08-13.皇女の復活。
屋敷に帰ってきて早々、エミリアは大いに混乱した。事情を聴かないわけにもいかず、まず妙にお怒りのイリスをガレットに引き取ってもらった。慌てるマナと、追加でやってきて錯乱するジャクソン教授の二人を鎮め、どうにか話を聞き出し……最後にエミリアを押し倒した黒髪黒目の女性と、一対一で話した。
「まとめると」
「ええ」
エミリアはこめかみを指でぐりぐりと押さえ、テーブルの向かい側に座る女性を半眼で見つめる。
「あなたは、スキルで生成した〝魔核〟に飲み込まれ、その後なぜかスライムになっていた……アイーナ第一皇女その人で」
「そう」
「ジャクソン教授が新たに生成した〝魔核〟をバクバク食べて、姿を取り戻した」
「そうそう」
「おまけに」
たっぷりと溜めて、大きくため息を吐きだす。
「――――――――〝転生者〟」
「そ。あなたと同じ、ね?」
(最初の〝悪役令嬢〟ってカマかけに引っかかったのは痛かった……まさかそれだけでバレるとは。イリスにも、ちゃんと言ってないのに)
エミリアには、前世の記憶がある。彼女は地球や、そこで見たゲームの知識があり……この世界や、登場人物たちのことを知っていた。アイーナ皇女は本来、事故に遭って亡くなっているはずだが、どうにも彼女もまた転生者であり……その運命を、回避したようだった。
(王国のあれこれがいろいろずれておかしいのは、私のせいだけど。帝国がなんかゲームとは違って変だったのは、この女のせいだったのね……)
皇女マナがアイーナに妙な知識を刷り込まれていた節があり、そうではないかと疑っていたが……衝撃が大きく、エミリアのカップを持った手がぷるぷると震えた。深く息を吐き、心を落ち着け、カップをソーサーにゆっくりと置く。
「…………意味わかんないし、納得いかない」
ぼそり、とエミリアの口から出たのは。
そんな言葉だった。
「納得って、何が?」
小首を傾げる皇女に、エミリアはにこりと笑いかけ。
「こんな重要人物がッ! しれっと蘇るんじゃないわよッ!」
頭を抱えながら、叫んだ。
「もっとこう、感動イベントとか! あるでしょうが! 空気を読んで節度持ちなさいよ!」
死んでみんなに心の傷を残した当人が、しれっと帰ってきた……その事実に、胸が痛い。エミリアは友や敵対者らの心情を慮り、心臓が張り裂けそうだった。
(漫画とかでするっと蘇ってくる奴! 割といるけど! 当事者になると悶々とする! みんなの情緒壊れちゃうでしょどうすんのよぉー!?)
「あぁ〜…………それは確かに?」
いまいち反応の薄いアイーナに、エミリアは吹きかけるかのように深くため息を吐いて見せた。存在そのものにツッコミたいが、キリがなさそうで徒労感がすごい。
「…………それで。何で私のとこに来たの? 他にいろいろあるでしょう、マナとか、ジャクソン教授とか……ディアンとか」
「それはまぁ、そうなんだけど。話せるようになったら、最初にあなたとお話したいと思ってたの」
「はぁ。何の話を?」
さっぱり察しがつかず、エミリアは顔を上げる。スライムの間になら会ったことがあるわけだが、さりとて因縁のある相手でもない。彼女が兄妹たちを捨て置いたことに、エミリアは不満げに口を尖らせたが。
一方のアイーナは。
「エミリア、かっこよかった!」
目をキラキラさせて、満面の笑みを見せた。
「はぁ?」
「マナを慰めてくれたときも。イリスちゃんと精霊竜に立ち向かったときも! すっかりファンになっちゃった」
「はぁ」
「だからね」
アイーナが身を乗り出し、エミリアの手を握る。油断していたエミリアは不意を突かれて、思わずドキリ、とした。
(ちょっとこの人――――美人、すぎるでしょ)
