07-19.人を越えし〝万才の乙女〟。
精霊車はダンジョンの中を進む。後ろからは今も、振動が響いていた。脇道などはなく、後ろの精霊竜をやり過ごし、最初の出入り口に帰るのは……難しそうである。
エミリアは細い筒の蓋を閉じた。ポンッと小さな音がし、中身が狙いの場所とその周辺にばらまかれたはずである。精霊具〝おせっかいな爆弾魔〟は、使い慣れれば便利な通信手段であった。
(立て続けに精霊具を使ったせいか、ちょっと疲れたけど……状況は小康。あとは、奥にあるだろうダンジョン核を手早く破壊し、その後は)
止血し終わったドニクスバレットを眺めつつ、エミリアは暗澹とした気持ちになる。彼の提案通りに核を破壊してダンジョンを消滅させた場合、当然だが――――あの竜が、帝都に現れることになるのだ。ファンタジーの竜ではなく、サイズが完全に怪獣である。剣や弓で敵う相手ではない。この世界にも火薬はあるが、銃や爆弾は未発達だ。
(怪獣退治ができるスキル保持者、なんてのも、聞いたことがない。人間ができる範疇のことを、超えているわ)
「俺たちは」
エミリアがため息をついたところに、ディーバートが声をかけてきた。
「帝国における、レモールの介入具合を調べていた」
「おい、ディーバート」
「言わねぇわけにはいかないだろう、相棒。俺たちが城にいたことを、どう説明するんだ?」
サルに言われ、ドニクスバレットがシートに深く背を沈める。エミリアは水の入ったボトルを取り出し、彼に渡した。
「セラフ王子が接触した、ゾランダルを内偵していたということ? そもそもなんのために」
「あの国は、王国にもちょっかいをかけてきてる。第一王子のウォレンツに接近していてな。姫の一人が嫁入りしてくる話もある。それでジークの旦那は、連中になんの目的があってのことか、調査に乗り出した。普通に商売や交流のため、ならいいんだが」
「ジーク様はそうじゃない、と睨んだのね。王国内やレモールでも調べてるけど、帝国にもその一環で手を伸ばした、ということ?」
シートの間に、サルが現れる。彼はドニクスバレットの太ももに腰かけて、肩を竦めて見せた。
「そうなる。向こうが手広くやってるもんでな。だがまぁ、その戦略は当たり、だった」
「ジーク殿下の命で帝国にやってきたあなたたちが、セラフがゾランダルと〝魔核〟を取引したことを、掴んだ……と?」
「その通りだ。〝魔核〟自体は、持ち帰られちまったがな。そんで、ゾランダルがまだ隠し持ってるんじゃないか、って俺が部屋に忍び込んだら」
「あ。私が来たのか。あなたあの時、いたのね。ディーバート」
エミリアは先ほどの部屋の様子を思い出し……そういえば天井付近は見ていなかったな、と振り返る。ディーバートが低い声で笑っていた。
「おうよ。で、ゾランダルがあんたの後を追って壁に入ったから、俺は相棒を呼んで……今に至る」
感心したように息を漏らし、エミリアは一人と一匹を眺める。
(なるほど……あ。そういえばイリスがゾランダルに監視をつけたって、言ってたけれど。きっと、この二人のことね。それにしても……ゾランダル、か)
ゾランダル。謎の多い皇子だった。部屋にダンジョンを隠し持っていて、しかもその中には巨大な竜までいた。おまけに……彼も何か、スキルを持っていたようだ。
「そういえば、あいつ、姿が消えるスキルを持ってるの?」
「ああ。たびたび使ってる。運よく俺が先に気づいたが、そうでなかったら今頃、どうなっていたか」
(姿が消せる……ジャクソン教授が作って大学に提出した〝魔核〟は消えたって話だった。それをゾランダルが盗んでいたというところかしら? で、なぜかいくらかはセラフ王子に売った、と。ややこしいわね)
ゾランダルがやったこと自体は、次第に明らかになってきた。しかしその動機や目的は、不明なものが多い。エミリアは少しの頭痛を感じ、額を手で押さえた。
「詳しくは不明だけれど、レモールが暗躍していて……そのとばっちり、ってとこなのかしらね」
「連中、戦略的価値のあるスキルを収集しているようです。精霊具も積極的に買い付けてるという話だった。王国については、〝万才の乙女〟……つまり、イリス様の話を聞きつけて、やってきた可能性があります」
「なるほど。帝国の場合は、アイーナ皇女か。そういえば……」
ドニクスバレットの説明に、相槌を打つ。アイーナの名を口にして、エミリアはもう一つ、気になることを思い出した。
「あの竜、なんなのかしら。ゾランダルはアレを〝アイーナ〟って呼んでいたけれど」
「さぁな。ペットに愛しい女の名前を、つけてるだけじゃねぇか?」
「そんな馬鹿なと言いたいが、人が竜になるより筋が通ってる。〝魔核〟とやら、確かにダンジョンを作る破格の代物だが……それにしたって、人を魔物にとなるとな」
(まぁ確かにそんな話、ゲームですらなかったけれど。ありがちじゃないかしら? ダンジョンすら作ってしまう〝魔核〟が、人に当たったら……とか。そういえば、ゾランダル。竜に〝魔核〟を投げてたわよね? あれ黒いけど、何かに宿るときは白くなるって、ジャクソン教授が言ってたし)
