深淵の食卓
オルフェゴラゴスの体表が、ぬらぬらとした毒々しいシトロンの黄色に染まっていく。それは期待の色なのか、あるいは獲物を前にした嘲りなのか。
「……少し驚いた。この死の芳香に満ちた調理場を、鮮度(意識)を保ったまま通り抜け、ここまで足を運んでくるとは。それにその、魂に漲るグルメへの渇望。君の纏うその『信仰』の偶然に感謝し、ここで少し、グルメの深淵を共に深めてはいかないか?」
鼻を突くゴーヤの青臭い殺意を肺に受けながら、私は目の前の「動く生ゴミ」を冷徹に見据えた。片手には重い鉄の剣。けれど、私の最大の武器は、これまで数多の無能を切り捨ててきたこの舌と、揺るぎない自尊心だわ。
「冗談でしょ。こんな悪臭漂うゴミ捨て場で、高尚なティータイムでも始めようっていうの?」
「君は、ハラペコニアのグルメフェスティバルを待ち望み、これからも地上の世界の美味を味わい尽くしたい。しかし、我の申し出を受けなければ、それらすべては叶わない。去ると言うのなら止めはしない。しかし、道中、君が見てきた呪いの一片たちが、世界を侵食していくことになるやも……。では、最後の返答を聞かせてもらおうか。セレスティーヌ王女」
開かれた口の奥、ブッシュカンの指状の触手が、まるで私を「極上のメインディッシュ」として招き入れるかのように、暗黒の中で蠢いている。甘ったるいイチジクの死臭が、霧のように私の視界を包み込んでいく。
(……このまま逃げ帰って、世界がエビフライのゾンビや、プラズマ化したオムレツで埋め尽くされるなんて、私の美学が許さない。それに、ベレッタとアルフレッドをこんな生ゴミの一部にさせたまま終わらせるなんて、それこそ『後味』が最悪だわ)
「いいわ。面白そうじゃない。やってみなさい。あんたの薄っぺらな『深淵』が、私の好奇心を満たせるかどうか、試してあげる」
「では問おう。それは、ある場所では『死』と呼ばれ、別の場所では『生』と呼ばれる。君がそれを『美味しい』と一言発するたびに、この世から一つの物語が強制的に完結させられ、君の血肉という新しい物語に書き換えられる。この残酷な翻訳作業を何と呼ぶ?」
(……ふん。その程度で、この私が動揺するとでも思っているのかしら? 哲学的なレトリックで私を酔わせたいのなら、もっとヴィンテージの効いた問いを用意しなさい)
「答えは、『食事』よ」
喋る生ゴミの色に変化はない。正解、ということね。
「正解だ。グルメの本質とは『他者の生命の略奪』。我々は『味』という快楽のオブラートに包み、その圧倒的な暴力を日常の中に隠蔽している。皿の上にあるのは、かつて生きていたものの『終止符』に過ぎない」
(……そんな風に考えたら何も食べられないじゃない。この喋る生ゴミ、そんな湿っぽいことを考えながら、いつも食事をしているわけ? 道理で体が生ゴミのような継ぎ接ぎになるわけだわ。整理整頓もできない無能の思考ね)
「ねえ、オルフェゴラゴス。あなたはそれを『略奪』と呼ぶけれど、私たちはそれを『祈り』とも呼ぶのよ。確かに一つの物語はそこで完結するかもしれない。だけど、その命が私の血肉となることで、その物語は私の中で生き続ける。素晴らしいことじゃない。皿の上にあるのは『終止符』ではないわ。次の章へ進むための『合流地点』よ。……あなたの体がそうであるように、ね。違うかしら?」
「ふむ。少しは、充実した時を過ごせそうだ」
(まったく、鼻につくわね。見た目と臭い同様に。……早く終わらせて、まともな紅茶を飲みたいわ)
「次の問いだ。ある食卓に、完璧に調理された魚料理がある。それは、海にいた頃よりも美しく飾り立てられ、生命の躍動を感じさせる香りを放っている。しかし、その『美しさ』や『美味しさ』を感じるためには、その魚が徹底的に『死んで』いなければならない。さて、この食卓で、魚の『死』を『美味しさ』というポジティブな価値に変換した『翻訳機』の正体は何だ?」
(地獄の食学も思ったより浅知恵のようね。私の好きなフォンダンショコラ以下の、ぬるい問いだわ)
「『文化』よ。」
「正解だ。自然界では、死はただの腐敗か欠乏。しかしそれらを『グルメ』という華やかな物語に書き換え、死骸を『作品』として鑑賞し、味わう。この残酷な現実を反転させて楽しむための『文化という名のフィルター』こそが、我々が喉に流し込んでいるものの正体だ」
(喉があるかどうかすらも怪しい体で、よく言うわね。言葉だけで満腹になれるなら、あんたのその醜い体型はどう説明するつもり?)
「オルフェゴラゴス。あなたはそれを『残酷な反転』と呼ぶけれど、私たちはそれを『弔い(とむらい)』とも呼ぶのよ。確かに、自然界において死はただの現象。でも、その死に『美味しい』という価値を見出し、美しく飾り立てることで、私たちはその命を『ただの死骸』から『記憶されるべき存在』へ引き上げる。……それを楽しみで味わいに来ているのは、誰でもない、あなたじゃない。あんたこそ、一番その『フィルター』に依存しているジャンキーよ」
「言い得て妙だ。しかし、我は自負してここにいる。君同様、グルメを愛する者の矜持ゆえに。それは互いに否定できぬ事実だろう」
(私は食学なんて高尚な遊びより、温かいタルトが早く食べたいだけよ。……でも、少しだけ興味が湧いたわ。言葉だけでこれほどまでに『味』を感じさせるこの化け物の真実。その『生ゴミ』の底に何が隠されているのか……。確かめてあげてもいいわね)




