08-17.公爵領はトラブル続き。
日差しが少し強くなってきた、街中で。
「スキルがなくなろうとも、お姉さまはお姉さまです!」
「ありが、とう……? いやマナ、ちょっとちか、近くない?」
「あら、お姉さま……またお顔が。お熱もあるようですし、日陰で休みましょう?」
「ちょ、あれ? この子力強っ。エミリア、ガレットー!?」
皇女(姉)が皇女(妹)に引きずられていく。
(耳目のある中、仲の良いこと。イリスもあのくらい、ぐいっと来てくれれば……)
〝魔核爆弾〟がどこかで作られているかもしれない状況、切り札の一つであるアイーナのスキルが喪失したと知ったエミリアは……力ない笑みを浮かべ、明後日の方角をぼんやりと眺めていた。
不意にエミリアの袖口が、ちょいちょいと引っ張られる。ガレットだ。
「エミリア、ちょっと」
「ん、なになに」
何やら、道の端に連れていかれた。ガレットが声を落とし、話し始める。
「あのアイーナ様は……本物、なのね?」
(ああ、そこから疑うわよね、普通)
以前のアイーナを知らないエミリアは、困惑しつつも答えた。
「私は本人を知らないからなんとも。彼女に聞いた経緯と、あとマナやジャクソン教授の態度を見る限りは、そうかしら。ディアンの反応はちょっと、宛てにならないけれど。ガレットはどう思うの?」
聞き返しつつ、エミリアはアイーナのこれまでを反芻する。自分のスキルで〝魔核〟を作り、スキルの使い過ぎで暴走。捕えられた後にその〝魔核〟へと吸収され、一時はダンジョンになっていたという。なんとかスキルを使用してスライムになり、マナについて回り……最終的にはジャクソンが作った〝魔核〟を複数吸収し、人の形を取り戻した、ようだが。
(胡散臭すぎて、本人かどうかなんて……アイーナ自身もよくわからないんじゃないかしら。そもそも、ダンジョンとかスライムって自我どうなってんの? 想像がつかないわ)
「間違いなくアイーナ様ね。ちょっと信じられないけれど」
疑っているところをガレットに断言され、エミリアは少し鼻白む。
(ヘリックの婚約者として、皇室に近かったガレットが言うなら……まぁ間違いはないのだろうけれど。そも、違ったらマナが一番騒ぎそうよね)
「ただ、私はともかく。その、ディアン様が……」
「あぁー……」
ガレットが顔を曇らせ、エミリアは思わずため息を吐いた。
ディアン第三皇子。かつてスキルの使い過ぎで発狂したアイーナを捕え、彼女が処刑されるきっかけを作った男。ただ処刑の前に、アイーナは〝魔核〟に飲み込まれ、消えてしまったわけだが。ディアンにはいまだに、その経緯を正しくは伝えていない。ややこしすぎるので会って話した方が良いと考えていたのだが、その機会を逸し続けている。
(今度ガレットに話しておいて、ディアンに伝えてもらいましょう……話すの時間かかるし、整理して伝えてもらった方がいいわ)
エミリア自身も、やることや気にすることが多い。餅は餅屋と言わんばかりに、遠慮なく友に頼る腹積もりを決めた。
「だいぶ不安定になってたり、する? ディアン」
「周りには、あまり見せないようにしていらっしゃるわ……でも、ふさぎ込みそうで。今、シアンサをつけているけれど」
昨日も、だいぶ錯乱した様子だった彼のことを思いだし、エミリアは言葉を飲み込む。
(シアンサ、か。気遣いのできる子だし、適任かしらね。私じゃ難しいし……なんというか、いっそちゃんとディアンと誰かが恋仲になって、支えてあげてくれれば楽なのだけど)
当面、ディアンがアイーナと冷静に会話できるとは、少々思えない。だがそのまま放置するのは、仲間内に不和を生みそうで、不穏が漂う状況では看過できない。エミリアは迷い。
「…………変なこと聞くけど。ガレットとしては、彼はどう、なの? 心の支えにとか。なれない感じ?」
お手上げ、という感じで投げやりに聞いた。帝都にいた頃から、ガレットは副官のようにディアンを補佐していた。彼に救われたとも言うガレットは、ひょっとしたら特別な想いを抱いているのでは、と考えたが。
「無理ね。恩義はなんとしても返したい。けれど、私が力になりたかったのは……」
(ここもほんと拗れてるわね……まだヘリックに未練があるんだ)
