08-15.太古の遺産――魔核。
マナとアイーナを引き連れて、エミリアが訪れたのは、ジャクソンが研究室として提供された部屋だった。ノックして呼びかけると、ほどなく扉が開く。
「おや、エミリアくん。マナくんとアイーナくんも」
「おはようございます、ジャクソン教授。お話を良いかしら?」
「いいとも。どうぞ」
招かれ、三人は広い部屋に踏み入った。公爵邸には、多数の部屋があり……現在は使われていないところも、ある。ここはそんな場所の一つ――古い調理場だった。
(裏手まで水が引かれているし、かまどもある。換気も簡単にできて……工房というほどではないけれど、ここなら研究室にはうってつけね)
案内された長いテーブルの端には、雑然と素材らしきものや紙が散らばっている。奥のかまどは二つとも火が入っていて、何か作っている最中のようだ。エミリアはジャクソンと差し向って座る。少し離れた隣には、マナ。アイーナは。
「お姉さま?」
「わわわ私はちょっと立ってたいかなって!」
(こじらせておる……)
部屋に入ってすぐの柱の影に、隠れていた。
「それで。話というのは? エミリアくん」
「はい。今後の方向性のことを中心に、いくつか」
かまどから火が揺れるような、はじけるような小さな音が、たまに聞こえる。
(まずは、大きな目標を語らねばならないわね)
そんな中、エミリアは静かに切り出した。
「アイーナに関しては、少し慣れてきたらお預けします。それから……すぐにではありませんが、イリスにも合流してもらうつもりです」
「イリスくんに? 何か理由があるのかな」
「……お父さまへも含め、他言無用で。マナ、アイーナも」
ジャクソン、マナとアイーナの姉妹をそれぞれ見つめる。皆が頷くのを待ってから、エミリアは続きを口にした。
「スキルによらず、モノにスキルを宿す手段は、もうあります」
目の前で、ジャクソンの顔色が変わった。視線を流すと、マナは頬を引きつらせており、アイーナは口をあんぐりと開けている。
「ただ非常に属人的な手段……技巧が必要なのです。これの詳細な解明と、平易な方法への落とし込みを研究したい。ですが安易に公表すると非常に危険なので、まずは〝魔核〟から研究実績を作りましょう」
「あ…………ああ。何か思惑があると思っていたけれど、そういうことか。さすが〝万才の乙女〟」
「急に皇帝になるだけあって、本当にとんでもないですわねあの子……」
(私もそう思う)
エミリアの指針への反応は、凡そ予想通りだ。ほっと息を吐いてから、エミリアは教授に改めて尋ねた。
「そういえば、〝魔核〟。もう作ってらっしゃるんですよね? どうやって生成するんです?」
「ああ……これだよ」
ジャクソンは薄い箱を開き、その中のものを取り出して見せた。灰色の三角錐で、1cm角程度の大きさだ。箱の中に、もう一つ入っている。
「様々な物をある比率で配合した上で、高温で焼く。その後に残った灰が、このように結晶化するんだ。こいつが、魔力を集める核となる。触れて、スキルを使うときのように力を籠めてごらん?」
ジャクソンがテーブルに三角錐を置く。エミリアは彼と触媒を見比べ、それから人差し指で触れた。
(灰がこの形に結晶化とか、自然なものではないわよね……使う時の感じって、こうかしら?)
エミリアはなんとなく――イリスと、そして〝もやもや〟した感覚を思い出した。瞬間、それが胸の奥からずるり、と抜けていった感触を覚え、思わず三角錐から指を離す。
「なに、いまの」
灰色だった三角錐に、黒いねっとりとしたものがまとわりつく。火に掛けたかのように煮立ち、かきまぜたかのように泡立ち、見る間に黒いこぶし大の球体へと変貌を遂げた。
「おお……エミリアくんは、ずいぶん魔力が多いみたいだ。今の一瞬で、あっという間に生成されるとは」
「これが〝魔核〟? こんなに簡単に、作れてしまうんですか?」
精霊工学……スキルを使用せずに、ものにスキルを与え、便利な道具を作ろうという学問。発足当初は「ものにスキルを与えられるスキル持ち」たちの活躍で隆盛したが、結局100年の間に彼らが亡くなり、廃れてしまった。〝魔核〟はその歴史に、新たな一歩を刻むものである。ゆえにエミリアは、もっと大掛かりな工程を経て作られるものだと……漠然とそう、思っていたのだが。
エミリアはしげしげと、黒い球を眺めた。隣のマナも覗き込んできていて、ジャクソンはどこか皮肉げに口元を歪めている。照れているのかもしれない、とエミリアはぼんやりと考えた。
