07-18.第一皇女は精霊竜?
ゾランダル第二皇子の部屋にあったダンジョンに迷い込み、背後から彼の声を聴いたエミリアは振り向こうとし――――。
(ドニクスバレット!? ディーバート!)
前方、横穴から出て駆けこんで来る一人と一匹を見て、思わず固まった。サルが跳んで、エミリアの肩口を越える。何かにぶつかって。
「邪魔だッ」「チィッ」
振り払われていた。だが、振り向いたエミリアは愕然とする。
(なに!? なにがいるの!)
エミリアの後ろには、壁と空間があるだけで。
何も、いない。
「エミリア様ッ!」
腰を引かれ、視界が回る。ごろごろと地面を転がり、体のあちこちを打った。痛みをこらえて、体を起こすと。先ほど自分がいた場所には。
何か見えないものと取っ組み合っている、ドニクスバレットの姿があった。
彼の腕には……銀に輝く、刃が刺さっている。
「ドニクスバレット!?」
「ここかッ!」
体格のいい彼が腕を振るうと、ごつっ、と音がした。彼の腕と壁の間に、何かが挟まったように見えて。
床にからん、と眼鏡が落ちた。
「ゾラン……ダル?」
うっすらと、彼の姿が見えてくる。壁に寄り掛かるようにして、第二皇子が座り込んだ。額が切れたのか、細く血が流れ出ている。
「大丈夫ですか、エミリア様」
つかつかと、ドニクスバレットが歩み寄ってくる。彼の差し出す手を、とって。
「あなたこそ、それ……!」
ドニクスバレットの反対の腕には、ナイフが刺さったままだ。エミリアは見るだけで、血の気が引く思いだった。
「……あとで処置します。それより、戻りましょう」
ふらつく頭を押さえ、エミリアは横穴を見る。少し遠いが、ゾランダルより自分たちの方が近い。一歩、進み。
「そうはいくか! 起きろッ!」
何かが宙に放り投げられ――――岩に、当たった。ぱんっと音がし、白い球のようなものが、岩に吸い込まれていく。岩全体に……水面のような波が、幾重にも立った。
明らかな、呼吸音がし。
巨大な目が。
開く。
(こいつは! この岩は、まさか!)
「やれ、アイーナ! 精霊竜の力のまま、暴れ回れッ!」
「はぁ!?」「チィ」
驚くエミリア、舌打ちをするドニクスバレット。彼の肩に、ディーバートが乗って。
彼らの目の前で、岩がゆっくりと動き始め……横穴の前に、前足が下ろされる。
(しまっ! 出られない!? え、あいつをどうにか、しないと…………)
岩……精霊竜が、体を起こしていく。
巨大な影が、降り注ぐようにかかり。
エミリアは目を見開いて、息を呑んだ。
(む、り。でかすぎる。どうにかなんて、ならない)
「嬢ちゃん! 相棒! 奥へ走るぞッ!」
「へ、え!?」「そうか、エミリア嬢!」
エミリアは腕を引っ張られ、つんのめりそうになりながら駆けだす。竜に背を向け、ダンジョンの奥へと。
「ハハハハハハ! 逃げろ逃げろ、コソ泥どもめっ! 私の秘密を暴こうとするから、そうなるのだッ!」
どこからか、ゾランダルの声が響く。姿が見えず。
『ガアアアアアアァァァァァ――――ッ!』
地震のような咆哮が、背後から突き刺さった。
身を竦ませる恐怖が、体の内から湧き上がり。
足を無理やり前へ、進ませた。
走る。暗闇の奥へ。
「ドニクスバレット! どこへ向かえば!」
「とにかく奥だ! 核を探す!」
(ハッ、ダンジョン核!)
ダンジョンを形作る、核。これを破壊すればダンジョンは消失し、中のものは外へとはじき出される。
「それ、この竜も!?」
「あとはなんとか撒いて! あの横穴に戻れるかだな!」
荒くなる呼吸の合間に、やり取りを交わす。ズンッ、という大地を揺らす音を、聞きながら。
「早いぞあのトカゲ! 二人とも、もっと速く走れ!」
「相棒、そりゃ無茶だ!」
隣を走るドニクスバレットの顔を、エミリアはちらりと見る。明らかに、息が上がっていた。彼が庇うように支えている右腕には、ナイフが刺さったままで……血が、流れている。
(まずいまずいまずい、どうしようどうすればいい!? 聖剣とか……ダメ! あんな大きいのちょっと切っても、止められない!)
