山賊どもの洗礼
翌朝。甲斐の深い山林には、乳白色の霧が立ち込めていた。
鷹見涼真は鉛のように重い体を引きずりながら歩いていた。
寿命を削った反動か、関節が軋み、視界が時折揺らぐ。
背後を守る桐生忠義もまた、肩の傷を庇いながら荒い息をついている。
「若、もう少しです。ここで倒れるわけにはいきません」
「分かってる……。昨夜の戦車召喚で、十年分くらい老け込んだ気分だぜ」
その時、静寂を切り裂くような下卑た笑い声が森に響いた。
「ヒャハハハ! おい見ろよ、カモがネギ背負ってきやがったぜ!」
茂みがざわめき、薄汚れた着物を纏った男たちが次々と姿を現す。
手には錆びた刀や鉈。その数、十数人。
絵に描いたような山賊の群れだ。
先頭に立つ巨漢が、欠けた前歯を剥き出しにして笑う。
「おいガキ共! 持ってるモン全部置いてきな! さもなくば、この鉈でハラワタぶちまけるぞ!」
涼真は冷めた目で彼らを見回した。
(ちょうどいい。人手が足りなくて困ってたんだ。向こうから飛び込んでくるとはな)
桐生が刀の柄に手をかけ、前に出る。
「若、お下がりください。このような野盗風情、某が片付けます」
「待て、桐生。下がっていろ」
涼真の言葉に、山賊たちがドッと沸く。
「聞いたかよ? あのヒョロガキが何か言ってるぞ!」
ネズミのような顔をした小柄な山賊が、唾を吐き捨てて嘲笑う。
「兄貴、俺一人で十分だぜ! あんな死にかけの二人組、指先一つで捻り潰せる!」
斧を担いだ別の男も続く。
「へへっ、あの白面の優男、女みてぇな顔しやがって。おじさんが“かわいがって”やるよ!」
桐生のこめかみに青筋が浮かぶ。
「貴様ら……! この御方をどなたと心得る! 鷹見家の正当なる後継者であらせられるぞ!」
「鷹見家ぇ? ギャハハ! 徳川様に潰された負け犬じゃねぇか!」
山賊の頭が大鉈を振り上げる。
「威勢だけはいいな! 野郎ども、やっちまえ! まずはあの煩いオッサンからだ!」
五、六人の山賊が奇声を上げ、得物を振りかざして殺到する。
「若、危険です!」
桐生が叫ぶが、涼真は動かない。
口元に、冷酷な笑みを浮かべていた。
「桐生、慌てるな。――よく見ておけ」
低く、しかし力強く詠唱する。
『召喚――AK-47(アサルトライフル)!』
心臓を鷲掴みにされるような激痛。寿命一年分が代償として消える。
だが次の瞬間、涼真の手には無骨な鋼鉄の銃――“カラシニコフ”が握られていた。
木製ストックと黒い銃身が、朝霧の中で異様な存在感を放つ。
ダダダダダッ!!
乾いた破裂音が森の静寂を引き裂いた。
銃口からマズルフラッシュが迸り、鉛の暴風雨が山賊たちを薙ぎ払う。
先頭を走っていた三人の胸板が弾け飛び、悲鳴を上げる間もなく地面に叩きつけられた。
鮮血が霧の中に散り、赤く染め上げる。
「なッ……!?」
残りの山賊たちが急ブレーキをかけ、目を剥いた。
「よ、妖怪だ! なんだあの棒は!?」
「火を吹きやがった! 仲間が一瞬で穴だらけだぞ!?」
頭目が大鉈を取り落とし、腰を抜かす。
「バカな……刀でもねぇのに、なんでこんな……!?」
涼真はセレクターをセミオートに切り替え、銃口を向けたまま冷ややかに告げる。
「どうした? さっきまでの威勢はどこ行ったよ」
桐生が呆然と呟く。
「若……また、あの不可思議な武器を……。昨夜の鉄獣といい、今度は火を噴く杖ですか……」
「無駄口叩くな。桐生、いつでも斬れるように構えておけ」
ダンッ! ダンッ!
