神童
ゴーーーーッ
轟音が鳴り続けているが、
常に聞こえているからかあまり気にはならない。
浮かぶ躰を捻ろうと力を入れるが満足に動かない。
そもそもどこをどう動かそうとしているのかも、
どう動くのかも見当もつかない。
動け、動けと本能的な欲求が突き上げる。
起きていたいのだがすぐにボーッとして眠くなる。
…
…
聞こえてくる音。
主に2種類。
反響する高めの声と
外から聞こえてくる雑多な音。
私はこの声の高い方の生き物の中の揺りかごにいるようだ。
不快感は一切抱かない。
むしろ温くて気持ちが良い。
…
…
起きている間はずっと外から聞こえる音や規則性を考える。
既によく使われる表現や言語の仕組みの大枠を理解し、
何を言っているのかを理解できてきた。
私のママは暇なのだろうか。
TVを1日中つけっぱなしにしてゴロゴロしている。
ずっと考えるための器官である脳がフル回転し高熱を持つのだが、
羊水の中でいることでよく冷まされた。
「やっば!マジすっげぇ腹減るからめっちゃ食ってんだけど、体重全然増えねぇ。やっぱ樹利亜が腹にいるからっしょ!」
なんてママが言っている。
私の名前は樹利亜らしい。
身体の感覚がはっきりする頃に私に話しかけてくる声が脳内に聞こえた。
『ふむふむ。逸材がいるとこの地の精霊が騒ぐもんじゃから様子を見に来たが胎児だとはのう…』
【私に話しかけているの?】
『おわっと!お主、言葉が分かるのか?驚きじゃ。』
【あなたは誰?私とお友達になってくれる?】
『儂は軽身神と呼ばれておる軽業師を掌る神じゃ。お主があまりにも身軽な身のこなしをしておるから見にきたがまさか子宮内のスペースでぐるぐる回っておったとは…』
【えへん!暇だからね。凄いでしょ?】
『気に入った!目をつけて正解じゃ。お主には身体能力と空間把握の才能がある。どんな軽業師として新技を生み出すか楽しみじゃ!友達になろうぞ。この様子じゃと他の神もお主に引かれてやってくるじゃろう。』
【そうかな?友達増えるかな?】
『間違いないわい。智恵の神は遠からず目をつけるはずじゃ。』
【わーい】
翌日
『はぁぁぁぁあっっっ!!!??』
【驚きすぎじゃない?】
『早い子でも生後8か月程で単語を言うぐらいじゃ!子宮の中でこの落ち着き具合は何じゃ!?』
【そう?私って凄いのカナ?でも他の子だって頭が良くても声に出さないで考え込むタイプっているんじゃないかしら?】
『もうそういった思考ができてることがヤバイんじゃよ…』
【私は友達が軽身神さんだけだから、智恵の神様、お友達になってくれる?】
『も、もちろんじゃ!世の中の森羅万象の知識は禁忌に触れないことだったら何でも教えてあげようぞ。』
【やったー!じゃ早速…】
…
…
樹利亜(生前3か月)は智恵の神様から今後の出産の話。日本のとある県にこの家がある話。
人間という種族とその現在の位置付け。世界中の地理や歴史について学ぶ。
軽身神は世界中に眼を掛けている体操選手がいるらしく1日1時間程だけ私に会いに来て色々な回転技を教えてくれる。
「樹利亜、マジ元気すぎね?お腹を蹴ってくるみたいな事はないけどぐるぐる回ってんじゃん。それともウチが蹴られても気づいてないだけなんかな?」
『水の精霊だけど、君エラ呼吸じゃないよね?ずっと水中にいて高い知能の生物は初めて見たよ。お友達になってくれる?』【やったー】
『火の精霊だ。貴様の熱は地球上の生物で例外的に異常だ。我と仲良くしてくれ。』【やったー】
『雷の精霊だよ。君の脳内スパークは芸術的だね。是非近くで見学させてくれ。』【やったー】
『土の精霊です。あなたは土に接したことが無いからこそ、産まれたら是非僕のいる大地と接して仲良くして欲しいんだ。』【やったー。約束!】
『英霊です。偉人の集合体の我々も過去に神童と言われ生後6か月程で多少話せはしましたが、あなた様には感服しました!あなた様の今後を傍で見続けさせてください。』【やったー】
そんなこんなでお友達が沢山できて樹利亜は幸せでした。ただし、1日16時間以上寝る樹利亜の横で神や精霊がぴーちくぱーちくやり取りしているので、樹利亜は寝不足。
『『『『『あ!樹利亜、おはよー』』』』』
【おはよ。うふふ。お友達の声で目が覚めるってのもオツなものね。】
出産の日
めっちゃしんどかった。え?これ通るの?無理じゃない?ママ死んじゃわない?でもなんか一気に通った方が良いよね。次のママの押し出す流れに合わせて…えい! ぽん!