エミリアは必死になって走りながら、頭を回転させる。ズンッという振動、時折聞こえる方向は、明らかに近くなっていて。
「イリス、イリス……! こんなとき、あなたなら!」
息と祈りのような言葉が、交互に出る。同時にエミリアの目には、暗く発光する洞窟の奥に――――ほのかな幻が見えていた。
後ろの、アイーナと呼ばれた精霊竜。ドニクスバレットとディーバートが助けに来て、ゾランダルに襲われて。彼の部屋に侵入して、その前にはジャクソン教授とあって。どんどん、どんどん時間をさかのぼり。
(あの子なら……イリスなら)
帝都の陰謀を暴いたイリス。一緒にドニクスバレットと対決したこともあった。ジークから逃げ回ったり、王都で――――。
「そう、だ」
エミリアが思い出したのは。
二人の旅の。
始まり。
「アイテェェェェェルッ!」
右手の先から、精霊車アイテールがにゅるりと出る。エミリアは身をひるがえし、右側運転席の扉を開け、体を潜り込ませた。
「アイテール、発進!」
助手席側の扉を開けつつ、命令を下す。すぐに車は、タイヤを回転させ始めた。
「ディーバート! ドニクスバレット! 乗ってッ!」
加速のかかり始める車が、走る青年へと寄る。まず、肩に乗っていたサルが車内に飛び込んできた。次いで、近づいてきたドニクスバレットに、エミリアは腕を伸ばし……彼の肩を掴んで、引き寄せる。
「アイテールッ!」
助手席側も、扉が閉まる。すぐ後ろに、前足が降りて。振動に、車体が揺れる。
「全速力! 精霊竜から逃げてッ! 力の続く限り!」
蛇行しつつ、車が加速する。シートに体が押し付けられるのを感じながら、エミリアはなんとかベルトを締めた。呼吸が荒く、浮いた汗が垂れているドニクスバレットを、彼の腕を見ながら。
(手当はしたいけど、まず安全確保を)
「トカゲからの距離は、開きつつあるな……炎でも吐かなきゃ、大丈夫だろうよ」
「ディーバート、ちょっとこれお願い」
エミリアはペンと紙を出し、サルに渡す。
「あなた、文字書けたわよね? 精霊具で外に送るから、事態を記して」
「わかった、任せろ」
「噂語り〟!」
エミリアは青銅のすり鉢をまた取り出し、その先を吹く。虹色の光が車外まで出て、意外に遠くまで広がるのを見ながら、なるべく清潔な布、水などを取り出した。
「ドニクスバレット。本当はナイフを抜かない方がいいのだけど……たぶん少し動いて、血管を傷つけてる。アイテールの中は揺れないし、慎重に抜いた上で止血するわ」
「エミリア様……」
「腕の刺し傷は、処置の経験があるから……よし、来た。〝道案内、ダンジョン核まで〟! アイテールは、虹色の光を追って!」
光を発し始めたすり鉢を、フロントガラスの手前に置く。精霊具の導く先へ、車が走り始めた。
エミリアは助手席に向き直り、ドニクスバレットの右腕を支えるように持つ。流れる血が少しついたが、気にせず彼を見つめた。額に、脂汗が浮いている。
「腕、手で支えておいて。痛いと思うけど、こらえてね……さすがに麻酔とか、ないし」
エミリアはそっと、ナイフの柄に手を置く。ドニクスバレットの手が添えられたのを見て。
(聖剣……〝斬〟のスキルよ。力を貸して……)
エミリアは。
すっと、刃を抜き取った。
傷口を注意深く確認し、濡らした布で汚れをふき取る。別の乾いた清潔な布を傷口に押し当て、両手で力を籠めた。
「ぐぅ……ッ!」
「このくらいなら、三分ほどで血は止まる。堪えて」
精霊車が走る中、エミリアはじっと握力を込めて待つ。ズン、ズンという揺れはまだ伝わってくるが、それも少し遠い。
(止まらなければ……止血帯を用意しなきゃ。それより早く外に出て、医者に治療を任せた方がいいけれど。こういうのに役立つ精霊具は、ないのよね……)
エミリアは顔を上げ、遠くなる竜を視界におさめた。
(ゾランダル、やはりまずいものを隠していた。それにあの竜のことを、〝アイーナ〟って……まさか、本当に?)
湧き上がる不安に耐えるようと、歯を食いしばりながら。




