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「俺は自分で言うのも気持ち悪いが、子供の頃から何事においても、よくできる人間だった。学業も運動も、人間関係でも悩みはない。常に期待され、常に羨望されてきた」
後藤さんのスペックや性格を考えると、その過去は安易に想像できる。
「だからかな。関わる人間全てが自分とはちがう世界線にいると思った。全てがモノクロ。家族ですら、俺はモノクロに見えていた」
昼間、後藤さんの見せた無の表情。もしかしたら、それが過去の後藤さんの素の表情だっのかもしれない。
恵まれてきたからこその欠落。僕には理解できないところだ。
「俺は、そんな世界を壊したかった。周りが色を塗ってくれないのなら、自分で色を塗ろうと。だから、まだまだ無名だったこの会社に入社し、俺だからできることを残したいと思った。ある意味気まぐれだった。でも、そこで、初めて色を認識することができた。それが、本田との出会いだ」
「俺がお前の絵の具セットだったんだな」
とぼけた返しをする。それに後藤さんは満面の笑みを浮かべる。
「その通りだ。お前は普通の人間とはちがう。俺に向かって言った最初の言葉は『死んでるんですか?』だからな」
「懐かしいな。後藤は表情が全く変わらない奴でな。生きてるのか死んでるのか分からなかったんだよ。だから気になって聞いちゃったんだよな」
「あの時、本田の言葉で俺は本当の意味で笑った。今まで俺のことをそうやっていじるやつもいなければ、本気で心配してくれる奴もいなかった」
…そうか。後藤さんにとって初めて自分自身を見てくれた人。それが本田さんだったのか。
「そこからの俺の人生は何事にも濃い色で彩られた。お互いの気に食わなさに本気で喧嘩したときもあった。会社を変えるという夢を語り合った。1年のほとんどをお互いの家で過ごした時もあった。本当に、本田のおかげで、俺は生きることが楽しくなった。そして、色んなことに対して感謝も、優しさももてるようになった。人として当たり前を身に着けられたと思う」