化粧もしてないはずなのに、モデルか? と思うくらいの煌めきである。整っているというより、オーラがすごい。イリスほどではないが、エミリアは自分など足元にも及ばないなと、心の中で諸手を上げて降参した。
しかもそんな女が。
「私は、あなたの味方だって。それを最初に、伝えたかったの」
そう、優しく宣うのだ。
「…………だから転生者だと、自分の秘密をバラしたと。信用の証として?」
「そう!」
エミリアがようやく絞り出した言葉に、アイーナは嬉しそうに弾む声を返してきた。また心臓が、どくり、と跳ねる。
しかもそれが。
(妙に……心を優しくノックするような、不思議な人。グイグイくるお節介な人、じゃなくて……)
不快では、なかった。
(誰かに必要なものを、運んでくるような。主人公みたいな――――)
そこまで考えて、エミリアはふと納得した。「アイーナ」というキャラクターは、完全な脇役で、姿かたちすら出ない。だが確かに存在すれば、彼女は多くの人々の記憶に残る、とても素晴らしい人物で。
「あー……こういうこと」
きっとアイーナも、イリスのような……「主人公」。
エミリアとは違う、世界のヒロインなのだ。
エミリアはそっと、彼女の手を握り返した。
「だから皇室は大変なことになったのね。この無自覚ハーレム系主人公め」
「主人公? え、私? 私はただのモブでしょー」
「こんなモブがいてたまるかっ」
思わずツッコミ、笑みを漏らす。急に言われたアイーナは少しの戸惑いを見せたが、すぐにおかしそうにころころと笑った。
そこに。
『エミリア。俺だ、ディアンだ』
今一番聞きたくない声が、届いた。
(ディアンーっ!? ちょ、最後にしてくれないかなぁ!)
扉の向こうに、アイーナに対してかなり感情が重たいだろう男がいる。エミリアは頬を引きつらせ、無駄と知りながらきょろきょろと部屋を見渡した。とりあえずアイーナをどこかに、隠しておきたい。
『…………アイーナがいると、そう耳にしたんだ』
(馬鹿なッ!? いったい誰が……っていろんな人が見てる! 外じゃ噂や騒ぎになってるんだ! くあー!?)
ディアンの呟きが響き、エミリアは錯乱寸前であった。
『まさか、とは思うが。もしそうなら……エミリア。俺は、どんな顔をして――――』
(えっ)
するりっとアイーナの手が離れる。彼女はすくっと立ち上がると、つかつかとドアに歩いていって。
「ちょ、ま、まだダメ!」
エミリアの静止も聞かず。
扉を、開けた。
「や、ディアン」
「アイー、ナ」
アイーナの肩越しに、絶句しているディアンの顔が見える。明らかに血の気が引いていっており、エミリアは口を震わせ、意味もなく手を伸ばした。
「ごめんね、私――――」
「いやだ」
何か謝ろうとしたアイーナに、ディアンがぽつりと返す。まずい予感がして、エミリアは思わず立ち上がった。
「どうしたの? ディアン」
「来るなッ! 来ないでくれッ! 俺は、俺は――――!」
近寄るアイーナに対し、ディアンは後ずさり、背を向けて走り出した。
「ディアン、ちょ――――追っちゃダメ!」
エミリアが叫ぶと、アイーナがびくりと肩を震わせた。
「どう、して? あの子、辛そうな顔、してたのに」
「辛いからよ、あなたを見ると。わからないの?」
彼女の横顔に言葉をぶつけ、エミリアは近くまで歩み寄る。扉を閉め、アイーナの腕を掴んだ。
「ディアンは自分のせいで、あなたが死んだと思ってる。顔向けなんて、できるわけがない」
「そんな――――」
アイーナがその黒い瞳に、涙を浮かべている。彼女はただ純粋に、弟が苦しんでいることを、悲しんでいるようで。
「私は何も、気にしてないのに」
(この、鈍感系主人公めッ……!)
誰も悪くない――――そんな状況が、歯がゆくて。エミリアは奥歯を、噛みしめた。




