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08-05.義母へのご挨拶。

 公爵家に招き入れられた時間には、とっぷりと日が暮れており……エミリアが家族と面会するのは、やはり翌朝という運びになった。


(ここまでの感触としては、火急というより〝喫緊ではないが詰んでて困ってる〟というところかしらね……この街にしろ、帝国のアビリスにしろ、のんびりしたものよ。通貨変動もなさそうだし、物も人も動いていない証拠。戦争前夜というよりも……王家と公爵家の間で、信頼関係が損なわれてる。もっとクローズドな問題)


 部屋に案内され、()()になったエミリアは。


「そんなことよりも」


 荷物を置き、拳を握り締めた。



「イリスと別室になったッ! この世の終わりだわッ!」



 がっくりと膝をつき、床をだんだんと手で叩く。


(そりゃあ、私とイリスが恋仲だってことはこっちには知らせてないわよ! だからこの案内は誰も悪くない! 今忙しいだろう公爵家に抗議するわけにもいかない! 私詰んだ! 滞在中、イリスと一緒にいられない……ッ!)


 エミリアはすくっと起き上がり、ぼんやりと窓を眺めた。カーテンが閉まっており、夜の街はここからでは見えない。


「ヨシ、イリスを持って帝国に帰りましょう――――ひゃい!?」


 扉のノック音が鳴り響き、エミリアは飛び跳ねる。来客を告げるメイドの声が続いたので、着衣を整えて応諾した。


「やっ。私室にお邪魔するのは悪いと思ったが」

「レッカさん……? いえ、どうぞどうぞ」


 イリスの母、レッカ・クロッカスであった。イリスと同じ金糸を長く伸ばしており、青い瞳はどう猛さを宿している。イリス以上に鍛え上げられた体が、歴戦を感じさせる……偉大な冒険者。そんな女が、歯を見せてにかっと笑っていた。


「明日、公と話すんだろ? そしたらすぐ出立かもしれないしね……あんた、決断速そうだし」

(そこはそうかも? 私、無鉄砲だからね……)


 レッカを室内に案内し、使用人を返す。エミリアは、思い立ったらとりあえず不法侵入する自身の行動を振り返り、明後日の方向へ目を逸らした。レッカを椅子に座らせ、自分は〝積載〟スキルで取り込んでいるお茶のセットを取り出す。


(こんな時のための、水出し紅茶っと……冷蔵庫とかコンロとかは、簡単に用意できないのよねぇ。前にズライト卿にもらった精霊具に、そういうのないかしら)


 イリスの父で発明家の男爵のことを思いだしながら、エミリアは茶を用意して出す。彼女は数十のガラクタのような精霊具をもらっていたが、使いこなせている道具はほとんどなかった。今度男爵に相談してみようと考えつつ、自らも席着く。


「ありがとう、うまいね……やはり良い嫁になりそうだ」

「婿かもしれませんよ?」

「ぉ…………もう少し先かと思ったが、乗り気になるのが早いね」


 以前、エミリアはレッカに「嫁入りしろ」と言われた。今回のエミリアは、それに答えを持ってきた。居住まいを正し、レッカに向き直って、丁寧に頭を下げる。



「イリスとは、結婚を前提にお付き合いさせていただいています」



 頭を上げると、豪放な女冒険者が、穏やかな笑みを浮かべていた。


「そうか。精霊の祝福があるだろう……娘を頼むよ、エミリア」

「はい。というかその。あまり驚かないのですね。同性、なのに」

「ん? あー……そうか。貴族や平民だと馴染みがないんだな」


 レッカの妙な言い回しに、エミリアは首を傾げる。彼女は。


「冒険者……つまり精霊教を拠り所とする、根無し草にとっちゃ、同性婚は普通だ」


 そう、こともなげに言った。エミリアは顔が、あるいは全身がびしり、と固まったのを感じる。


(――――――――なんですって)

「あたしらにとっちゃ、まず信頼できるパートナーの有無が大事でね」


 紅茶を思ったより優雅に飲みながら、レッカが続ける。エミリアは呆然と、彼女を見つめた。


「元々精霊教じゃ、性別問わず祝福してくれるから、まぁそんな感じなのさ。そして結婚の祝福は、それなりに加護を与えてくれる。スキルほどじゃないんだが、大事なんだよ。生き死にを分ける」

「なのに国家が結婚を認めないのは……そうか。単純に家の都合、と」


 エミリアは声を絞り出す。結婚とは本来、家と家のものである。ただ精霊教の教義に従うのなら、それ以前に「個人の結婚」というものもある……ということなのだろう。だが国が認めるのは、家の結婚。男女が、子孫を設けることが前提の制度だ。


