⑥
父と母、雫さんのご両親とも話合い、圭太の親権を俺にしてもらうこととなった。
家庭裁判所にも申し立てをし、最終的に許可が降りた。
職場も俺の思いを受け止めてくれ、働き方の工夫だけでなく、2ヶ月間育児休暇をくれた。この時代に男が育児休暇を取ることはあり得ないことだったが、事情が事情なため、対応してくれた。
圭太は事件が起きてから、一度も言葉を発しない。食事も食べる量が少なく、日に日に痩せていっていた。
心配になった俺は、圭太を精神科へと連れて行った。
「PTSDですね」
「PTSD?」
聞き慣れない言葉に俺は思わず聞き返す。
「心的外傷後ストレス症と言います。最近使われ始めた言葉でしてね。強いストレスが掛かることで、この子のように話せなくなったり、感情が消えてしまったり様々な症状を併発してしまうのです」
「…改善はされるのでしょうか」
「改善することはありますが、3歳という人格もまだ形成されていない時期で、かなり強い衝撃を受けたので、圭太くんの心は壊れてしまったかもしれません。そして、恐らく記憶が飛んでる可能性があります」
「どういうことですか?」
「自己を守るために脳が記憶を消しているんです。恐らく、これだけ無反応なのは、脳が記憶を消去しており、圭太くん自身が自分のことを分からなくなっている可能性もあるでしょう」
物心つきはじめた時期の中で起きた凄惨な事件。圭太の心を本当に理解できる人間は、この世には居ないだろう。
「…1つ考えがあります」
「なんです?」
「催眠療法をご存知ですか?」
「催眠療法…よくは分かりませんが、催眠術を活用されるのでしょうか」
「はい。あくまで不安を取り除いたり、暗示を掛けて心の回復を促したりするものです。確実に効果があるものではないのですが、圭太くんの3歳までの記憶を閉じ込め、『武史さんの息子としての圭太くん』と暗示を掛けることで、回復するかもしれません。正直、お勧めはしませんが」
先生の言葉を受け、少し考える。無意識に顎を触っていたみたいだ。
「…一度考えてもいいですか?」
その日は病院を後にした。父と母、雫さんの両親に相談したが、確証のない治療であることと、過去の記憶を無くすのは圭太にとっても辛いのではないかということもあり、反対だった。
「圭太」
圭太とお風呂に入りながら、話し掛ける。
「圭太はお父さんとお母さん、お兄ちゃん、お姉ちゃんのこと、忘れたくないよな」
「…」
「忘れちゃいけないことだよな」
「…」
「でも、圭太にこのまま苦しくて辛い気持ちを抱かせ続けたくないんだ」
「…」
「だから、叔父さんのことを、いつか記憶が戻ったら、恨んでもいい。それでも、お前には幸せに生きてほしいんだ」
「…」
「圭太の思いを無視することになるかもしれない。本当に、本当にごめんな」
翌日、俺たちは催眠療法を受けるべく、病院へと向かった。