どうにもガレットの想い人はディアンではなく、また彼女自身も恋愛に前向きではなさそうだ。その視線は惑い、顔は悔恨の念を滲ませている。
「ディアン様のお相手なんて、私には荷が重いわ。庭の子もみんなそう。シアンサはそうでもないから、いっそ押し付けてしまいたいわね」
力なく笑うガレットに対し、エミリアは肩を竦めて見せた。
「ディアンもへたれだし、なかなか手は出さないだろうけれど。アイーナを追いかけ始めるよりは、きっと健全ねぇ」
「同感よ。しばらく、引き離しておいてくれない? アイーナ様」
ガレットの提案に、エミリアは頷く。時間が解決してくれるかもと、様子を見るしかなさそうだ。
(あ、でも。それだと私、ディアンたちとは仕事ができないわね……イリスのこともあるから、元々あんまりべったりとは、参加できないとはいえ)
だが一方で、エミリアとしても思惑があり、いつまでも待ってはいられない。エミリアは胸元のブローチをそっと握る。イリスとは気まずいままだ。だがもし、結婚すれば変わる、というのならば。全力を、尽くしたい……エミリアはそう考えて。
想い人のことを考えながら、口を開いた。
「それはいいけど、私は法整備を手伝いたくて。けどアイーナはしばらく、私から離さない方がよさそうだし」
「そういうことなら……私の方から、あなたに仕事を回すから。ここには、それを話しに?」
「ううん、そうじゃなくて」
当初の予定を思い出し、エミリアは眉根を寄せる。声をもう一段、低く落とした。
「セラフの諜報員探し。その指揮に出てきたんでしょう?」
「まぁ。すぐに見つかるものでもないけれど」
昨日、ガレット自身が公爵に宣言したことである。この公爵領にもセラフ王子ら、レモール国の間者がいる可能性は高く、ガレットらはそのあぶり出しに乗り出しているのだ。
そんな彼女に対し。
「お願いと助言があるの」
両手で一抱えの大きさを示しながら、エミリアは大事を告げる。
「まず、白いこんな感じのものを見かけたら、慎重に確保して。簡単には起爆しないけど、爆弾かもしれないから」
「ばく……! いえ、わかったわ、覚えておく。それで? 助言っていうのは?」
声を無理やり飲み込んだガレットに、エミリアは頷いて見せた。
「諜報員たち、単純な情報収集とかじゃなくて……それを作ってる可能性もあるなって。工房っぽいところとか、燃料とか、そういうものに注意して」
半分は、思いつきである。最悪の可能性を考えた、ともいうが。帝都でセラフが、ゾランダル第二王子から〝魔核〟を受け取ったのは、それほど前のことではない。彼が本国に帰ったのではなく、その足で王国に戻ってきたのであれば……公爵領か王都のどちらかに〝魔核〟あるいは〝魔核爆弾〟の現物があるかもしれない。
小さくため息を吐いたエミリアは、日が一瞬陰ったのを感じ、空を見上げる。
(ほんと、やになるわ。あんなものまでいるっていうのに、その上……爆弾なんて)
天高く、竜が飛んでいた。まだどこかへ移動するということもなく、領都上空を飛び続けているようだ。
「工房……なるほど。破壊工作の警戒に寄せて、指示を出すわ。ありがとう、エミリア」
礼を言われ、エミリアは視線を下げる。首を弱く振ってから。少しの笑みを浮かべた。
「いいのよ。あとさっきの、ディアンとアイーナのこと。協力して取り組みましょう」
「了解。アイーナ様の方を任せるわ。ディアン様は、庭でなんとかしてみる」
ため息を吐き、振り返る。街の雑踏を、ぼんやりと眺めて。
「……………………あれ? マナとアイーナは?」
二人の皇女がいないことに気づき、エミリアは青ざめた。
「エミリア! ガレット!」
ちょうどよいタイミングで声がする。エミリアは振り向くも……駆け寄ってくるのは、マナ一人だけだ。
「マナ様? アイーナ様は……」
「お姉さま、あっちの方に走っていってしまって! お姿が!」
慌て、涙を溜めるマナを見て。エミリアは目を見開き、口をわなわなと震わせた。
(何やってるし! 関係性の火薬庫がぁ!)
消えたトラブルメーカーを追うため。
「追いましょう!」
エミリアの号令で、三人は街を歩み出した。




