表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

91/111

08-12.悪役令嬢の帰還。

 翌朝。

 腫れた目元や顔を、なんとか化粧で誤魔化し――エミリアは国王と王妃に別れを告げた。ガレットにスキルで〝返事〟を覚えてもらい、三人で城門前へ。あらかじめ出しておいた精霊車に。


「わたし、疲れてて。休みたいので、後ろ乗りますから。ガレットさん、代わってください」


 イリスがそうぽつりと零して、素早く後部座席に乗り込んだ。しかもすぐ横になり、顔を伏せてしまう。


(イリス……)


 瞳が揺れそうになるのを、エミリアはなんとか堪えた。起きてからも、イリスとは目も合わず、声も掛けられず……気まずいまま。じっとこちらを見ていたガレットが、ドアを開けて運転席に入る。エミリアも扉に、手を伸ばし。



「――――行け、早くしろ! 必ず見つけ出せ!」



 そんな、男の声を聞いた。遠く、城の裏手の方だ。よく見ると豪奢な装いの青年が、数人の男たちに何やら命令しているようだった。


(セラフだ……手紙を空の便箋に入れ替えたの、もうバレたのかしら)


 見つからないうちに、とエミリアも車に乗り込む。

 自動運転の精霊車が、ゆっくりと石畳の上を走り出した。


(イリス……)


 後部座席を振り向いてみれば、恋人は本当に寝ているようで……エミリアは彼女の姿を見ると、ぎゅっと胸が痛くなった。


(我慢、できないなら。少し、距離を、置いた方が……)


 涙が零れそうで。誤魔化すように、エミリアは窓の外を、眺めた。



 ☆ ☆ ☆



「――――ア。エミリア。そろそろ領都に着くわよ」

「ん……」


 声。微妙な揺れ。赤い眩しさ。眼球に、少しの暖かな空気。開いた目は、幾度か瞬いて。フロントガラス越しに、夕暮れの広い空が見える。その赤と、僅かな白と、少しの黒の中に。


(なに、あれ。竜…………?)


 小さな影が、見えた。竜だと思ったのは、首が長く見えたからだ。翼を広げ、飛んでいる小さな影。どうもかなり遠く……上空を飛行しているようで、小さく見えるのはそれゆえのようだった。実際には、以前帝都で見た精霊竜ほどの大きさかもしれない。


(え。なんで竜が? 領都上空に? 竜鳥ですら、稀にしか人里の空には来ないのに……竜なんて、いったいどこに現れたんだろう。一大事、じゃ)


 空のシルエットを眺めるうちに、エミリアの頭は急速に目覚めていく。なんとなく、腕を掲げて体を伸ばす。気持ちの良い震えが、上半身を駆け巡った。


「私、寝てたの?」

「ん」


 右隣を見れば、なぜかガレットが自分の目の下を指さしている。ハッとしてこすろうとし、触れたところで化粧していたことを思い出した。座席前からダッシュボードを引き出し、その上に〝積載〟のスキルの中から取り出した、手鏡や化粧道具を並べる。


(涙のあとひっど。でも顔のはれぼったさはなくなった……よく寝たの、かしら。三日ぶりくらい?)


 手早く痕を隠しながら、エミリアは小さくため息を吐く。なんとなく後ろを振り向いてみれば、イリスがだらしなく眠っていた。仰向けで、少し口の端によだれが垂れている。着衣も乱れ、どうもぐっすり寝付いているようだった。


(かわい――――いやいや。こういうのが、よくないのね。頑張らないと)


 エミリアは思わず食い入るように見つめそうになり、顔を背ける。頬に少しの熱を感じ、目を閉じて呼吸を整えた。


(イリスもきっと、頑張ってる。結婚までは控えたい、って言ってたし。昨日も、何か辛そうだった、し。きっと何かあるのよ……何か。私が嫌われた、わけじゃ)


 目と鼻の奥がつんとした気がして、歯を食いしばる。化粧道具をさっと片づけ、今度は水のボトルを取り出した。口をつけ、中身を飲み込む。もう一本を取り出し、ガレットにも差し向けた。


(そういえば、ガレット……朝から、何も言わないわね)


 静かに受け取る彼女の緑の瞳を眺め、エミリアは薄く笑みを浮かべる。


「どうしたの? エミリア」

「聞かないでいてくれるの、ありがたいなって」

「イリスとのこと?」


 エミリアは小さく頷く。すると、ガレットは首を横に振った。


「聞けなかっただけよ……ごめんなさい。私が余計なことを、したばっかりに」

「えっ、いやいや。そんなことないわよ。二人っきりにしてくれたのは、ありがたかったの。ただ」


 頭を下げる友に、エミリアは慌てて両手を振って否定する。悪いのは自分だ……そんな思いが、根強く頭の奥底にあった。


「イリスは……結婚までは嫌、みたいで」

「女同士なのに?」

「子ども作れるようにするんだって」

「どうやって? どっちかが男性になるの?」


 矢継ぎ早に問い返され、エミリアは首を振る。


「それはー……わかんないけど。イリスは教えてくれないし」

「ふぅん……イリス、何か疲れてるし。昨日も、微妙に私から距離をとっていたし。もしかして今、何か試してて、大変なのかもね」


 何か納得したように言って、侯爵令嬢が水を飲んでいる。エミリアは思わず、眉根を寄せた。彼女の言う「何か」や「大変」が、まったく想像つかない。


「距離を……? というか、大変って、何よ」

「さぁ? でも我慢するの、殿方の方が大変だとは、言うでしょう?」

(えぇ~……? イリスが? スキルか何かで性転換? まさかぁ)


