表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/111

02-04.チートヒロイン。

 よく見ると御者台がなく、紺の車体はレトロな自動車にしか見えない。素っ頓狂な声を上げ、エミリアは呆然と見つめる。しばらく見てから、ハッとなった。


(あ、あー……そういえばこのゲーム、〝2〟の舞台の帝国とかで、普通に車出てたわ。動力はガソリンじゃなくって、精霊なんだっけ。どうやってか、人じゃなくて物に祝福を与えることができるって……)

「いいでしょ、アイテールっていうんです。この子」


 後部にトランクルームもついていて、イリスがそこを開けて、中にカバンを放り込んでいる。


「ご覧になるのは、初めてですか? 王国じゃまだ、珍しいですからね。精霊車」


 呆然としていると、手を差し出された。カバンを渡すと、エミリアの分も詰められる。


「どうぞ、エミリア様」


 回り込んだイリスが助手席の扉を開けて、誘う。中年紳士の前を軽く頭を下げながら通り、エミリアは座席に体を滑り込ませた。


(馬車より……座りやすい。日本の乗用車……高級車? みたい。乗ったことないけど。……ふかふかだわ)


 座席に背を沈ませて、無意識にシートベルトをしようとし……そもそもベルトがあることに驚く。ハンドルやペダルのない運転席に目を剥きながら、エミリアはベルトをかちり、と締めて深く息を吐いた。

 向かって右、運転席?側の扉が開く。


「帝都なら、三番街の黒猫通りにある〝アロンド商会〟ってとこに持ち込むといい。商会のフリをしてるが、精霊車の工房だ。そこなら整備もできる」

「ヤバイところじゃないよねぇ? そこ」

「俺の古い仲間がやってるとこだ。少なくともスラムの店とかじゃねぇよ」

「ヤバイとこじゃない――――ありがとう。またね、おっちゃん」

「おう」


 イリスと紳士のやりとりをぼんやりと耳にし、エミリアは彼女が座るのを待った。 


「ぉ。ベルト、してくれてるんですね。ないと思いますけど、事故のとき大変ですから」

「え、えぇ。どうしたの、精霊車なんて。確かその、禁輸品じゃなかった?」

「ええ、だから」


 かちり、とイリスがベルトを締めた音がする。言葉を切った彼女が、にやり、とした笑みを向けてきた。



「わたしが作りました」



「そう…………えぇぇ!?」


 狭い車内に、エミリアの叫びが籠ったように響く。きょろきょろと車内を見ているうちに、ゆっくりと車が前進を始めた。


「動く!? ほんとに動いてる! イリスが作った車!? 本当に!?」

「本当ですし、動きますよそりゃ」

「全然揺れない……馬車よりガタガタしない……」

「精霊がうまいことやってくれますから」

「ちゃんと角曲がった!? イリスも運転してないのに!?」

「運転って……自転車じゃないですし。精霊車は全自動ですよ」

(じ、自動運転車……知らない世界だわ。ここファンタジー? 近世というより、近未来……?)


 車はするすると裏手に回り、そのまま路地を走って通りに出る。浮遊感にも似た乗り心地に、エミリアは大いに戸惑った。

 窓の外には、怪訝そうな人々が映っていて。



『間違いない! 〝万才の乙女〟だ!』

『乗ってるぞ、捕まえろ!』

『引きずり出して、ジーク様に献上するんだ!』



(はぁ!? しまった、追いつかれて……!)


 外から声が聞こえ、エミリアは反射的に窓に張り付き、視線を走らせる。通りに何人か少年の姿が見え、彼らはこちらを指さし、あるいは走って回り込もうとしていた。

 その腰には――――剣が下がっている。


「ひっ!」


 剣を突き入れられることを想像し、エミリアは窓から離れて慄く。


『こんなもの持ち出しやがって! おい、止まれ!』

『構わない、壊して降ろせ! 多少痛めつけても構わないと言われてるだろう!』


 窓を破られ、扉を開けられ、ベルトを切られて引きずり出される――――〝その後〟も含めた嫌な未来が脳裏をよぎり、エミリアは震える手でドアのカギを確かめた。

 剣を抜く少年たちは、まだゆっくりめに走っている車と、並走している。人々の悲鳴もまた、車内まで聞こえてきた。


「イリス、イリス! ど、どうし、どうしよう――――」


 後ろに手を彷徨わせ、エミリアは素早くイリスを見て、そしてまた振り返る。一瞬見えた、運転席の向こうの景色を思い出して、また振り向き――――。


「イリス!? 危ない!」


 彼女に飛びつき、抱き寄せた。窓の向こうに、剣を振り上げている大柄な少年がいて。

 彼は走りながら、両手でもった剣を。

 振り回した。


 ガンッ、と大きな音が響き……思わず首を竦めて、目を瞑る。


 …………だが、それっきりだった。


「エミリア様、ちょっとくるしいです……」

「ぁ、ごめん、なさい……あれ?」


 腕の中の声に思わず目を開いてみれば、赤い顔のイリスの姿。顔を上げると、運転席の窓の向こうには、誰もいない。

 また悲鳴と……ガンッという音が、今度はもっと近くから聞こえた。慌てて振り向くと、少年の血走った瞳と、目が合う。剣を振り抜いた姿勢の彼が、徐々に車から離されて行って。


『くそっ!』


 後方で少年が苛立たしそうに、()()()()剣を地面に投げつけていた。

 エミリアはイリスから手を離し、前を向き、席に背を預けた。

 目を何度も瞬かせてから、ゆっくりと運転席側を振り返る。


「どうなってるの……?」

「これは精霊車。それこそ祝福を受けた聖剣とかでもなければ、傷つきませんよ」

(早く言ってほしかったわ、そういうこと……)


 深く、肩で息をする。車は速度を上げたようで、窓から見える景色が早く流れていた。明らかに家屋も少なく、荒れた光景が続く。市壁正門ではなく、壁が崩れているというあたりを、抜けるつもりなのかもしれない……エミリアはそんなことをぼんやりと考えながら、そっとドアに触れた。


(これを……イリスが作ったの? 作れる、ものなの?)


 感触を確かめるように、何度か撫でる。


「すごいわ…………」


 ぽつり、と声が漏れ出た。


「すごいですよね、精霊車」

「違うわよ」

「へ?」


 エミリアは右を向き、じっとイリスを見つめる。彼女の桃色の差す瞳と、胸元のブローチが……おそろいの〝竜鳥の涙〟が目に入った。


「すごいのは、あなたよ」


 体を伸ばす。手を伸ばす。戸惑う様子の、肩に触れる。背中に、頭に両手を回し、イリスを引き寄せる。


「ちょ、ちょ! エミリア様!?」

「すごい、すごいすごいすごい! イリスすごいわ! 私、知らなかった! あなた天才よ!」


 腕の中に、〝万才の乙女(チートヒロイン)〟を抱いて。

 エミリアは大いに笑い、はしゃいだ。


 子どものように、はしゃいだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング

――――――――――――――――
婚約は破棄します、だって妬ましいから(クリックでページに跳びます) 
短編版です。~5話までに相当します。
――――――――――――――――

――――――――――――――――
伯爵になるので、婚約は破棄します。(クリックでページに跳びます)
新作短編、6/14(土) 7:10投稿です。
――――――――――――――――

― 新着の感想 ―
エミリアがかわいいなあ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