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地獄の美食家

足元に転がっていた兵士の剣を拾い上げる。

 ……重い。想像を絶する重量だわ。普段、銀の扇子より重いものを持たない私の腕には、この無骨な鉄の塊はあまりに無作法な負荷だった。けれど、これを杖代わりにでもしなければ、膝の震えを隠し通すことすら難しい。


私は意を決し、高熱で熱せられているであろう王宮の扉へ、両手で剣を引きずりながら歩み寄った。その分厚い扉をこじ開けようとした、その時――。

 扉は、私の意思を嘲笑うかのように、音もなくひとりでに開いた。

 

「……招かれている、というわけね。いいわ、受けて立ってあげる」


煮えくり返る王都の中心、蒸し器と化した王宮へと足を踏み入れる。

 そこは広大なフロアだった。そしてその中央に、サピエリスへの冒涜を形にしたような「山」が鎮座していた。深淵の底から這い出してきたかのような、巨大な木の幹。いえ、それは長大な、終わりのない「帯」のような肉塊だった。本体の先は奥の扉のさらに先、暗闇の彼方まで続いており、その終わりのない長さに眩暈がする。


節の多い円筒形の巨躯。だが、その質感は生物のそれではない。半透明の皮膚の内側では、発酵しきった酒粕やドリアンの粘液のような濁った液体が、どろどろと対流しているのが透けて見える。


そして、何より私の吐き気を催させたのは、その表面を覆い尽くす無数の「食材」の軍勢だった。

 発疹のようにびっしりと生え揃ったそれは、重なり合い、蠢き、互いを侵食し合っている多種多様なキノコ類、完熟しきって黒ずんだブドウ、鋭い棘を逆立てるドリアン。さらには、ねっとりとした質感のパッションフルーツに、鱗のような外皮を持つドラゴンフルーツ、肥大化したカリフラワーとブロッコリー。私の脳内アーカイブにある、ありとあらゆる食材が、この異様な一つの肉体の上で「共生」という名の地獄を形成していた。


「……ッ、この臭いって……」


私は思わず、左手で鼻を覆った。

 熟れきったブドウやライチが自重に耐えかねて「ボトリ」と地面に落ちる。するとそれらは瞬時に黒い腐敗の霧となり、消え去る。しかし、失われた場所からは、すぐさま「ねちょり」と粘り気のある音を立てて、新たなアボカドや、刺々しいドラゴンフルーツ、そしてカエルの卵に似た正体不明の果実が、体の奥底から腫瘍のように次々とせり上がってくる。


この異様な物体が動くたび、熟れたイチジクの噎せ返るような甘み、ゴーヤの青臭い殺意、そしてシトロンの鼻を突く酸味が混ざり合い、視神経を麻痺させるような「毒」となって大気を支配していた。


この物体の「顔」とされる部位に、定まった形は見当たらない。顔と思った場所を見ようとした時、グニョリ、と食材の奥から魚の目玉、獣の目玉、さらにはあらゆる種族と思しき、様々な大きさの目玉が、数十、数百の眼球として、それぞれバラバラの方向へギョロギョロと激しく動き回り、私を品定めるかのように視線を浴びせてくる。


私を食材として見定めた歓喜か、あるいは傲慢な食欲なのか。

 それまで毒々しい緑や紫だった食材の色が、一瞬にして沸騰するような深紅や、焼きつかんばかりの黄金色へと染まっていく。


(……感情で色が変化するみたいね。この化け物を見定める指標になりそうだわ。……単純なやつ。不機嫌そうな色に染め上げてやりたいけれど)


口と思わしき場所が裂けた瞬間、私は思わず一歩後ずさった。

 舌として這い出したのは、ザクロの粒と筋子が折り重なり、アケビの果肉のように脈打つ肉の塊。喉の奥からは、ブッシュカン(仏手柑)の指状の触手が無数に伸び、手招きするように宙を掻いている。周囲に置かれた「食材(かつての市民)」が吸い込まれていく。舌を震わせるたび、強烈なシトロンの酸味と、ゴーヤの青臭い殺意、そして死を予感させるイチジクの甘ったるい死臭が混ざり合い、私の鼻腔を暴力的に蹂躙していく。


さらに不気味なのは、今しがた吸い込まれた食材たちが、化け物の頭や首付近から、次々と新たな「発疹」として生み出されていることだった。


化け物の体を、もう一度見る。


(もしかして、この化け物。今まで食べた食材すべてを消化せずに、体に一部にして取り込んでいるの?。食べれば食べるほど、食べたものが新たな食材の塊として体表に出現し、節のように胴体が無限に伸びていく……。心底気持ち悪い。けれど、けれどなんて芸術的な生き物なのかしら)


際限なく膨張し続ける巨大な円筒形の肉塊。半透明の皮膚の内側で、発酵した液体が鈍い光を放ちながら対流している。


(きっとこいつがこの異様な王都の元凶のはずよね。この動く生ゴミを、どうやって始末すればいいのかしら……)


私が思考を巡らせていた、その時。


『ようこそ、アステリア国の王女、セレスティーヌ。我の名はオルフェゴラゴス。地獄の霊質万象鑑定味読官(オムニ・エイシスト・レリック・テイスター)にして、君と同じ、グルメを愛する、しがない美食家だ。』


(……ナマズみたいな生ゴミが喋ったわ……。しかも、悪魔の美食家? まあ、この王都の惨状を見れば、予想の範囲内ね。)


私は、重い剣を捨て、カラフルに変化し、色づく化け物の眼球を正面から見据えた。

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