五感の混線
王都はまだ遠いみたい。地平線は揺らぎ、道は依然として美食と狂気に満ちた未知へと続いている。私は馬車の窓から、流れる景色を眺めながら溜息をついた。
「……ねえ、ベレッタ。この国の『嫌がらせ』のバリエーションは、一体いつになったら底を突くのかしら?」
「セレスティーヌ様、ご安心を。たとえ世界の理がパッキング(崩壊)しようとも、私は常に貴女様の隣に控えております。……ですが、この先の『鏡の霧』は少々、厄介な性質を持っているようですわ」
ベレッタがそう告げた瞬間、馬車の周囲を真っ白な、しかしキラキラと銀色に輝く奇妙な霧が包み込んだ。
霧の中に入った瞬間、私の脳内に強烈な違和感が走った。視界が歪むわけでも、意識が遠のくわけでもない。ただ、自分の「感覚」の接続先が、別の誰かと入れ替わったような……。
「セレスティーヌ様! 霧の中から、正義を解さぬ岩石モンスターが襲来しました! 私がこの大胸筋で、正義の防壁を——ぐおっ!?」
外でアルフレッドが叫び、鈍い衝撃音が響いた。その瞬間、私の口の中に、強烈な「岩塩の塊」と「熟成されたスモークチーズ」のような濃厚な風味が広がった。
「…………あら? 今の衝撃、意外と悪くないわね。少し塩気が足りないけれど、噛み応え(ダメージ)は十分だわ」
「な、なんですって、セレスティーヌ様!? 今、私は岩石パンチを鳩尾に食らったのですが……!?」
どうやら、アルフレッドの「痛覚」が、私の「味覚」に転送されているらしいわ。あの筋肉だるまが殴られるたびに、私の口内には高級レストランのコース料理のような味がデリバリーされる。これ、史上最も悪趣味な「食レポ」じゃないかしら。
「アルフレッド、もっと右側から殴られてみなさい。そこら辺には……そう、少しスパイスの効いた『フォアグラのソテー』のような気配がするわ」
「せ、セレスティーヌ様! 私の苦痛を、メニュー表のように扱わないでください! 正義の悶絶!!」
一方、ベレッタの様子もおかしい。彼女は襲い来る敵を「迅速に」始末しようと、短刀を抜いて強烈な殺気を放った……その瞬間、彼女は「……うっ」と腹を押さえてよろめいた。
「ベレッタ? どうしたの、らしくないわね」
「申し訳ございません、セレスティーヌ様……。どうやら私の『殺意』が、『満腹感』と入れ替わってしまったようですわ……。敵を殺そうと……殺意を抱くたびに……胃袋に『特盛りステーキ十人前』を詰め込まれたような膨満感が……。ああ、体が重くて……パッキング(暗殺)が……できない……」
殺意を抱くほど腹が膨れて動けなくなるなんて、暗殺者として絶望的な不具合じゃない。
「……ふふ。ベレッタ、あんたがそんなに苦しそうな顔をするなんて珍しいわね。いいわ、アルフレッド、あんたはそのままサンドバッグになりなさい。私のランチタイムが終わるまで、その岩石モンスターにたっぷりと『調理(乱打)』されることを許可するわ」
私は、アルフレッドが骨を折るたびに口の中に広がる「最高級赤ワインのソース」の余韻を楽しみながら、五感が混線するカオスな霧を悠然と突破した。
霧を抜けた先にあったのは、その名も『インスタント・ヴィレッジ』。一見すると賑やかな村だけれど、ここには恐ろしい呪いがかかっていると、腹痛(殺意)に耐えるベレッタが報告してきた。




