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08-18.加護の乙女。

 ★ ★ ★



 ぽよっぽよっと半透明のスライムが跳ね、裏路地を行く。物陰に入り込み、ぽむっと小さな音をさせて、アイーナの姿を象った。


「うあぁおぉぉぉ……何やってるの私ぃ」


 しゃがみ込み、頭を抱える。黒髪をかきむしり、大きくため息を吐いた。


「でも無理、無理だって……マナの近くにいると、〝もやもや〟して」


 俯き、膝を抱える。地面に座るなど無作法もいいところだが、アイーナは気にしていなかった。


「ちゅうとか、しちゃいそう、だし……私たち、姉妹、なのに」


 胸の奥から突き上げてくる激しい衝動が、今も心臓を高鳴らせている。アイーナは自分の変化に戸惑いながら、呟いた。


「女同士、なのに…………エミリアは、どんな気持ち、なのかしら」


 思い浮かぶのは、灰色の瞳の凛々しい悪役令嬢。彼女はヒロイン・イリスと恋仲であるという。その絆の強さ、愛の深さは、アイーナも幾度か目にした。


「あんなふうになんて、なれないよ……私は恋なんて、知らないし」




「へぇ。じゃあ俺たちが教えてやろうか?」




 突然かかった声に、ハッとしてアイーナは顔を上げる。浅黒い肌の男たちが数人、いつの間にかこちらを取り囲んでいた。


「なに、あなた、たち」

「おい、こいつ皇女かもしれないんだろう? 引ん剝くのはまずいだろ」

「俺は帝国にいたから、事情は知ってる。こいつは処刑されたはずだから、もう死人なんだよ。まぁ他人の空似かもしれねぇが」


 一瞬、アイーナの頭の中でいくつかの事情が繋がる。西方出身と思しき顔立ち、帝国にいて、今は王国公爵領の路地裏をうろついている……彼らは、もしや。


「こんなとこうろついてたのが運の尽きだな。うまいこと、使ってやるよ」

「ぃ――――ッ」


 ぽむっ、と音がして。


「はぁ!?」「なんだこいつ!」「スライム!?」


 大きく飛び跳ねた。壁、そして天井へと飛びつき、そこで人の姿となる。アイーナは屋根を渡りながら、迷わず駆けだした。


「エミリア……マナ!」

「くそっ、待てこら!」「おい、あっち回れ!」「逃がすな!」


 だが、まだ来たばかりの街。

 アイーナは。


「助けて――――!」


 大いに道に迷い……それでも、走り続けた。



 ★ ★ ★



 エミリア、マナ、そしてガレットはいなくなったアイーナを探し、街をさまよっていた。

 だが。


「すごい奥まで行ってるし、また離れた……こっちよ」


 迷うことなく、マナが路地を突き進んでいる。エミリアは領都には慣れておらず、もうどっちから来たのかすらわからない。隣のガレットは涼しい顔なので、おそらく彼女は大丈夫なのだろうが。


「ねぇ。マナってどんなスキル持ってるの?」


 エミリアはそうこそっと、ガレットに尋ねた。


「〝祝福の皇女〟と〝加護の皇女〟と呼ばれていてね」

「祝福はアイーナだから、加護はマナのこと? 加護……ってどんな」

「ブロンズランクのスキルよ。ちょっとしたおまじない程度。失せ物を見つけたり、明日の天気を占ったり、その程度の」


 緑の瞳の令嬢が、答える。声に僅かに、戸惑いを感じた。彼女もまた、エミリアと同じことを考えているようだ。


「……今明らかに、アイーナの居場所がわかってる感で突き進んでる、これは?」

「私に聞かれても、さすがにわからないわ」

(そりゃそうか。加護ってだけなら、結構いろんなことができそうだけど……それだけに、強力って感じはしないわよねぇ。ブロンズでも高いくらいな印象。――――ん?)


 何か引っかかり、エミリアは一人首を傾げる。前を行くマナを見失わないように、注視しながら。


(ゲーム一作目のヒロイン、〝才能(タレント)〟のスキルを持っているけれど……〝万才の乙女〟って確か、ゲームやり込んで最後にとれる称号よね? 全ステータスが、限界突破した後の。あのスキルのランクってゲームじゃちゃんと出てなかったけど、確かブロンズだってどこかに書いてあったような……?)