「だろうね。だから国の内側の社会じゃ、確かに偏見や反発もあろうさ。あんたも冒険者の社会にくれば、その辺は苦労しないで済むよ?」

「……………いえ。イリスはそうは、望んでないと思うのです」


 エミリアは首を振った。顔を上げると、レッカの真剣な瞳と、目が合う。口元は笑っていたが、これは試されていると……エミリアは感じた。


「そうしたら私の家族や、仲間たちは、私たちを祝福できない。あの子は、私と二人でいられればいいとか、そういうんじゃなくて。もっと、望みが高いですから」

「そうか。ならどうする? 同性婚が認められた国は、ないが」


 問いを重ねられ。



「――――()()が、国になるなら」



 エミリアは道筋を、はっきりと口にした。父に願うという域を踏み越え、はっきりと。


「…………元王妃候補に言うこっちゃないが、王国は人治主義。公国もそれを踏襲する。婚姻周りは、慣習を前提とするだろう。そこに同性婚を持ち込む場合、周りとの調整ってやつが難しくなる。どうする?」

「どのみち、父を話すことではありますが……法治国家を目指していただくしか、ありません」


 王国にも法はあるが、国王や領主の裁量が最優先である。一方、帝国ではそうではない。帝国法が第一となり、皇帝ですらそれに従う。ダイヤランクスキルの持ち主である、イリスが皇帝になれたように、あちらは法治国家だ。

 それを間近で見てきたエミリアは。

 自信をもって、頷いて見せた。


「そもそも、王国と同じなら独立の必要性は薄い。だから長年、公爵領は豊かでも王国の内だったのです。公国として成り立つのならば、王国とは違う集団であると示さねばならない」

「その一つが法治で、ついでに同性婚姻の法を盛り込もうってことかい?」

「はい。あと……可能なら、精霊工学。これからの世界はきっと、スキルを生み出し、活用していく世の中になる。そこの中心地に、公国をできればと……私が勝手に考えているだけですが」


 エミリアのそれは、メリットの提示であった。すでにジャクソン教授受け入れのために、手紙である程度話を進めてはある。


(公国を精霊工学の聖地とさせ、同時に今回の謀略を私が解決する……これをもって、法治国家樹立を押し通す。折よく、帝国中枢で活躍していた〝才の庭(スキルガーデン)〟の皆が、ここにいる)


 イリスと結ばれる地を、二人の故郷たるこの場所に作る。そう考えると……心が震える、ようで。



(――――いける)



 胸の奥底から〝もやもや〟としたものが、力強く、湧いた。


「あたしは賛成するよ、道理も通ってるし、いいじゃないか。公がなんていうかは、まだ別だがね」


 イリスの母に、笑みと頷きを返される。エミリアも思わず、頬を緩めて。


「はい。というか……レッカさんは、どうしてこの屋敷に?」


 ふと、気になった。レッカが目を丸くしてから、また笑顔に戻る。


「ああ。あんたのおかげで、フラン男爵領はパーシカム公爵家の庇護下に入った。その見返りに、我が烈火団は公爵家のために働いているってとこさ」

(なるほど。関係が進んでいるのね)


 王国を出るとき……すなわち、エミリアが公爵家から勘当されるとき、願い出た話だ。懐かしむように視線を落とし、エミリアはついでに紅茶を一口含んだ。


「まぁこないだからいる、〝才の庭(スキルガーデン)〟って連中に、多少お株を奪われちゃいるがね」

「それはその……すみません」


 エミリアが呟くと、レッカが笑いを漏らす。隔意がある様子ではないが、さすがに紹介した手前、エミリアは少々気になった。


「悪いとは言わねぇさ。こっちは冒険者、あっちは貴族寄り、住み分けはできてる。まぁ公爵家の騎士団の一部は、いい顔はしてなかったが」

「実力で黙らされたと」

「おまけに、あんたの友人らとあっちゃ、無下にもできない」

(ちょっとなんというか私、好き放題やり過ぎたかしら……)


 そんなことを考えながら、また紅茶で喉を潤し。



「話は変わるが……部屋を分けたってこたぁ、まだ清い関係なのかい?」



 レッカに突然尋ねられ、大いに咽た。口元を押さえてせき込み、幸いにも紅茶を吐き出さずに事なきを得る。鼻の奥がつーんとした。


「いえ、その。分けてもらったわけ、では」

「おや、そうだったのかい。そいつは災難だったね」

「まぁその……イリスは結婚までは、清い関係でいたい、ようですけれど」


 つい零すと、何やらレッカが口元をにやりとゆがめ、目を細めた。


「ふぅん……」

「なんでしょう」

「いやね。あの子は手も早いが、感情も昂りやすい子だ。結婚まで我慢、か……できるか見ものだよ」

(そんなふうには、見えないのだけれど……?)


 真っ赤になって拒否するイリスの姿が、エミリアの脳裏に蘇る。イリスは弱音も吐かないし、激情を吐露することもほとんどない。確かに「我慢している」と言われれば、思い当たる節もあったが。


(あのイリスが? 我慢してる……? まさか、ねぇ――――ウッ)


 本当は堪えていて、実はみだらなのではと想像し、エミリアは興奮で顔を真っ赤にした。

 くつくつと笑う女傑の声が、夜の客間に響いた。


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