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俺は一度、圭太を先生に診てもらい、公衆電話から職場に連絡した。
「もしもし」
「人事部の佐藤です。すみません、営業部の飯沼さんっていますか」
「分かりました。少々お待ちください」
飯沼千香。同期の女性で一番仲がいい。きっと俺の突拍子のないお願いにも付き合ってくれるだろう。
「もしもし佐藤くん?どうしたの?」
「変なお願いしてもいいか?」
「なに?」
「俺の息子のお母さんになってくれないか?」
「…はぁ?」
飯沼千香。後の圭太の母であり、俺の妻となり、友樹と唯の母にもなった女性だ。
人を信用できなかった俺は、圭太と千香のおかげで、人として大事なものを手に入れることができた。しかし、それは別の話である。
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もう一つ、懸念点がある。
その懸念点を解消するために、警察と各社報道局に相談をした。事件内容を圭太が知った時に、圭太に与える影響、記憶のフラッシュバックなどを考えると、報道に規制を掛けてもらいたいと考えた。現状の圭太の様子も伝えたことで、警察と報道局も了承してくれたため、報道を継続的に行うことはなかった。(事件当日から数日は兄貴たちの名前を伏せて報道はされていた)
しかし、警察や報道局と共に悩んだことがある。それは、犯人が捕まっていないため、犯人の情報は発信すべきではないかというものだ。
そのため、事件の詳細は伏せつつ、犯人の情報についてはテレビや新聞で一時的に報道し、情報を募ることはした。
新聞の定期購入は圭太が万が一事件の内容を目にすることがないように解約したり、ニュース番組はあまり映さないようにしていた。
日常の生活の中で、圭太が事件について触れる機会はほとんどなかった。
やがて、事件も時の経過と共にいつしか世間から忘れ去られてしまった。だが、それでいい。何も知らず、思い出さず、生きていくことも幸せだろう。
圭太は元気に育った。千香の事を本当のお母さんだと思ってくれた。初めて顔を合わせた時はどうなるか2人でヒヤヒヤしたが、俺がお母さんだよと伝えると、千香の事を力いっぱい抱き締めていた。千香も泣きながら圭太を抱き締めていた。
後に産まれた弟と妹のこともとても可愛がってくれた。
圭太が楓さんを紹介してくれた時は心から嬉しかった。
千香が病で亡くなった時、目を真っ赤に腫らしながら泣く圭太を見て、私まで涙が止まらなかった。
そして、圭介が産まれた時、もう心残りはないと感じた。
兄貴には敵わなかったかもしれないが、私は、私たちは、幸せに生きることができたよ。