逃げ出そうとした二人の山賊の足元へ、正確な威嚇射撃。
土煙が上がり、男たちは悲鳴を上げて転がった。
「撃たないでくれぇ! 降参だ! 降参する!」
頭目が額を地面に擦り付け、涙声で絶叫した。
「お代官様……いや、神様! お助けくだせぇ! 俺たちが悪かったです! 命だけはご勘弁をぉぉ!」
他の山賊たちも次々と武器を捨て、土下座する。
「許してくだせぇ! ただ腹が減ってただけで、殺すつもりはなかったんです!」
「その魔法の杖、怖すぎます! もう二度としませんから!」
涼真はAK-47を構えたまま、震え上がる男たちを見下ろした。
やはり、圧倒的な“力”こそが最強の交渉術だ。
「物分かりが良くて助かるぜ」
涼真の声は氷のように冷たい。
「選択肢は二つだ。ここで俺に脳天をブチ抜かれるか、――俺の“犬”になるかだ。これからは俺のために死ぬ気で働け」
頭目がバネ仕掛けのように顔を上げる。
「従います! 従わせてくだせぇ! あなた様が俺たちの新しいボスだ! 一生ついていきます!」
「へい! この武器を見せられちゃあ、逆らう気も失せまさぁ! あんたについていきゃあ、天下だって取れそうだ!」
桐生が感心したように頷く。
(アメとムチどころか、圧倒的な“死”を見せつけて屈服させるとは。若、恐ろしい御方だ……)
涼真は頷き、銃を下ろした。
「よし。まずは案内しろ。お前らのアジトを俺たちの拠点にする」
「へい! こちらです! 谷の奥まった場所にあるんで、隠れるにゃあ最高ですぜ!」
山賊たちが揉み手をして先導する。
道中、頭目がおずおずと近づいてきた。
「あ、あの……ボス。その……火を噴く棒は、一体どこから出したんですかい?」
涼真は冷たく一瞥する。
「詮索するな。俺に従えば、美味い飯と安全を約束してやる。だが裏切れば――さっきの奴らより酷い死に方が待ってると思え」
頭目は青くなって首を縮めた。
「め、滅相もねぇ! 絶対服従でさぁ!」
桐生が小声で尋ねる。
「若、こいつら信用できますか? 隙を見て寝首をかかれるやもしれません」
「力でねじ伏せてるうちは大丈夫だ。それに、今は猫の手も借りたい状況だ。徳川の追手は待っちゃくれないからな」
山賊のアジトは、切り立った崖に囲まれた天然の要害だった。
入り口は狭く、守りやすく攻めにくい。
「悪くない場所だ。ここを拠点にする」
涼真は広場に集まった山賊たちを見回し、宣言する。
「いいか、よく聞け。俺はお前らが過去に何をしたかは問わない。だが、今日からは俺のルールに従ってもらう」
指を一本立てる。
「一、無益な殺生は禁止だ。略奪は許すが、命までは取るな」
「二、弱い者いじめは禁止だ。俺たちは獣じゃねぇ」
「三、絶対服従。命令違反は即、処刑だ」
頭目が大声で応える。
「承知しやした! 俺たちも、今日から心を入れ替えます!」
「へい! ボスの言う通りにしやす!」
涼真は頭目を見た。
「お前、名前は?」
「へい。田中武蔵といいやす。元は侍崩れでして、剣の腕には自信がありやすぜ」
涼真はニヤリと笑った。
「武蔵か。強そうな名前じゃねぇか。今日からお前を副将に任命する。こいつらをまとめ上げろ」
武蔵は感極まって男泣きした。
「あ、ありがてぇ……! まさか俺みたいなゴロツキを副将に……! この武蔵、命に代えてもボスにお仕えしやす!」
桐生も頷く。
「若、見る目がおありですな。こいつは単純だが、腕っぷしと忠誠心はありそうだ」
「よし。武蔵、見張りを立てろ。ネズミ一匹入れるなよ」
「合点でさぁ!」
その夜。
粗末な小屋の中で、涼真、桐生、武蔵が車座になっていた。
