ぴっちぴっちばっしゃばっしゃるんるんるん
ある街の一軒家でのことだった。
時は夕刻。住宅地のど真ん中で商店と言えるものはそれほど見当たらない。
ある家の顔立ちの似た兄妹が何か口論をしているようだった。
剣呑な空気を出す妹に気圧されている兄、という様子だ。
「あら、お兄さんお疲れ様です。率直に言わせてもらうと、私のコロッケを取りましたね?」
「えっ?あれメイのだったのか………」
夏も目前と迫る時期に、我が妹の夕飯を勝手に食う兄貴一人。
「気づいていなかったんですね」
「い、あ、…………ごめん。何か今から買ってくるよ」
「…………ふふっやりぃ。これで今売ってるスイーツ毎晩食べれる」
先程の張り詰めた空気感を捨てて、この後の幸せに夢想し出した。
コイツ、謀ったなさては!……んなわけないわ俺が悪いな、今回については。
「はぁ、何でも良いけどメイは何食べたいんだよー」
「え〜?私は〜白色のたい焼きとかフワフワのロールケーキ、あと期間限定の〜………」
幸せのイメージを持つだけで気分が高揚している為かスイーツを一つ、二つ、三つと数え出したら止まらない。その様子は主導権が欲望に握られており正しく欲に躾けられし犬そのものだ。
と、思考が脇道に逸れたが聞き捨てならないことしか言っていないなこの妹野郎は。
「あれ、一つじゃないのか??ってかさっき毎晩と言ってたよな?もしかして夏は毎日買わせるつもりじゃないよな?」
「はー?私の心に傷を付けたのはどなたなのかご存知ないのですか?その深い悲しみを毎夜スイーツを献上するだけで許されるのだからこれ程の甲斐は無いでしょう?」
「その無駄な品のある喋りやめてくれ………わかった、わかったよ。買ってくるよ」
そう言うと、妹は再び笑顔に戻り食べたいスイーツを無限に妄想し始めた。
調子がイイなー。
「あ、そうだ食べたいスイーツは後でメールして教えてくれよ」
「クレープはやっぱ外せないよなー…………わかった、後で送っとく」
追加で決まったことだが、三日分の献上用スイーツを買ってくることで許してくれることになった。
ウレシイナァ。
時刻は夜の九時。家を出てそれほど時間は経っていない。コンビニが徒歩数分圏内なのでそこで買うつもりだ。買うのは自業自得とはいえ、めんどくさい。
「はぁ………ま、ついでに俺も何か買って食べるかなー」
今の時間帯に食うラーメンとかやばいだろうなーなどと考えていたら喉が渇いてきた。やっぱ自分の分はコンビニの水だけでいいや。
コンビニで適当に天然水を取って、その他欲しがっていたスイーツを見繕ってコンビニを出る。勿論購入済みだ。
通知音がしたのでスマホを取り出す。
「お、アイツ今更連絡かー?」
見ると俺の読み通り欲しいもの一覧が載っていた。
ひー、ふー、みー………いや、初日で7つは無理だろ。消費期限もあるし。
しかしこのリストを見ずに買った俺にはそんなことを言う資格はないのだ。幸いにもリスト中四つは買っているのでお許しは出るはずだ。
適当に返信しながら歩いていると前方からブラウンのロングコートを着た女性が歩いてきた。
適当に会釈をして双方また歩き出す。
その女が見えなくなった時、それまでしていた足音は完全に消えて周囲は静まった。
ドクリ、と心臓が強く波打った。
俺は嫌な予感を肌で感じていた。
「ミィツケタ」
「畜生あたりじゃねぇかよ!」
俺が走り出すと呼応するようにケタケタ笑いながら走って追いかけてきやがった。
無駄に綺麗なフォームでげひゃげひゃ言いながら全速力で追いかけてきやがる。
何より一番怖いのは俺の全力でも差がジリジリと詰められてきていることだ。
「だ、誰か助けてくれぇええええええええええ」
勿論叫んだって誰も来やしない。
ビニール袋を激しく揺らしながら走る俺は一瞬その袋の中身に目が向いた。
あぁ、ケーキのクリームが、ケースにぶつかり潰れてる。折角買ったのにな。
「こんの馬鹿野郎ォォォォォォォォォ」
気がつけばさっきの飲み掛けの水をソイツにぶん投げていた。
蓋の締まりが甘かったのか中身が溢れ出している。
その中身は追いかけてきているヤツにもかかり、突然の冷水に驚き奇声を上げ崩れ落ちている。
その隙に更に走り回り入り組んだ道を通って家まで走り抜いた。家に入ってからは安心して腰が抜けてしまった。そんな自分に笑いながらも警察に通報をしてから妹を呼んだ。おそらく、これで捕まるだろう。あの怨霊が如きブラウンのロングコートの女性を見かけることもないだろう。というか、冷静に考えて明らかに奇抜な格好していたな。なんだよ夏場にあんな厚着。夜とは言えバカ熱いだろアレじゃ。その上走っているのだから想像したくないな。
「あ、やっと帰ってき………って!それ私のケーキだよね?あぁこんなに崩れちゃって」
ケーキの心配をしているとこ悪いがほんのちょびっとだけでも良いからコッチの心配もしてくれ………。
そう口にしようとして、まだ腰が抜けていることを忘れていたので転んでしまって何も言えなかった。
「あれ……………えっと、もしかして何かあったの?」
腰が抜けてる俺を見てさすがの妹も心配し出し、その優しさに涙が出そうだった。走り疲れて泣かなかったけど。
後日、無事ブラウンのロングコートがトラウマになった俺は意地の悪い妹にブラウンのロングコートを見せつけられながらスイーツを献上していた。
あのロングコートの女性は後々警察が捕えたらしく、噂になっていた。
調べによると「性癖に合う“おとこの娘”を見つけてつい追いかけてしまった」だとか宣っており俺はそこにも恐怖を覚えた。
そして、それなりに顔の整った妹と似た顔で生まれてきたことに後悔もして、また一悶着妹とやり合ったのだがそれは別のお話。