「触媒さえできればね。あとは人の魔力を呼び水に、空気中の魔力を吸ってこの形になる。それで……さっきの〝灰結晶〟は、ようやく安定して作れるようになってきたんだ」
「へぇ……製法が確立しそうなら、あとは〝魔核〟の性質そのものの研究ですか?」
「そうだね。それが済んだら結果をまとめて、工業生産も――――」
「だ、ダメッ!」
鋭い声が割り込み、エミリアはびくりと身を震わせた。先日の恋人の拒絶の言葉に重なり、恐る恐る顔を上げると。
「こっちきて、エミリア!」
「え、は? アイーナ?」
アイーナ皇女に、腕を引っ張られた。研究室から連れ出され、すぐに扉が閉められる。アイーナがキョロキョロとしてから、エミリアに向き直った。彼女は肩で息をし、顔を強張らせていた。
(なに? 二人っきりで話したいってこと……? 前世絡みかしら)
「あなた、〝3〟のことって覚えてる?」
唐突に聞かれ、エミリアは前世の知識に思い至る。
「このゲームの? 覚えてるけど」
答えると、アイーナは落ち着こうとしているのか、深く息を吐き出した。
「〝魔核〟は……古代西方で開発された、兵器運用を前提としたものなの。スキルの獲得誘導もできるし、魔力補充にも使えるけど……ダンジョンや魔物を生成できて、これが本来の使い方。さらに3つほど同時使用すると、もっととんでもないものが作れるの」
ゲームから〝魔核〟の話に飛び、エミリアは混乱する。この世界に酷似したあの乙女ゲームには、〝魔核〟なんてアイテムは出ていなかったのだ。記述も一切ない。だがアイーナの真剣な表情を、見ているうちに。
(魔核、まかく……とんでもないもの? そういや、なんか名前に聞き覚えが……あ!)
一つの事件と、つながった。
「まさか!」
「三作目の終盤、みんなが止めにかかる一大事……〝魔核爆弾〟。この大陸を過去に一度、更地にしてしまったとんでもないものが、できる」
アイーナが厳かに告げる。エミリアは血の気が引いていくのを感じた。
「あなた、な、なんでそんなもの作ったのよ!?」
〝魔核〟自体はおそらく、ジャクソンが持ち込んだ研究だ。これにアイディアを――おそらく前世の知識から――持ち込み、実現させてしまったのが、アイーナである。
「禁止するため! 製法を明らかにして、帝国で規制させたかったのよ!」
(あっ、そうか。ゲーム通りなら、結局誰かが作っちゃうんだ。たぶん西方諸国……舞台はレモールだったから、そこで。誰が作ったかは、ゲームではわからなかったけれど)
肩を掴まれ、揺さぶられる。アイーナの目には、涙が滲んでいた。
「だから工業生産は絶対にやめて!」
「ぁ……わかった。そうするわ。ダンジョンや精霊竜もできちゃったし、危険性を鑑みて禁止する方向がいいわね。教授にも段階的に話していく」
「うん……」
エミリアが応えると、アイーナは肩に手を置いたまま、項垂れた。
(いろいろ危ないところだった……もしアイーナが、復活してなかったら。というか、マナと一緒に公爵領に連れてきていなかったら、大変なことに。もしかして、これを見越して公爵領についてきたのかしらね?)
エミリアはそっと彼女の頭に手を添え、その額を肩に押し付ける。深く息を吐きながら、アイーナの後頭部を少し撫でた。
(精霊工学そのものも危ういけれど、〝魔核〟は輪をかけてまずいわね……3つ、か。2つ以上は、現存させないようにしない、と)
思考する、エミリアの脳裏には。
「み、っつ?」
これまでのことが。
早回しで、流れていた。
(アイーナがスキルで作ったいくつかの〝魔核〟。さらにジャクソン教授が帝都で作成した魔核が8つ。彼が公爵領に来て以降製造したものは、スライムアイーナが食べちゃったし、残りは私が作ったさっきの一つだけ。それで)
エミリアは頭の中で、その〝魔核〟たちの行き先を指折り数えていく。帝都で生成されたダンジョンは、合計4つで、これに〝魔核〟が使われた。帝城地下。大学で二か所。第二皇子ゾランダルの部屋に1つ。さらに精霊竜を作るのに最低1つ。ゾランダルが精霊竜に投げたものが2つ。アイーナの取り込んだものが1つ。
「全部で使われたのは8個だ……アイーナ。あなたが以前スキルで作った〝魔核〟は、何個?」
「え? 3つだけど。でもそれはきっと全部、もう使われて――――」
「違う!」
エミリアは思わず叫ぶ。誰もいない廊下に、意外と声が響いた。
「ジャクソン教授が作った8個の〝魔核〟! これをゾランダルが盗んで、一部をセラフ王子に売り渡しているの! ひょっとすると、それが残り」
「――――3つ、あるの?」
呆然と呟くアイーナに向かって。
エミリアは眉根を寄せ……頷いた。




