黒蜜炭酸水の復讐
城門の巨大な跳ね橋は、既に固く閉じられていた。
普通ならここで詰み。あるいは交渉。けれど、私の隣にいる「馬の付属品」に常識を求めたのが間違いだった。
アルフレッドは鼻歌でも歌うような軽やかさで跳ね橋の鎖を掴むと、そのまま片足で地面を蹴った。
ギギギ、と悲鳴を上げる鉄の鎖。次の瞬間、重さ数トンの跳ね橋が、まるで叩きつけられたカーペットのようにバタンと地面に戻された。
「……歩く筋肉か何かなわけ?」
まあ、汗臭くないだけ、あの神話の筋肉ダルマよりはマシかしら。
そこへ、地響きと共に大勢の足音が迫ってきた。オーギュスト側の哨戒兵と、完全武装の援軍だ。その数、優に五十は超えている。
「やったわ。助かった……!」
私は、生まれて初めて、どっかにいる何かの神に感謝しながら、両手を合わせて歓喜した。
「こっちよー! 早くこの不審者を捕まえてー!」と、千切れんばかりに手を振る。
「……大丈夫です、セレスティーヌ様。私が守ります」
「余計なことしなくていいわよ。それに、あの人数は流石のあなたでも無理でしょ」
勝ち誇る私を余所に、一定の距離まで来た兵士たちが、訓練された動きで左右に分かれた。
そこで私の目に飛び込んできたのは、救いの手……ではなく、あまりにも残酷な光景だった。
「……嘘でしょ」
兵士たちが跨る馬には、キラリと光る新色のドリンクホルダー付きの鞍。
そう、マック・ナイトの『ハッピー・ナイト・セット』でしか手に入らない、限定カラーの鞍が装備されていたのだ。
いいなー。
あまつさえ、先頭の兵士たちは、そのホルダーに刺した黒蜜炭酸水をストローでズズズと啜っている。
「……ああ、私も飲みたい。喉がカラカラなのよ」
悔しさに身悶えする私の前に、一人の男が馬を進めてきた。アステリア国が誇る武闘派、アイアンサイド将軍だ。
「……貴様がアルフレッドだな」
「いかにも。不動の聖堂騎士団が——」
また始まった。二人の長たらしい、そして全く中身のない名乗り合い。
「……さっさと戦いなさいよ!!」
脳が炭酸水に支配されている私には、どっちもムカついた。将軍、その黒蜜炭酸水を私に献上してから戦いなさいよ。
「……その必要はない」
将軍は、冷めた口調でそう言った。
「は!?」
「オーギュストはセレスティーヌ姫の権威があっても、地方貴族をまとめることさえできていない老いぼれだ。奴にはもう用はない。今日からこの国は、私が統治する」
……なにこいつ。戦う気がないどころか、どさくさに紛れてクーデター始めてるじゃない。
私の安寧を奪う奴は、オーギュストだろうが将軍だろうが敵だわ。なにより黒蜜炭酸水を喉カワの私の前で飲んでるのがムカつく。
「アルフレッド! こんな奴、その筋肉パワーでやっつけてよ!」
「もちろんです、セレスティーヌ様。貴女の騎士として!」
アルフレッドが地を蹴った。
……あっ!
一瞬だった。まさに一陣の風。
アイアンサイド将軍も、炭酸水を啜っていた哨戒兵たちも、次の瞬間には全員が白目を剥いて地面に転がっていた。
……という間だった。
「あー! スカッとした……あれ!?」
私の逃げ場、全滅しちゃったじゃない。
「さあ、参りましょう。邪魔者はもういません」
「待って、せめてその馬から炭酸水だけ回収させて——!」
アルフレッドは私の願いを「早くこの場を離れたい」という希望だと勘違いし、私を小脇に抱えてボブに飛び乗った。
「助けてオーギュストーー!!!!」
私の悲痛な叫びは、草原を吹き抜ける風にかき消された。