考えてもわからず、微妙にもやもやし、エミリアはため息を吐いた。謎ばかりだ。謎と言えば、そのアイーナ皇女もだが。
「じゃあ……アイーナは、どこに消えたのかしら。彼女、処刑されていないらしいのよ。最後に会ったのは、おそらくゾランダル」
言ってから。
(あ。これ言っちゃまずいんじゃ)
つい口から結構な秘密を零してしまったと、エミリアは焦って一人と一匹を見る。
「わかりませんね」「今の材料じゃ、推理できねぇだろ。ここを脱出して、ゾランダルをふん縛って聞いた方が早いぜ、エミリア」
だが軽妙に返され、拍子抜けした。ドニクスバレットが敵だったという想いはまだ強いが、どうにもそれを裏切られてばかりである。
「同感だわ……」
ドニクスバレットの右腕、止血した後に撒いた包帯を眺め、エミリアは背中をシートに預けた。
「エミリア様」
小さく呟き、ドニクスバレットが視線を前に向けている。彼が左手で指さした先には。
「…………小さい恐竜? このダンジョンの魔物ね。それで」
青銅のすり鉢から出る光に照らされる、小型の竜らしきものが見えた。まだ遠い恐竜たちはこちらに気づいたようで、奇声を上げて奥へと走り出す。
そのうちの一体に。
「あのすばしっこそうなのが、核か」
ずっと、虹色の光が向かっていた。精霊車が全力で走っても、なかなか追いつかない。彼らの細い二本足は、意外なほどの速度を見せていた。
「二人とも、何か便利な遠距離攻撃持ってない?」
「喋るサルに何期待してんだ」「スキルならおかげさまで、もうありませんよ」
エミリアが尋ねると、すかさず否定が帰ってきた。
「私が悪かったわ」
口元を歪め、エミリアはじっと〝核〟の恐竜を見つめる。
(ダンジョンを破壊すること、竜が出るかもしれないことはイリスにも伝えてある……どうなるかは、わからないけれど。ん?)
座席に置いていた細い筒が、小さな音を立てた。返事が戻ってきたのだ。エミリアは蓋を開け、中身を取り出す。送った紙を広げ、その末尾に。
『お帰りをお待ちしています』
彼女の字を、見つけた。
(イリス……今行くわ)
紙と筒をしまい込み、エミリアは前を見据える。
「アイテール、フロントガラス。右半分」
徐々に、前のガラスが降り始めた。エミリアは右手をひいて、左肩口に構える。吹き込んで来る風に、目を細めて。
(聖剣よ…………)
細く息を吐き出し。
祈るように。
「――――〝斬〟! 行けッ!」
右手を、振るった。
手先から一直線に、剣が打ち出される。
すべてを切り裂く虹の光は、真っ直ぐに恐竜へ向かって。
どすり、と刺さった剣と、恐竜から。
七色の輝きが、広がった。
☆ ☆ ☆
光に飲み込まれ、しばらく。いつの間にか、アイテールは止まっていて。
目を開くと。
(ここ、は。元の部屋……竜は外? ゾランダルは……スキルで消えていたら、わからないか)
元の……ゾランダルの私室だった。その中央に、精霊車が鎮座している形だ。
エミリアは様子を窺いながら、車を出る。ドニクスバレットとディーバートが出たところで精霊車を仕舞い、落ちていた剣を手に取った。
(というか、単純にあの竜がダンジョンで生成された魔物なら、ブレイクに巻き込まれて消えるはず、だけど)
エミリアが胸中で呟いた、その時。
『ギアアアアアアァァァァァ――――ッ!』
窓の外から、咆哮が聞こえた。
「甘くない、か!」
ズン、という音と共に、揺れが伝わってくる。バルコニーの向こうには、白い鱗の巨竜……その後ろ足の付け根あたりが、見えていた。二本脚で立って、高く叫び声を上げているようで……まさに怪獣のようだ。
(ここにいては危ない……まずは部屋から出て!)
「エミリア様!」
扉を開けて、飛び込んできたのは。
「イリス!?」
金髪碧眼の――――愛しいヒロイン。
「わたしに任せてください! ドニクスバレット、エミリア様を頼みます!」
彼女は部屋を駆け抜け、窓を開き、バルコニーの……手すりに立って。
「精霊竜ジーニアスを倒す――――予行演習をしましょう」
「イリス!」
エミリアの声を背に、飛び立って。
巨獣を、蹴り飛ばした。
「……………………は?」
エミリアは思わず、間抜けな声を上げる。きょろきょろと視線を回すと、驚愕したドニクスバレット、肩を竦めて首を振るディーバートが映った。
遅れて…………大地に、すさまじい震動が響く。
揺れがおさまったところで、エミリアは思わずバルコニーに出た。
「イリ、ス……?」
城の外は、帝都西に広がる大森林だ。はるか向こうには、山が見える。その山肌に……倒れた精霊竜の、姿があった。
森林のひと際背の高い、巨木の先端には。
小柄な少女の、影があった。
イリスのスキル〝才能〟。
その真なる力は。
――――人に、人を超える力を、与える。
無限の成長を、約束して。