「徳川家光は俺が死んだと思っている。今のうちに力を蓄えるぞ」
涼真の瞳に、復讐の炎が揺らめく。
武蔵が頭を掻く。
「ボス、一体徳川と何があったんですかい? よっぽどの因縁があるようで」
桐生が重々しく答える。
「徳川は、若の父君を陥れ、一族を皆殺しにしたのだ。不倶戴天の敵ぞ」
武蔵がテーブルを叩き割らんばかりに殴りつけた。
「なんてこった! 許せねぇ! ボス、俺も男だ、義侠心くらい持ってるぜ! そのクソ徳川、一緒にぶっ殺しましょうや!」
涼真は頷く。
「ああ。桐生、こいつらを鍛え直してくれ。ただのゴロツキじゃ戦にならん」
「御意。徹底的にしごき上げまする」
武蔵が身を乗り出す。
「ボス、次はどうしやす? どっかの村でも襲って兵糧を確保しますか?」
涼真は首を振った。
「襲うなら相手を選べ。近くを通る徳川の補給部隊だ。奴らの物資を奪えば、こっちは潤うし、敵は弱る。一石二鳥だろ?」
武蔵が膝を打つ。
「そいつはいい! さすがボス、悪知恵……いや、軍略が冴えてるぜ! 明日にでも早速カモを探してきやす!」
桐生が眉をひそめる。
「若、リスクが高いのでは? 存在が露見すれば……」
「露見したら、俺の力で黙らせるさ」涼真はAK-47を撫でた。「俺たちの目標は打倒徳川だ。ここがそのスタートラインだ」
武蔵が吠える。
「やるぜぇ! 徳川の野郎どもを土下座させてやりましょう!」
涼真は小屋を出て、夜空を見上げた。
谷底には篝火が焚かれ、山賊たちが酒盛りをしている。粗野だが、活気がある。
桐生が背後に立つ。
「若、まさに王の器。昨夜は孤独な逃亡者だったのが、今や一軍の長とは」
「まだまだだ。桐生、覚悟しておけ。復讐劇は、これからが本番だ」
武蔵も出てきた。
「ボス、もう遅いですぜ。俺が見張り番するんで、休んでくだせぇ」
「いや、眠くない。次の手を考えてるんだ。――次に何を召喚ぶか、な」
システムウィンドウには、魅力的なリストが並んでいる。
だが、その代償は涼真の命だ。
翌朝。谷は大騒ぎになっていた。
「野郎ども! ボスの命令だ! 今日は徳川の輸送隊を襲うぞ! ビビってる奴は置いてくぞ!」
武蔵が怒鳴り散らしている。
一人の手下が弱音を吐く。
「兄貴ぃ、相手は徳川の正規兵だぜ? 俺たちじゃ返り討ちに……」
「うるせぇ!」武蔵が手下を蹴飛ばす。「ボスにはあの“神器”があるんだ! 昨日の火噴き棒を忘れたか!? 怖気づく奴は俺が斬る!」
涼真がAK-47を肩に担いで現れる。
「文句がある奴は前に出ろ」
手下は縮み上がった。
「め、滅相もねぇ! ボスについていきやす!」
桐生が報告する。
「若、規律が緩んでいます。昨夜、盗みを働いた者がいました」
「武蔵、シメとけ。ルールを破ればどうなるか、体に教え込め」
「へい! ガッツリやっときやす!」
林道にて。待ち伏せの刻。
武蔵が小声で囁く。
「ボス、護衛は二十人。こっちは十三人。いけますかい?」
「余裕だ。桐生、お前は五人連れて背後を突け。俺が正面から注意を引く」
「承知。ご武運を」
荷車を引いた部隊が現れる。
護衛隊長が叫ぶ。「止まれ! 殺気があるぞ!」
山賊たちが飛び出す。「ヒャッハー! 金目のモン置いてきな!」
「山賊風情が! 蹴散らせ!」
乱戦が始まる。
桐生が背後から強襲し、瞬く間に二人を斬り伏せる。
「ギャアアッ!」
武蔵が吠える。「行け行けぇ! ボスのために命張るんだよ!」
涼真が姿を現し、銃口を向ける。
「動くな! 命が惜しければ武器を捨てろ!」
隊長が嘲笑う。「ハッ、ガキが! 何を持ってるか知らんが、死ねぇ!」
ダダッ!
