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「興味があるんだよ。幸せのど真ん中に居て、これからもその幸せを味わいながら生きていく人間が、一気にどん底に落ちた時、そこからどう這い上がっていくのか、落ちたままなのかさ」
「…ほぅ」
「しかも、それが言葉もまともに話せないようなガキがだぞ。目の前で大事な人が殺されていくのを見るなんて、俺でも経験してないぜ」
怒りで目の前が真っ白になる。今すぐこいつを殺してやりたい。そんな理由で家族が殺され、生かされた圭太の気持ちを想像するだけで…
しかし、ここで爆発したらこいつは喜ぶだろう。こんな奴が喜ぶために、感情をぶつけるのはダメだ。
冷静になる。
現実として、圭太は幸せに生きている。こいつが思っているような道を歩んではいない。こんな奴に圭太は負けていない。
私は、笑いが込み上げてきた。私の姿を見て、草間は訝しげな表情を浮かべる。
「残念だったな。お前が期待していた人生を、圭太は歩んでいない。申し訳ないな。つまらないに思いにさせてしまって」
「…そうみたいだな。まさか過去を忘れてしまうなんてな。期待外れにもほどがある」
鋭い目つきがさらに鋭くなる。
苛立ちを感じる。一方で私は笑顔だ。
何もかもをぐちゃぐちゃにしたこいつの思い通りにいかなかった。それが、自分で思っている以上に嬉しかったみたいだ。
「忘れたままなのがあいつにとっていいことなのか?」
「思い出せなくても、圭太は幸せだ。いや、思い出さない方がいい」
「それはお前の一方的な願望だろう。あいつは思い出したいんじゃないのか?」
そうかもしれない。私自身、圭太が全てを思い出した時、私を父だと思わなくなるかもしれない。この30年の軌跡が、跡形もなく消え去る可能性に恐怖を感じているのかもしれない。
「確かに、願望だ。だが、圭太が思い出しても、お前が期待しているような結果にはならないし、させるつもりはない」
警察官が面会終了を伝える。
「じゃあ、あいつが全て思い出したら、どうだったか教えてくれよ。楽しみにしてるぜ」
草間は面会室を出て行った。
あいつは、どんな人生を歩んできたのだろうか。
恐らく、よほど不幸な道を歩んできたのだろう。だから、幸せな人間が憎かったのか。でも、そんな安直な理由なのか?
人間は何がきっかけで変わるか分からないし、大層な理由が無くても、罪を犯す人間は数多くいる。あいつもその内の一人なのだろう。
だが、圭太が本当に記憶を思い出したら…
私は面会室を後にした。




