08-19.祝福の導く先。
公爵家、そして領都はにわかに騒がしくなった。
まず、アイーナを追い回した連中は、全員捕えられた。しかも本当に諜報員だった――彼らは黙秘していたが、ディアンのスキルによってすべて丸裸にされたらしい。ただ厄介なことに、爆弾についての話が行き詰った。彼らは確かに製造したし、工房も見つかったが……調整はセラフ王子が行ったらしく、現物がどこにいったかは、不明だという。
そうして――――数日が過ぎた。
(〝爆弾なんて知らない〟と言われた方が、まだマシだったわね……存在はするけど、どこにあるかわからない、なんて。あと)
エミリアは室内――応接室の様子をぼんやりと眺めながら、思考に没頭する。
視線の先では、初老の男性が二人、マナと相対していた。時折手に触れたり、簡単な質問をしている。その様子を、ジャクソン教授、アイーナ、そしてメンター公爵が見つめていた。
(ディアン。どういうスキルはわからないけれど、そういやゲームでも現実でも、やたら人の心を暴くやつだったわ。前に帝都潜入した私のことも、なんかすぐバレてたみたいだったし……強力ねぇ。出会った頃、やたらハイだったのは、スキルの使い過ぎの影響かしら)
当時のエミリアは〝エミリー〟と偽名を名乗って、スキル保持者と偽装して帝都に侵入していた。虹の光で魔物を倒したところ、ディアンにスカウトされたわけだが……初対面の彼は、やたらと俺様王子感が強かった。交流を重ねるにつれ、年の割に弱さと苦悩を重ねていて、人の痛みが分かる好青年だとわかったものだが。それも今や、懐かしい。
「スキルと言えば……マナのアレ。ひょっとして、アイーナが祝福を与えたから……?」
エミリアの思考が飛び、彼女はそっと呟く。エミリアは壁際に立っており、今も真剣な表情でやりとりしているマナたちの耳には、声も届いていないようだ。
(アイーナ自身も、もしかしたら……マナにだけしか、祝福を与えられないようになったんじゃ? なんかやたらと、私とイリスの状況に、被るのよね……)
「私は、ダイヤランクスキルに相当すると、そう判断します。君は」
「僕もですね。汎用性を鑑みると、プラチナと称してもよさそうですが。そもそも効力や魔力が高すぎる。条件についても、おそらく緩和しやすい類でしょう」
初老の男性二人が、意見を交わしている。どうやら結論が、出たようだ。
「なぜこうなったのか、はさっぱりわかりませんが」
「元々、アイーナさんは〝祝福を与えることができるスキル〟の持ち主だったそうで。これが〝マナさんにのみ、祝福を与えられる〟と変化したのでしょう。ただスキルと呼べる魔力は検出されなかったので、つじつまは合わない」
二人の男は、公爵の招いた精霊教のスキル鑑定師だ。ゆえあって呼び寄せたそうで、ついでにマナの鑑定をしてもらっている。
「その。祝福を与えたからって、スキルが強化されるものなんです……?」
「「わかりません」」
(わからんのかいっ)
マナの問いに、二人が答えた。エミリアはツッコミを、胸のうちに無理矢理飲み込む。
「何せ、前例がない。二重に祝福を受けるなどと」
「むしろ、アイーナさんは何かご存知では? 重ねて祝福を与えたことは?」
「いやー……そういう使い方をしたことは、なくて。急にこんなことになっちゃって、私もびっくりなんだよ」
(全世界がびっくりよ。感情と関係性だけじゃなくて、あらゆる要素の火薬庫ね……アイーナは)
エミリアは呆れたため息を漏らす。アイーナはあっけらかんとしており、マナは。
「お姉さまの愛が……わたくしを強く、してくれたのですね」
(そこ踏み込みますねぇマナ!? アイーナ、また逃げ出すんじゃ……)
目をキラキラとさせていた。そして手を握り締められた、当のアイーナは。
「ん……まぁ、そういうやつよね、これ」
(そこはお約束を踏まえるんかい)
顔を赤くしつつも、マナの眼差しをきちんと受け止めているようだ。どういう心境の変化があったのかはわからないが、両想い姉妹は一歩前進したらしい。
「エミリア。お前はどう思う」
公爵が向き直り、尋ねてきた。エミリアは壁から離れ、彼らに歩み寄る。
