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入隊試験

 道場の空気は、肌にまとわりつくような緊張感に包まれていた。広大な石畳の上、義影瑠衣はじっと目の前の男を見据えていた。対峙するのは治安特殊精鋭部隊の試験官――長宗我部という大男。2メートルを超す巨体に、鍛え抜かれた身体はまるで筋肉の鎧をかぶっているようだ。更にその皮膚に刻まれた無数の傷は数々の修羅場を潜り抜けてきた事の証だ。


「……というか、随分と荒らされてんな」


彼の攻撃によって穴だらけとなった道場。そして、周囲には血痕が複数付着していた。

候補者たちはここでボコボコにされ、戦意喪失したうえで不合格を言い渡されたのだろう。 

気を振り絞り、瑠衣は目の前の長宗我部と対峙する。

  

「これからお前を担当する試験官の長宗我部俊光だ」


低く響くその声は、重圧感そのものだった。目の前の男の堂々たる佇まいと鋭い眼光が、どんな威勢のいい候補生の言葉も黙らせる威力を持っていた。

俊光の右手には木刀が握られている。その磨き込まれた木目が、手入れの行き届いた武器であることを物語っていた。だが瑠衣の視線は、そこに疑問を感じずにはいられなかった。


「こっちは武装刀なのにおっさんは木刀でいいのか?」


俊光は眉一つ動かさずに瑠衣を見据える。


「お前ら如き候補者には木刀で十分だ。これでお前を倒せなければ、俺の肩書なんざ飾りだな」


「へぇ、そいつは助かるな。本気で武装刀振り回されたら、俺の命が吹き飛ぶところだったよ」


「軽口を叩けるぐらいには肝が据わっているようだな。表情も落ち着いている。大抵の奴は俺を見ただけで委縮するものだが…」


「そうか?ただ顔に出ないだけだったりしてな」


軽口を叩く瑠衣に、俊光は無言で木刀を肩に担ぐ。その仕草はまるで、相手を一切警戒していないことを見せつけるようだった。

瑠衣は腰に差した武装刀を構える。すると、その刀をみた俊光が目を見開いた。


「その刀どこかで……ん、まて、まさか左慈朗のか!?」


「この刀を知っている奴がいたとは。義父(オヤジ)ってやっぱここでは有名なのか?」


義父(オヤジ)だと!? 奴め、急にいなくなったと思ったら養子まで作っていたとはな……なるほど、これは面白い」


「いや、養子ではないさ。単に拾ってもらっただけだ」


「くくく、そうか。となると、さしづめ左慈朗の弟子という事か」


「そうだと言ったら?」


 瑠衣が言うと、俊光は目を細めたまま口の端を持ち上げる。


「いやなに、五十嵐が聞いたら面白い事になりそうだと思ってな」


「また五十嵐か。受付でも言われたけど誰なんだよそいつは」


「さあな。それが知りたければ、入って自分自身の目で確かめる事だ。だが、俺は例えお前が左慈朗の弟子だとしても、手を抜いたりはせん。むしろ、より厳しめで行くぞ」


俊光は木刀を構え、無言の圧力を放ちながら一歩前へ進む。その巨体が動くだけで、空気が重たくなるような錯覚すら覚えた。


「来ないのか?ならこっちからいくぞ」


「ああ、かかってこいよ」


その瞬間、俊光が地を蹴った。目にも留まらぬ速度で間合いを詰め、木刀を真上から振り下ろす。轟音と共に振り下ろされた木刀は、まるで鉄塊のような迫力を伴っていた。


「ッ……!」


瑠衣はとっさに刀を掲げ、衝撃を受け流した。しかし、あまりの衝撃の重さに体が揺さぶられる。俊光の力は尋常ではなかった。


「ほう……大抵の候補者は今の一撃で決着がつくんだが、うまく受け流すことで耐えるとはな」


俊光は木刀を構え直し、再び間合いを詰めた。


「だが、受け流すだけじゃ、戦いは終わらねえぞ。オラァッ!!!」


俊光の言葉と同時に、連続した斬撃が襲いかかる。縦、横、斜め――まるで試されているかのような攻撃に、瑠衣は必死に防御を続ける。


(ぐっ何だこの重さ……! 防御してるはずなのに手に激痛が走るぜ……!)


木刀と刀がぶつかるたびに、鈍い金属音が響く。一撃でも貰えば、その瞬間ゲームオーバーという緊張感の中、瑠衣は防御に徹しながら必死で俊光の動きを観察していた。だが、隙らしい隙が見当たらない。


「どうした? 左慈朗の弟子が防御するだけか?それじゃいつまで経っても敵は倒せんぞ!」


俊光は冷たく言い放つ。


「期待外れだな。お前の師匠も草葉の陰で泣いてるだろうな」


「……そんな安い挑発にはのらねぇぞ」


瑠衣は笑みを浮かべながら言い返すが、その目は俊光の木刀から離れない。

俊光はニヤリと笑った。


「面白い。だったら、もう少し追い詰めてやるか」


再び俊光が踏み込む。斬撃はさらに鋭さを増し、瑠衣の防御を徐々に崩していく。額に汗がにじみ、腕が重たくなる。


(やべえ、マジでやられる……!)


その瞬間、ふと左慈朗の言葉が頭をよぎる。


『格上に挑む時は、逃げながらでもいい。まずは見極めろ。隙を探せ』


(逃げるのも戦術ってか……くそ、ここで負けたら義父(オヤジ)に会わせる顔がねえ!)