「おわ!飛び出してきた。何だこの子。」
「先生!お母さんの前ですよ。そんな言い方。」
「……あはは…。樹利亜すげー。」
「助産師のさんの顔をじーっと見てる…。泣いてないけど自立呼吸始めてるし。何だか凄くないですか?」
ママは出産そのものよりもその後の胎盤の娩出の方が苦労してたみたい。私は別の部屋のベッドで寝かされてる間に沢山の看護師さんが私を見に来たわ。笑顔で手を振ってあげたら、
「きゃーーー!」
って皆黄色い声をあげてたわね。
『樹利亜ちゃん。それたぶん怖いものを見た悲鳴だよ。』
退院後
私は家で基本放っておかれた。ママは産後にぶくぶく太ってTVをずっと見てて、時々私に何かトラブルが無いか笑顔で撫でてくれる。私が泣いたりでもしたらすぐ駆けつけて助けてくれるんだろうけど、私は別に悲しいことも無いし泣かない。別にオムツが多少気持ち悪くても、お腹が少し減ってても大した事ではない。痒いかななんて思っても精霊たちが不快感を無くしてくれるし、思考が雷の精霊のおかげで加速&スパークし高熱になっても水の精霊と火の精霊がその熱を取ってくれた。
私はずっと観察や思考、記憶を続けているのだが体は満足に動かない。ベビーベッドでずっと寝っ転がっていて、まだ寝返りすらうてないのだ。うつぶせで丸1日程過ごすこともあった。
『素晴らしい。お主のように五体投地をやり遂げた修験者は初めてじゃ!』
【五体投地?聞いた事ないわね。どういう意味か教えてくれますか?】
『平和を願い身を捧げる行為じゃ。その御心…お見事!その若さにしてその偉業と知能。様々な存在が慕っているのも当然じゃ」
【あなたはどのような存在でしょう?】
『私は過去に即身仏として世の平和を願いこの身を捧げた高名な僧じゃ。貴殿の人生における純粋無垢な五体投地の割合は他の追従を許さない。是非私めをあなたの守護霊とさせていただけないものか?』
【私はあなたの行動に制限をかけたり強制はしないわ。でも嬉しい。私のそばにいて欲しいわ。即身仏という言葉も私に教えてね。】
『感謝致します!しかしどうも五体投地と知らず世界平和を願われているご様子。やはり大賢者様は誰からも教わらずとも正しい道に行きつくものなのですね。』
【いや…、大賢者じゃないわよ。私の名前は樹利亜。仲良くしてね。この体勢はそうせざるを得ない状況なのよね…】
「分かりますぞ。人は生きていると思うようにならんものです」
【…ん。ま。そうね。】
父は見当たらず、母とはすでに別れているようだ。まぁいないもんはしゃーない。父親代わりにあたる存在はめっちゃいる。
脳内では思考によるテレパシー会話ができるのだが、現実世界では舌が小さくて機能せず
「あ~…い。あおおんうあぁいえ~。」
「お!樹利亜どうしたどうした~。おっぱいか?おしめか?」
話が伝わる相手がいない。そういえばこの家に来てからママしか見てないな。
『金星の女神よ。あなた尋常じゃない程可愛いわね。私の美しさと並びたてるわ。愛でても良いかしら?』【やったー、、でいいのかしら?】
『冥王である。ソナタの未来は輝かしい!何と素晴らしい将来か。縁を結ばせて欲しい。』
【やったー。よろしくお願いしますね。】
そうして生後10カ月と10日が経ったその日。
「…ごめんね。樹利亜。彼ピがガキはいらないって言ってるから」
ママが私の首を絞める。
ママは本当に刹那を生きてるわよね。
絶対にあとあと後悔するって私でも分かるのにね。
人を愛することって複雑な感情が絡むのかな?
私もそんな年齢になるまで育って経験してみたかったかな。
ママには本当に感謝しかないよ。
こんなに沢山の友達に出会わせてくれたんだから。
みんな泣かないで。
土の精霊さんごめんね。外に一回も出れなかったよ。
でも私は確かに樹利亜として生きていたよ。
…
母は私の遺体を庭に埋め、彼の元に行った。
しかし、産後に体重が激増していたことであっさりフラれてしまい、
私のそばで首を吊って自殺してしまった。
『樹利亜がいなくなって心にぽっかり穴が空いてしまったな。』
『まさかこの令和の時代に幼少で亡くなる事は想定外だったわ。』
『そうじゃな。彼女は本来この世界の救世主であった。』
『だよね。地球上における生きとし生けるもの全てを救済すると言う偉業を成すはずだったのにね。』
『それを成す姿を見たかった…残念じゃ』
『冥王はどうするの?』
『直すか壊すか…を聞いておるのか?』
『だね。君がいるって事はそういう事なのかなって。』
『今回は壊し、作り直す未来だ。彼女が地球の産みの親となる。』
『そうか。それも仕方ないか。樹利亜のいない地球に未来は無いからな。』
『じゃ今回の生きとし生けるものは彼女の羊水の中に逆戻りか。水死じゃな。』
『彼女を殺したのは人間世界の闇、、、だから仕方無いわ。』
ここは神界。彼女は目を閉じたままただそこに居る。再び樹利亜の魂が器に入ることは無い。
彼女の器官としての子宮の中には生き物が消えた地球が浮かび、ゆっくりと回っている。
魂の抜けた樹利亜がありとあらゆる罪を消した星を育て、そして産むためには数億年の年月が必要となる事だろう。今日も樹利亜は愛で持って地球を育てている。