「実際の状況を目にし、ダイヤランクスキルの持ち主……イリスと比較するに。スキル鑑定に疑義はありません。真実に迫るものと受け止められます」
「なるほど。お二方、後日もよろしくお願い申し上げる」
「ご丁寧に、閣下」「微力を尽くします」
鑑定師たちが、頭を下げている。後日というのは説明されてないのでわからないが、どうも公爵が鑑定士を招いたのには、目的があるようだ。彼らは立ち上がり、応接室から退出していく。公爵はこれを見送った後、マナとアイーナをじっと見つめた。
「ダイヤランクスキルの使い手が、二人。これは喜ばしい限りだ……マナ皇女。改めて申し訳ないのだが、ご助力願いたい。アイーナ嬢については、当公爵家……いや、公国で身分を保証しよう」
「ご配慮に感謝いたします、閣下。お姉さまがここにいる以上、わたくしも事態の解消に全力を尽くしますので」
「とはいえ……〝魔核爆弾〟がどこにいったのかわからないのが、ねぇ」
アイーナがぽつりと零した言葉で、一同が消沈する。誰ともなしに、ため息を吐きだした。
「隅々まで見たわけではないですが、王都の彼の客室には、それらしきものはありませんでした。必要であればもう一度潜入し、洗いざらい調べてきますが」
エミリアは沈黙に耐えかね、案を挙げる。だが公爵は、首を横に振った。
「お前の報告だと、向こうは手紙のすり替えに気づいているのだろう? 二度目の侵入は、危険が大きい。エミリアが危ないというのもあるが……」
「即時爆破されるかもしれない、と。構造上、そういった起爆は難しいですが、危険がないとは言い切れませんね。アイーナ、どうかしら」
エミリアが水を向けると、皇女は肩を竦める。
「あれは作った後、爆弾化するまでかなりの魔力を要するの。ひょっとするとまだ、現物が完成してない可能性すらある。起爆が簡単ではないのは、エミリアの言う通りだけれど……探しに行くのは、リスクがあるわね」
アイーナの回答に、エミリアは目を伏せた。
その時。
「〝爆弾は王都にはありません〟」
マナがぽつりと、呟いた。見ると彼女の目は焦点があっておらず、表情もぼーっとしている。
「マナ……?」
「〝爆破されるとすれば、この公爵領。時は……国王陛下との会談当日〟」
(これ、まさかスキルで!?)
失せ物探しなどもできるという、加護のスキル。祝福を与えたアイーナがピンチと見て、予知のような真似までしているのだろうか。
「なんと。マナ嬢、では爆弾はいったいどこに……?」
「わかり、ません。街にないみたい。でも爆発するのは、ここに違いないと、その」
メンターの問いに、マナが答えるものの……彼女の体が、小刻みに震えはじめた。
「マナ、それ以上はダメ! 魔力が欠乏する!」
「すみません、お姉さま。お役に、立てなくて」
隣のアイーナが、マナの体を支える。マナの瞳には光が戻り、だが彼女の額からは幾筋もの汗が流れ始めていた。
「いや、お役立ちすごいでしょ……お父さま、いかがなさいます」
「爆弾自体の捜索は続けよう。事前に見つかればよし。見つからなければ……」
エミリアが問うと、公爵は顔に苦渋を滲ませた。
「爆破自体をイリスやマナに防いでもらう、という方向でしょうか」
「それが可能であれば、な」
「できます」
声に振り向いてみれば、マナが顔を上げ、歯を食いしばって目を血走らせていた。
「必ず、やり遂げます。ただ――――」
彼女の目が、疑惑、あるいは不信を宿して歪む。
「イリスが、協力して、くれるか。その……ごめんなさい。自分でも何言っているか、よくわからないんですの。あのイリスが、エミリアに力を貸さないなんて」
(イリス……)
エミリアは、ハッとした。もしそのような未来があるとするならば。
原因はきっと、自分だ。
(このままじゃダメって、そういうことなのかもしれない。結婚まで我慢とか、そういうんじゃなくて)
王都から引き上げた時以降、イリスとはまったく接触を持てていない。近くにいようとも、どこか遠く離れているようで。嫌われてはいないはず、信頼を損なってはいないはず……ただイリスに事情があって、今は我慢せねばならないだけ、そうエミリアは自分に言い聞かせてきたが。
「私、イリスと話してきます」
これ以上目を背けるわけには、いかなかった。