左慈朗の弟子として彼の名誉に報いるためにも、こんなところでつまずくわけにはいかない。  

瑠衣は呼吸を整えながら、俊光の動きに集中した。俊光は大柄にも関わらずその攻撃は無駄がなく、わずかな動きで圧倒的な威圧感を放つ。それでも、その全てが完璧というわけではない。

必ずどこかに隙があるはずだ。

必死に耐え忍び、徐々に道場の端へと追いやられるさなか、瑠衣は俊光が木刀を振り上げた瞬間、僅かな隙がある事を見出した。 

  

(見つけた。こうなったら賭けだが、やるしかねぇ――!!)


俊光が木刀を振り上げたその瞬間、瑠衣は一歩踏み込み、刃を俊光の手元に滑り込ませるように振る。


「なっ――!」


今まで余裕綽々だった俊光の顔が初めて驚きにそまる。

 そして、彼の木刀は弾かれ、宙を舞った。


「ッ……!」


瑠衣の刀が俊光の木刀を弾き飛ばした瞬間、周囲の空気が一瞬にして変わった。宙を舞う木刀が道場の床にカランと落ちる音が響く。瑠衣は大きく息を吸い、震える腕をなんとか抑え込みながら、俊光に視線を向けた。


「……やった、のか?」


その言葉は自信というより、疑問のように漏れる。だが、次の瞬間、俊光が微かに笑みを浮かべた。その笑みが何を意味するのかを理解した時には、既に遅かった。


「油断、大敵ってやつだ」


俊光の大きな拳がまるで稲妻のような速さで突き出され、瑠衣の顔面寸前まで迫った。拳の圧力だけで凄まじい風が吹き、瑠衣の服は弾け飛んだ。


「ッ……!」


驚愕とともに、体が硬直する。俊光は拳を止めたまま、わずかに顔を傾けた。


「ふぅ…。木刀を弾き飛ばしたのは見事だったが……そんなもんで勝利を確信するな。誰が戦いは終わりだといった?」


「……くそ、完璧に騙されたってわけか」


瑠衣は悔しそうに唇を噛む。俊光が木刀を拾い上げ、瑠衣の前に立ちはだかった。彼の目には、冷徹さの中に僅かな興味が宿っていた。


「あぁ。敢えて隙を作ってやったのさ。まんまと俺の策にハマったが……それでも、隙を見出し木刀を弾いたのはお前の実力だ。見せてもらった、義影瑠衣」


俊光は木刀を肩に担ぎながら、ふっとため息をついた。


「お前みたいな生意気なガキは嫌いだが、まあ……いいだろう。補欠合格ってところだな」


「いいのか? 俺は負けたのに」


瑠衣は驚いたように顔を上げた。俊光はわざとらしく顎を掻きながら続けた。


「誰が俺に勝てと言った? お前らが俺に勝たないと不合格なら、誰も合格できんだろうが。俺はあくまでお前らの戦闘スタイルや強い奴にも折れずに立ち向かっていくその覚悟を見極めて合否を言い渡している」


俊光の目が一瞬鋭く光る。


「義影、お前は良い剣士になるだろう。だが俺が見たのはほんの可能性だ。それを潰すか伸ばすかはお前次第だぞ。覚悟しとけ、クソガキ」


瑠衣は一瞬の沈黙の後、口元を歪めて笑みを浮かべた。


「へぇ……その覚悟とやら、見せてやるよ」


俊光は鼻で笑い、無言で背を向けて歩き出した。瑠衣は立ち上がり、手にした刀の柄をぎゅっと握りしめた。

瑠衣もその場を後にしようとする。


「義影、待て――お前服が――」


扉を開けた時、目の前に1人の女性がいた。


「えっ?」


扉の向こうにいたのは、一人の少女だった。年齢は瑠衣と同じくらい。長い青髪をポニーテールに束ね、きりりと引き締まった目元が印象的な美少女だ。

だがその整った顔立ちは、今まさに怒りと羞恥に震えていた。


彼女の視線は──はっきりと、瑠衣の下半身へと向けられていた。


「なっ……な、なななっ……!!」


少女の顔が一瞬で真っ赤に染まった。


「あ」


自分の姿を見下ろした瑠衣は、その瞬間に悟った。


──服が、吹き飛んだままだった。


裂けた上着から、汗まみれの胸元と腹筋がばっちり露出している。ほぼ裸同然だった。


「誰か知らんが、とりあえず落ち着け。これは――」


説明しようとした瞬間──


パンッ!!


乾いた音が道場の外に響き渡った。


「……は?」


頬に激しい衝撃。視界が一瞬揺れる。


「ってぇ……何すんだよ!」


少女は、顔を真っ赤に染めたまま怒鳴った。


「へ、変態っ!! こんなとこで全裸とかっ、信じられないっ!!」


「ちょ、まっ、違えよっ──!これは試験官に吹き飛ばされ──」


「言い訳するな!!最低っ!」


少女はそう叫ぶと、プンプンと音がしそうな勢いで踵を返した。

その場に取り残された瑠衣は、顔を押さえながら唖然とするしかなかった。


「……あいつ誰だよ……」


背後からまたもや含み笑いが聞こえてきた。


「氷室莉緒。次の受験者だ。……まあ、印象には残ったんじゃないか?」


俊光が口を押さえて肩を震わせていた。


「てめぇ他人事だと思って……!」


「とりあえず、その状態でいれば捕まるぞ。服を用意してやるから待っていろ」


「当たり前だ!!」


周囲の冷たい視線が突き刺さる。

だが、この時の出会いが、後に共に戦場を駆ける“パートナー”になるとは、まだ誰も知る由もなかった。








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