安眠の代償
深夜。アルフレッドの「自由の謳歌」という名のキャンプ計画が森に響き渡る頃、私の忍耐は限界を迎えていた。
馬車のシートは確かに最高級だが、いかんせん狭い。おまけに、バックミラー越しに発光するベレッタの視線を感じながら眠るなど、熟練の修行僧でも不可能だ。
「……ベレッタ。起きなさい」
「はっ! 既に起きております、セレスティーヌ様! 次の瞬きの回数まで数えておりましたわ!」
「気持ち悪いわね。いいから、その短刀を隠して。あそこの宿屋へ行くわよ。あの筋肉ダルマには内緒よ。面倒な説教を聞くのは御免だわ」
私はベレッタを影のように従え、こっそりと森を抜け出した。
街道沿いの宿屋で、私は迷わず「一番高い部屋」を要求した。差し出したのは、ギムレットの金庫から「拝借」した金貨だ。
「……何これ。これが『特等室』? 冗談でしょう?」
案内された部屋は、お城の犬小屋……曰く、猟犬たちの休憩所よりも質素だった。ベッドのシーツは麻で、肌触りはまるでおろし金のよう。壁には謎のシミがあり、窓の外からは酔っ払いの歌声が聞こえてくる。
けれど、あの「馬の付属品」の語る森と、ボブのうるさい鼻息が混じる狭い馬車の空気よりは数倍マシだ。私は溜息をつき、グリフィンの防具を脱ぎ捨ててベッドに潜り込んだ。
「ベレッタ、ドアの前で立っていなさい。一歩でも中に入ったら、あんたの給料をマイナスにするわよ」
「承知いたしました! 貴女様の安眠を、迅速に、命懸けでデリバリー(死守)いたします!」
なんとか眠りにつけた翌朝……。
鳥のさえずりで目が覚めた……と言いたいところだが、実際は「視線の重圧」で目が覚めた。
「……ひっ!?」
飛び起きた私の目の前には、数センチの距離で私の寝顔を凝視するベレッタの顔があった。
「おはようございます、セレスティーヌ様。寝起きの第一声、大変可愛らしくて……嗚呼、鼓膜が幸せですわ」
「……あんた、ドアの前で立ってろって言ったわよね?」
「立っておりましたわ! この一時間ほどは、ベッドの横で直立不動で観察させていただいておりました!」
もはや怒る気力も失せ、ふと部屋の隅に目をやると、そこには異様な光景が広がっていた。
三人の男たちが、まるで芋虫のようにぐるぐる巻きに縛り上げられ、猿轡をかまされて転がっている。
「……何、あれ。新しいインテリア?」
「いえ、夜中にセレスティーヌ様の部屋に忍び込もうとした不届き者――いわゆる『盗賊』ですわ。貴女様の眠りを妨げぬよう、音も立てずに迅速にパッキング(拘束)しておきました。……殺しましょうか?」
ベレッタが、朝食のパンを切り分けるような手軽さで短刀を抜く。
「やめなさい。死体処理で出発が遅れるのは嫌よ。……でも、せっかくの向こう見ずな訪問者だわ。手間賃くらいは頂いておきましょう」
私は盗賊たちの懐から、彼らが今夜稼ぐはずだった(あるいはこれまでに奪ってきた)現金をすべて回収した。
「不法侵入の慰謝料よ」と言い捨て、私は再びダサいグリフィンの防具に身を包み、アルフレッドが目を覚ます前にキャンプ地へと戻った。