 エミリアの前世の記憶に反し、実際のイリスは、王都貴族学園入学直後のスキル判定で「ダイヤランク」を認定された。その後しばらくして、〝万才の乙女〟と呼ばれるようになったのだ。とはいえ、優秀ではあるものの、そこまで超人というほどではなかったはず……。エミリアがイリスのことを規格外だと理解したのは、彼女が精霊車を作った――スキルを物に授けられることを、知った後のことである。

 いまいち現実とゲームの状況が一致せず、エミリアが混乱していると。


「こっち! 走ってる――――ガレット!」


 切羽詰まった、マナの声がした。彼女は早足を止め、走り出そうとしている。


「西に向かってるのだけど、どこか回り込めない!?」

「西。ならそこの路地、右に曲がりましょう。大回りして合流します」

「わかったわ! わたくし先に行くから、二人はこのまま向かって!」


 言うが早いか。

 マナが駆けだし。


「「……………………え?」」


 その姿が、かき消えた。

 路地の奥に、土埃が舞っているのが見える。

 どうも皇女マナは、すごい勢いで、走っているようだ。


「どういうこと……? マナ様、スキルが強くなられてる?」

「いや、私に聞かれてもわからないわよ」

「そうね……」


 取り残された二人は、釈然としないものを抱えながらも、そのまま路地を進んだ。

 だが、しばらくして。


「…………奥から、なんか人が来る?」

「だいぶ人数が、いるわね」


 人もまばらな裏路地。そこを追いかけっこして、向かってくる者たちがいる。その先頭は。



「いーたー! エミリアー! たーすーけーてー!」



(アイーナ!? なんで追いかけられてるのよ! ――――ここは!)


 エミリアは素早く左右を見渡す。あるのは崩れかけた壁で、建物はない。


「聖剣ッ!」


 足を止め、エミリアは手の内に剣を出した。その柄を握り締め、構える。様子を察したのか、ガレットも止まり、下がった。


「アイーナ、そのまま走り抜けて!」

「わかったぁ!」


 叫びを上げ、皇女が駆け寄ってくる。後ろの浅黒い肌の男たちは、剣を構えるエミリアを見咎めたのか……その腰の鞘から、刃を抜いた。短刀から細身の剣まで、様々だ。


(あれまさか、レモールの……? こんな偶然って、あるのかしらね。本当に諜報員なら、生かして捕えないと)


 エミリアは彼らが迫るのを待ち、深くゆっくりと息をする。


(イリス…………イリス!)


 恋人を想い、胸の奥に〝もやもや〟を湧き上がらせる。

 それが腕を伝い、手から柄を流れ。

 刀身を、虹色に光らせた。


 皇女が後ろへ走り抜ける。

 男たちが、刃を構える。



「〝(ソード)〟ッ!」



 気合いと共に、一閃。

 虹の光がインクのように、ぶちまけられた。

 左右の壁が崩れ出し、男たちの幾人かが巻き込まれ。

 全員が、足を止めた。


「ハッ、こいつ公爵の娘だ! こうなったら――――ほべっ!?」


 無事だった男の一人が声を上げ。

 悲鳴を上げ。


 まだ切れてなかった壁に、めり込んだ。


「は……なに?」


 呆気にとられて声を上げていると、後ろからやってきたガレットが、じっとエミリアを見た。エミリアは「私じゃない」と首を横に振って。


「ほべっ」「ぬがぁ!?」「ぎゃばッ」


 次々に床や壁にめり込んでいく男たちを、ただと眺めた。土埃がもうもうと立ち込める中を――――()()が駆け抜けている。


「こ、このッ!」

「――――マナ、危ない!」


 祈るような声が、後ろから聞こえて。

 最後の一人となった男が、闇雲に振るった刃が。

 キィンと高い音を立てて――――掴まれていた。


(は? マナ……? え、ほんと?)


 確かに、眼前に皇女の後ろ姿があった。別に様子がおかしかったりはしない。ただ一つだけ。

 ――――彼女の金髪縦巻きロールが、剣を受け止めていた。


「お姉さまを追い回す、悪漢どもめ……」


 エミリアの後ろから、何か輝きがマナに向かって流れ込んでいる。振り返って見れば、胸の前で手を握り締めたアイーナから、虹のような光がさぁーっとかかって。


「なに、なんだ、おまえ」


 眩いオーラを纏ったマナを目にして、賊らしき男が慄いていた。

 剣を掴んだ髪が、ぎゅっと握り締められ。

 刃が、砕け散る。




「成敗ッ!」




 もう一房のマナの髪が、どすっという音を立てて男の腹に突き立つ。男は白目を剥き、前のめりに倒れ込んだ。


(なに、これ)


 エミリアとガレットが見つめる中、姉妹の虹の光が霧散していく。


「マナ!」

「お姉さま!」


 振り向いたいつもの皇女と、後ろから彼女に駆け寄ったもう一人の皇女が、ひしと抱き合った。エミリアは。


(どういうこと? 全員殴り倒されてる……さっきみたいに、髪で? 加護? 加護のスキルとはいったい……?)

「何が起こったのかしら、これ」

「私に聞かないでよ、ガレット」


 真昼間の追走劇の顛末に、目を白黒とさせ、半笑いを浮かべていた。


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