りだ。ここが急所だ」
武蔵が水から上がり、プルプルと体を震わせる。
「ボス、俺がやりますぜ! この黄色い粘土みたいなのを貼り付けりゃいいんで?」
涼真は首を振った。
「バカ野郎、素人が触るな。爆破は芸術だ。適当にやっても壁は壊せねぇ」
彼は手際よくTNTを設置していく。
壁の継ぎ目、柱の根元、梁の支点。
建物の構造的弱点を正確に見抜き、爆薬を仕掛けていく。
タイマーをセットする。チッチッと無機質な音が刻まれる。
「連鎖爆発を起こして、内側から崩壊させる。――完璧だ」
武蔵がゴクリと喉を鳴らす。
「さすがボス……。なんか分からねぇけど、凄味がちげぇや」
設置完了。
涼真は闇に紛れて退避する。
その瞳には、これから訪れる紅蓮の炎が映り込んでいた。
「ショータイムだ」
起爆スイッチを押す。
ズガアアアァァァン!!
夜空を焦がすような閃光と共に、要塞の中腹が弾け飛んだ。
轟音が大気を震わせ、石壁が飴細工のように崩れ落ちる。
「な、なんだぁ!?」
「雷か!? いや、爆発だ!」
守備兵たちが寝所から飛び出してくる。
だが、悪夢は始まったばかりだ。
ドォン! ドガァン!
計算された連鎖爆発。
兵糧庫が炎上し、武器庫の火薬に引火する。
二次爆発が起き、要塞全体が炎に包まれた。
守将・佐々木重信が本陣から飛び出し、絶句した。
目の前には地獄が広がっている。
堅牢だったはずの城壁は瓦礫の山と化し、部下たちがその下敷きになって呻いている。
「バカな……! これは人の仕業なのか……!?」
炎の中から、一人の男が歩いてくる。
M16を携え、防弾ベストを纏った涼真だ。
その姿は、炎を従える魔神のように見えた。
「降伏か、死か。選べ」
涼真の声が響く。
生き残った兵士たちが武器を捨て、震えながら跪く。
「た、助けてくれぇ! 降参だ!」
佐々木重信が歯を剥き出しにする。
「おのれぇ……! 妖術使いめ! 佐々木家の武士が、貴様ごときに屈すると思うか!」
彼は太刀を抜き放ち、残った手勢を率いて突撃してきた。
「かかれぇ! 妖人を斬り捨てろ!」
涼真は冷めた目でそれを見る。
「武士道? 結構なことだ。だが――火力の前じゃ無力だぜ」
ダダダダダッ!
M16が火を噴く。
突っ込んできた武士たちが、見えない壁にぶつかったように弾け飛ぶ。
血飛沫が舞い、石畳を赤く染める。
「ギャアアッ!」
一人、また一人。
佐々木の副将が胸を撃ち抜かれ、どうと倒れる。
重信は立ちすくんだ。
刀が手から滑り落ちる。
恐怖と絶望が、怒りを塗りつぶしていく。
「こんな……こんな理不尽な力が……あってたまるか……!」
涼真は銃口を重信の額に向けたまま、ゆっくりと近づく。
「理不尽? 違うな。これが時代の進化だ」
「ま、待て……! 降参する! 命だけは……!」
重信が膝をつき、哀願する。
涼真は見下ろす。
「賢明な判断だ。今日からお前は俺の駒だ。使い潰してやるから覚悟しろ」
重信は額を地面に擦り付けた。
「はっ……! この佐々木重信、鷹見様に忠誠を誓いまする!」
半兵衛が瓦礫の山を越えてやってくる。
「主公、お見事。兵糧三千石、武器多数を接収しました。これで甲府への道は開かれましたぞ」
涼真は頷く。
「ああ。すぐに触れを出せ。武田、今川、北条の連中にも知らせろ。『次は本番だ』とな」
彼は甲府の方角を睨む。
「徳川家光。お前の喉元に、ナイフを突き立ててやったぞ。震えて眠れ」
甲府城。
「なんだとぉ!? 佐々木が降伏しただと!?」
徳川家光の怒号が響き渡る。
机が蹴り飛ばされ、茶器が粉々になる。
伝令兵が涙ながらに報告する。
「は、はい……! 敵は凄まじい爆発を起こし、一瞬にして要塞を破壊しました! 重信様も成す術なく……」
家光は顔を真っ赤にして刀を抜いた。
床に切っ先を突き立てる。
「おのれ鷹見涼真! たかが小倅が、私の要塞をオモチャにしおって!」
家臣たちが縮み上がる。
「殿……敵の武器は強力です。五百の精鋭も敗れ、要塞も落ちたとなれば……」
「黙れ!」家光が叫ぶ。「全軍集結だ! 三万の軍勢で踏み潰してやる! あの小僧を八つ裂きにするまでは、私は一歩も引かんぞ!」
城内に殺気が充満する。
決戦の時は近い。
夜。要塞の天守。
涼真は半兵衛と地図を広げていた。
星明かりの下、彼の顔色は蒼白だ。口の端から血が滲んでいる。
「半兵衛。家光は全軍で来る。怒り狂ってな」
半兵衛が地図の一点を指す。
「主公の狙い通りですな。奴らが大軍で押し寄せれば、そこが好機」
涼真は頷き、再びシステムを開く。
激痛が走る。命が削れていく音が聞こえるようだ。
だが、止まるわけにはいかない。
「地雷原を作る。――この谷間を、奴らの墓場にしてやるんだ」
対人地雷、クレイモア、ワイヤートラップ。
凶悪な兵器群が次々と召喚される。
半兵衛が息を呑む。
「恐ろしい策……。これにハマれば、三万の軍勢とてひとたまりもありますまい」
涼真はニヤリと笑った。血に染まった歯を見せて。
「戦争は数じゃねぇ。質だ。――徳川家光、ここがお前の終着点だ」
月が雲に隠れ、風が血の匂いを運んでくる。
甲斐の山々に、決戦の気配が満ちていた。