 またちらりと、後部座席を見る。寝息を立てるイリスの胸元が、上下していた。服越しでも、そのふくらみは、確かで。


(ないでしょ。胸とか、そのまんまっぽいし。ちょっとイリス、ごまかせるサイズじゃないし)


 エミリアは大きく、首を捻った。



 ☆ ☆ ☆



 一昨日と同様、車を仕舞って領都正門をくぐる。迎えの馬車に乗り、公爵邸へ。日が落ちるギリギリ前、であったが、今回は当主自らが出迎えた。


「ご苦労であった、エミリア」

「はい、お父さま。国王陛下とは意思疎通が図れました」


 しっかり寝たせいか、エミリアはすっきりとした頭で言葉を紡ぐ。イリスが気になるということもなく、心は落ち着いていた。


「謀略の主犯も判明し、証拠も手に入れています。今後の段取りについては、またしっかりとご相談したく思います」

「なんと、そこまでか……さすがだな、エミリア」


 今回の手柄に関しては、間違いなくエミリアが手を尽くした結果なので……褒められて逃げることも叶わず、エミリアは照れを見せる。誤魔化すように咳払いし、口を開いた。


「く、詳しくはガレットがスキルで起こします。ただすでに数度使用しているので、少し休ませてあげてください」

「あいわかった。概要だけ知ることができれば、それで構わない」

「公爵閣下、先に一つだけお話が」


 エミリアが言及したガレットが、進み出る。彼女が訴え出たのは。


「本件には、レモール国の諜報員が関わっているとみられます」


 公爵領でのかの国の諜報活動について、だった。


「それで。我々がこちらに雇っていただいてすぐの頃、セラフ王子が訪れたと記憶しております。結構な数の、使用人も連れて」

(えっ。そんなことあったんだ。やっぱりこちらにも根を張ってたってこと?)


 エミリアはつい嫌そうな顔をする。家に土足で上がられたような、おぞけを感じた。


「ああ、その通りだが……まさか」

「はい。当時……彼らが来た時と、去る時。私は両方目にしているはず、なのですが。人数が違ったような気がして」

「この街にまだ、手の者が残っていると?」

「〝才の庭(スキルガーデン)〟もしくは、烈火団で調査すべきと、進言させていただきます」


 ガレットが胸を張って告げている。メンター公爵も頷いており、エミリアは少しほっとした。


「…………そうだな。手を付けられる者から、向かってもらおう」

「お聞き入れいただき、感謝いたします。閣下」

(……いまさらながら、ガレットたち滅茶苦茶信用されてるわねぇ。お父さまが即決されるなんて)


 友を頼もしく眺めながら、エミリアはそっとほほ笑む。今日は出迎えに来ていないディアンたちも、きっと忙しく働いてくれているのだろう。


「とはいえ、ガレット嬢も……もちろん、エミリアとイリス嬢も。まずは休みなさい。できれば、事態が収まるまでは逗留していてほしいが……今すぐ、何かをせねばということもないだろう」

「ありがとうございます、お父さま」


 エミリアは礼を言って頷く。

 その時。


「竜…………」


 さっと、日差しが陰った。見上げると、車の中で見た竜が、東から西に向かって飛んでいる。相変わらずかなりの高空だが、形を見ると確かに鳥ではなく、巨大な竜だった。


(精霊竜には翼がないから……あれとは違う、のよね。色が白い……そんなのいたっけ?)

「昨日から、この辺りを飛んでいるようでな。だが飛び回るだけで、何もしてこない。烈火団曰く、見たこともない竜種だそうだ」


 父の漏らす不穏なコメントを聞き、エミリアは視線を下げ、彼を見る。


「そうなのですか。さすがに民が、不安を覚えそうですが」

「ああ。今は捨て置いているが、郊外で撃ち落とす作戦を検討中だ。それまでにどこかに飛び去れば、それでもよし」

(嫌ね……竜絡みは、トラブルの予感しか、しないわ)


 エミリアはそっと、胸元のブローチを握り締める。そこにあしらわれているのは、〝竜鳥の涙〟。竜の血を引く大鳥が、産卵の際に零すものである。


(イリス……)


 同じように、おそろいのブローチに触れている恋人が、目に入って。

 しかし彼女に、目を逸らされて。


 エミリアは小さく。息を呑み込んだ。

 そこへ。


「ちょ、ま、まって! 待ってお姉さま!」


 高く、大きな声が邸の中から響いた。


(マナの声? どうしたのかしら……というか、()()()()?)


 扉の隙間から、何かが駆けて来て。

 そのまま、大きく飛び立ち。

 階段下の、エミリアに。


「え、え? うえあっ!?」

「エミリアー!」


 のしかかってきた。

 さすがに支えきれず、地面に倒れる。歯を食いしばって衝撃を堪え、腕で体を支えて起こそうとした。その眼前に。


「やっと会えたわ! エミリア!」


 どこかマナに似た顔立ちの、黒髪黒目のお嬢様がいた。さっぱりとした短髪で、瞳が大きく切れ長で、活発さが窺える。肌が妙にぷるんとしていて、うるおいたっぷりで白い。彼女の向こうには、あわあわしているマナ皇女や、殺気立っているイリスが見える。

 だが見覚えのある女性の存在に、エミリアの意識は釘付けだった。


(この、人。前に、スライムに入られたとき、見た――――まさか!?)





「初めまして。()()()()エミリア?」





 彼女が囁いた一言で。

 エミリアは目を見開き、凍り付いたように身を固めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング

――――――――――――――――
婚約は破棄します、だって妬ましいから(クリックでページに跳びます) 
短編版です。~5話までに相当します。
――――――――――――――――

――――――――――――――――
伯爵になるので、婚約は破棄します。(クリックでページに跳びます)
新作短編、6/14(土) 7:10投稿です。
――――――――――――――――

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