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狂信的な配達員

私は、アルフレッドの「銅貨三枚」という絶望的な経済観念に目眩を覚え、ふかふかの椅子に力なく沈み込んだ。


「参ったわ。二つの意味で……」


 このままここに留まっても、あのクーデターを企てている将軍がいる以上、安眠は望めない。何より、私がこれまで汗水垂らして(他人の手で)築き上げてきたこの平和な避暑地が、この筋肉ダルマのせいで永遠に失われかねないのだ。

 けれど、せっかくの「強制旅行」の機会。これを無駄にするのは実に惜しいわ。と言っても、行く当てがあるわけでもないし……。


 ふと、出しっぱなしにしていた『ギロチン・タイムズ』の横に、一枚の折り込み広告が落ちているのが目に留まった。


「……これ、隣国の?」


 冷戦中の隣国で開催される、建国記念祭の目玉行事――『大陸横断グルメフェスティバル』。

 私は食い入るようにその紙面を眺めた。見たこともない香辛料を使った肉料理、幻の果実のタルト。

 これだわ。今しかできない旅行。しかも、あのアホな四足雑巾ボブと一緒にいれば、誰も私が王族だなんて気づかない。スルーされ放題じゃない。


「ああ、でも念のために変装くらいはしておこうかしら。ギムレット、何か用意して」


 ギムレットの使用人たちが豪華なドレスを何着も持ってきたが、私は一瞥して首を振った。


「もっと動きやすくて、丈夫なのはないの? これから国境を越えるのよ」

「それでしたら、従者のステラに支給予定だった、軽くて丈夫なグリフィンの革の防具がございますが……」

「それをお願い」


 着替えてみると、サイズ感は驚くほどピッタリだった。

 けれど……鏡に映った自分を見て、私は眉をひそめた。生まれて初めて着る、防具という名の服。


「……ダサい。何、この機能性だけの塊。デザイン、どうにかならなかったの?」

「目立たないという意味では似合っていますよ、セレスティーヌ様」

「まあ……そうね。理にはかなっているわね。仕方ないか」


 すると、ギムレットが心配そうに身を乗り出してきた。


「セレスティーヌ様、道中は危険です。腕利きの護衛を一人つけさせてください。名はベレッタ。万が一、貴女様に何かあれば、私の後ろ盾も……いえ、私の命もございませんので」

「腕は確かなの? 忠誠心は? これ以上、旅行の荷物(馬の付属品)みたいなのが増えるのは困るわ」

「ご安心を。彼女は元『ウーバー・デス(迅速に、死をお届けします)』の腕利きアサシンです。忠誠心については……まあ、見ていただければ」


 その時、執務室のドアが勢いよく開いた。


「ああ! セレスティーヌ様! 嗚呼……本物、本物のセレスティーヌ様だわ……!」


 部屋に飛び込んできたベレッタという女性は、私を見るなり床に膝をつき、滝のような涙を流し始めた。


「……ギムレット、これ何?」

「ベレッタは、セレスティーヌ様の熱狂的なファンでして」

「セレスティーヌ様に直接お仕えできるなんて、前世でどんな徳を積めば……! ああ、今日を私の命日にしても悔いはありませんわ!」

「死なれたら困るのよ。……まあいいわ。そっちの荷物、ちゃんと運んでおいてね」


 私はギムレットに馬車を用意させ、御者をベレッタに任せることにした。

 お風呂を済ませ、泥とショコラの匂いを洗い流した私は、ようやく人心地ついて馬車へと向かう。

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