終末の厨房
石窯の業火を抜け、下俗な謎掛けをねじ伏せた先に待っていたのは、解放などではなかった。それは、想像を絶するほどに肥大化した狂気。私の「美学」という名の天秤が、音を立てて狂い始めるような、最悪の情景だった。
「……あら。……これは、また……」
私は、震えそうになる指先を隠すために、銀の扇子をこれ以上ないほど強く握りしめた。
空は、煮え詰まったブラッディ・メアリのような真っ赤な色に染まり、かつて栄華を誇ったハラペコニアの王都の輪郭は、今や巨大な**「台所」**の影に完全に埋没していた。
見上げれば、この国の誇りであった時計塔が、天を突く巨大なペッパーミルへと変貌している。時を刻む清らかな鐘の音は消え、代わりに、絶望を粉砕するような重苦しい回転音が、街全体に地響きのように鳴り響いていた。空からは、雪のように灰色の粗挽きスパイスが降り注ぎ、私のドレスを、髪を、そしてこの惨劇を、容赦なく「味付け」していく。
「……最悪。私のドレスが、安っぽい胡椒まみれじゃない。……ふざけないで。誰がこんな『野蛮な演出』を許可したのかしら」
毒を吐かなければ、足がすくんでしまいそうだった。これまでに味わった事のない恐怖が込み上げてくるのを、必死に抑えつける。
足元の石畳は、滑らかなカッティングボード(まな板)へと質感を替え、その上には「調理済み」の元人間たちが無造作に転がっている。
視界を支配するのは、かつての市民たちが変わり果てた、あまりにも無惨な姿。
ある者は、衣を纏い、黄金色に揚げ固められた巨大なエビフライとなって、逃げ出そうとしたポーズのまま路面に横たわっている。その衣の隙間からは、凍りついた恐怖の形相が覗いていた。それは揚げたての熱気などではない。命を奪われ、物体へと固定された呪いの冷気だ。
またある者は、皮を剥かれ、シロップを煮含めたような光沢を放つコンポートの果実と化している。彼らの肌は不自然なほど鮮やかな緋色や琥珀色に変質し、もはや声を発することのない口からは、甘ったるい死の芳香が漂っていた。
「……なんて、不味そうな顔。……美しくないわ。食べる側も、食べられる側も、等しく美しくあるべきなのが美食の鉄則でしょうに。こんな……こんな雑な盛り付け、私の審美眼が……審美眼が許さないわ」
私は、視界を覆う「命の廃棄物」から目を逸らしたかった。けれど、逸らす先にも地獄は続いていた。
街の至る所では、住居そのものが巨大な鋳鉄製の鍋となり、ごうごうと燃え盛る魔力の火にかけられている。
その中では、誇り高き近衛騎士たちが、守るべき市民と共に、重厚な鎧ごと煮込まれていた。金属が溶け出す不快な音と共に、不気味な翡翠色のスープが煮えくり返り、断末魔の代わりかのような蒸気が噴き出し、王都の空を黄色く濁った霧で覆い尽くしている。
「……鎧ごと煮込むなんて。……アクの取り方も知らない無能な者が、この街を支配しているのね。……そんな料理、一口だって口に運ぶ価値もないわ」
なぜか声が震えていた。
アルフレッドも、ベレッタも、ボブも、彼らも今、どこかでこのように「調理」されようとしているのか。あるいは、もう……。
その思考を、私は無理やり「毒舌」という名の蓋で閉じ込めるしかなかった。考えないようにするしかなかった。引き寄せられる足は止められなかった。とても強力な魔法で抗えない。
それに悲しむのは、私に相応しくない。怒ることだけが、今の私を支える唯一の矜持だった。
広場の中央に鎮座する王宮は、今や幾重にも重なる巨大な蒸し器へと姿を変えていた。
その隙間からは、絶え間なく黒い蒸気が噴き出し、王都全体に「蒸し上がる肉」の嫌な匂いと、調理が進むのを待つ者の、歪で、底なしの、吐き気を催すような期待感を撒き散らしている。
ここはもはや、生者が住むような場所ではない。
何者かが、最高の「一口」を得るためだけに用意した、世界で最も残酷な調理場。
「……いいわ。ここまで盛大に、私を不快にさせてくれたのなら。……その無能な主催者の顔を拝んで、最高に冷めた『評価』を下してやらないと、気が済まないわ」
私は、鼻をつく脂とスパイスの臭いに眉をひそめ、震える膝を叩き、一歩を踏み出した。
足元の「具材」となった人々に、心の中でだけ、冷たく、けれど静かな手向けを述べる。
(……あんたたちが不味かったんじゃない。……この国を変えた奴のセンスが、致命的に欠如していただけよ)
私は、蒸気を噴き上げる王宮――かつてミルフィーユ姫が愛した場所であったはずの蒸し器へと向かって、歩き出した。
独り。けれど、私はセレスティーヌ。
どんな絶望のフルコースが運ばれてこようとも、最後にその味を決めるのは、この私なのだから。




