銅貨三枚の騎士道
私が「センスがいい」と褒めたばかりの調度品も、高い天井を支えていた柱も、まるで紙細工のように無惨に折れ曲がっていた。
そしてその破壊の跡、もはや原型を留めていない瓦礫のど真ん中に、一人の男が立っていた。
磨き上げられた銀の甲冑。無駄に爽やかな汗。そして、すべてを台無しにする満面の笑み。
「セレスティーヌ様ぁぁぁ!!」
勝ち誇ったように叫んんでいる。
「ご安心ください! 卑劣な誘拐犯どもは、この私が一網打尽にしておきましたぞ!!」
つい数分前まで「諸侯サイズ」の多幸感に包まれていた私の脳が、この暴力的なまでの現実逃避を拒否している。
アルフレッドは、返り血……ではなく、砕けた建材の白い粉を浴びたマントを翻し、一階の凄惨な更地の中から私たちを見上げて、キラリと歯を光らせる。
静まり返ったアジトに、アルフレッドの声だけがやけに良く響いていた。
私の横で、ギムレットの魂が口から半分はみ出している。
私は、横で魂が口からはみ出しているギムレットの顎を強引に押し上げ、魂を喉の奥へ押し戻した。それから、さっき飲み干した黒蜜炭酸水のおかげで潤いを取り戻した喉を整え、瓦礫の山で勝ち誇っているアルフレッドを見下ろした。
「アルフレッド。剣を収めなさい。彼らは凶悪な犯罪者なんかじゃないわ。『ユニサクリファイス』……誰かの幸せのために犠牲を厭わない、高潔な奉仕団体の方々よ。暴力はいけないわ」
「な……! 奉仕団体ですと!? おお、なんという事だ、私は善意の民をこの手で……!」
納得したアルフレッドは、さっきまで自分がなぎ倒していたマフィアたちの元へ駆け寄り、「申し訳ない! すぐに立たせましょう!」と、脱臼しそうな勢いで彼らを抱き起こし始めた。
「アルフレッド、丁度良かったわ。この金貨、重いから運ぶのを手伝って。ギムレット、騒ぎになる前に修復を急いでね。あと、マック・ナイトのクーポンも忘れずに」
ギムレットは、アルフレッドのあまりに理不尽な破壊力と、それを平然と使役する私の姿を見て、真っ青な顔で震え上がっていた。
「せ、セレスティーヌ様……。あ、あの銀色の塊は、噂に聞く新しい処刑人か何かですか……?」
「ま、まあね。頭がおかしいけど、実力は確かよ。今みたいにね。……なんとか、あの馬の付属品を有効活用していかないと、私の旅費すら危ういわ」
ギムレットは気絶から起き上がった部下たちに必死に指示を出し、私はアルフレッドと共に執務室へと戻った。デスクの上には、ギムレットが用意した大量の金貨が詰まった重厚な箱が鎮座している。
「……セレスティーヌ様。それは……人様のお金ではありませんか?」
アルフレッドが、大型犬のような無邪気な瞳で尋ねてくる。
「当たり前でしょ。人のお金で食べるから、何でも美味しいんじゃない。……それよりアルフレッド、あなたはいくら稼いだのよ。広場で筋肉を見せてきたんでしょう?」
「フフッ、見てください。この街の皆さんは実に温かかった!」
アルフレッドは自慢げに甲冑のポケットを探り、ジャラリ……とも鳴らない、心許ない音を立てて手のひらを差し出した。
「……なんだ、こいつ意外と使えるじゃない」
「これで全部です。銅貨三枚!」
「……え? たったの三枚?」
一瞬、期待した私が馬鹿だった。三枚、しかも久し振りに見たこ汚い硬貨。
「凄いでしょ! これでユニサクリファイスにも寄付ができます! 誰かの幸せのために!」
私は、彼の手のひらに乗った、薄汚れた三枚の硬貨を凝視した。
「……あんた、馬鹿なの? こんなんじゃ、家畜の餌どころか、マック・ナイトの揚げ油の残りカスすら買えないじゃない。私のダブルチーズサンド一個分にも満たないわよ!」
「ですが、徳は積めます!」
「徳で胃袋は膨らまないのよ!!」