短い連射。隊長を含む三人が即座に倒れる。
「な、なんだあの武器は!?」
残りの兵士がパニックに陥る。
「化け物だ! 降参! 降参する!」
涼真は銃口を突きつける。
「荷の中身は?」
「と、徳川様の兵糧です……」
「よし。桐生、縛り上げろ。荷物は全部いただく」
武蔵が小躍りする。
「すげぇや! ボスの一声……いや一発で終わっちまった!」
アジトへの帰路。
武蔵が尋ねる。「ボス、捕虜はどうしやす? やっちまいますか?」
涼真は首を振る。「いや、情報を吐かせる。殺すのはそれからでも遅くない」
桐生が頷く。「賢明なご判断です」
その夜、尋問。
捕虜が震えながら答える。
「ま、松平信綱様が……百人隊を率いて山狩りをすると……。鉄の化け物を使う少年を探せと……」
桐生が顔をしかめる。「やはり、嗅ぎつけられましたか」
涼真は目を細める。「武蔵、見張りを増やせ。桐生、戦闘準備だ」
武蔵が胸を叩く。「任せときな! 今の俺たちなら鬼だって食い殺せるぜ!」
(内心:士気は高いが、所詮は素人集団だ。……システム、俺の寿命はあとどれくらいだ? 慎重にいかねぇとな)
数日後。アジトは要塞の体を成していた。
新たな流れ者も加わり、勢力は拡大している。
「見ろよ、ボスの神器だ! これがありゃ無敵だぜ!」
武蔵が新入りに自慢している。
涼真は桐生と作戦会議を開いていた。
「徳川が徴兵を始めたらしい。こっちも数を増やさないとジリ貧だ」
「左様。しかし、ただの農民では戦力になりません。……やはり、歴史上の英傑を召喚なさいますか?」
「ああ。だがコストが高い。まずは現代兵器で凌ぐ」
そこへ武蔵が飛び込んでくる。
「ボス! 商人が会いたいって言ってますぜ! 貢物を持ってきやがった!」
「商人? 通せ」
現れたのは小太りの商人だった。
「へへへ……お噂はかねがね。甲府の商人でございます。徳川の重税には辟易しておりましてな、ぜひ鷹見様にお味方したく」
涼真は値踏みするような視線を向ける。
「見返りは?」
「商売の保護を。それと……耳寄りな情報を」
桐生が刀に手をかける。「若、罠かもしれませぬ」
涼真は制する。「聞こう。情報は?」
商人が声を潜める。
「松平信綱が、明日この山を包囲する予定です。兵数は百」
涼真はニヤリと笑った。
「上等だ。返り討ちにしてやる」
翌日、峠での待ち伏せ。
松平信綱が騎乗して指揮を執る。「探せ! 鷹見の小僧は必ずここにいる!」
桐生が囁く。「若、やりますか?」
涼真は頷く。「やるぞ。――『召喚、ドラグノフ狙撃銃』!」
寿命二年分の激痛。手にはスコープ付きの長銃。
スコープを覗き込み、信綱の肩に照準を合わせる。
ズドンッ!
信綱が落馬し、悲鳴を上げる。「敵襲だーッ!」
指揮官を失い、徳川軍が混乱する。
涼真が叫ぶ。「桐生、武蔵! 突っ込め!」
AKの掃射と山賊たちの奇襲。
「ひいいっ! 悪魔だ!」
徳川兵は蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。
谷に勝鬨が上がる。
武蔵が叫ぶ。「ボス最強! 徳川なんて目じゃねぇぜ!」
桐生も感嘆する。「これで徳川も迂闊には手を出せまい」
涼真は銃を磨きながら呟く。
「ああ。だが、まだ足りない。もっと力が要る」
(内心:また二年寿命が縮んだか……。だが、これで時間が稼げる)
数週間後、アジトは難攻不落の砦と化していた。
涼真は全員を集め、宣言する。
「俺たちはもうただの山賊じゃない。新生“鷹見軍”だ! 目標は徳川の首!」
「応ッ!!」
谷底を揺るがす雄叫び。
涼真の目に、どす黒い野望が宿る。
「次は……“頭脳”が必要だ。軍師を召喚する」
システムウィンドウが明滅する。
『管仲:寿命三十年消費』
涼真は不敵に笑う。
「三十年? ……安いもんだ」
夜の闇の中、涼真は一人、空を見上げる。
「徳川家光。お前の命運は尽きたぞ」




