07-17.皇子の部屋に秘密がいっぱい。
エミリアは動きやすい旅装に着替え、帝城の西側裏手に出てきた。左手には城の壁、右手には木立。狙いのゾランダルの居室は、三階だ。
(マナはともかく……イリスやヘリックには、頼ってよかったかもしれない。けれど)
見上げ、エミリアはため息を吐く。
(困るのは、バレたり空振りだったとき……特に後者。皇帝や皇太子の権限で、調べることはきっと可能。でも何も見つからなかったら、あらぬ誤解や争いを招くことになる。でも、私一人なら)
ゾランダル皇子と、レモール国のセラフ王子。二人は何か共謀していて、帝都閉鎖から続く不穏にも、関りがあるかもしれない。セラフ王子はもう国に帰ってしまっているものの……ゾランダルの部屋を調べれば、何か見つかる可能性はある。だが当然に、リスクも大きい。
(もし見つかってしまった時。昨日変な取引現場を見て、私はゾランダルに脅されかかった。それがむかついて、気になったから侵入しただけ……私を悪いというなら、私を問い詰めようとしたゾランダルも悪いと、そんなふうに言い返せる)
トラブルになった当事者のエミリアならば、感情の赴くままに間違いをおかしたと、そう言い訳することもできるだろう……エミリアは自分でも多少甘いと思いつつも、そんなふうに考えて侵入を敢行しようとしていた。
(滅茶苦茶な論理だけど、向こうだって私におかしな迫り方をして、それをドニクスバレットやイリスに見られてる、わけで。お互いの強弁がぶつかるだけで、平行線。問題は、私一人の範疇に収まる。イリスやヘリックも片づけやすいし、成功時の恩恵は十分。それに)
エミリアの頭を掠めるのは、イリスのこと。先ほど、我慢していた想いを爆発させた彼女。本当に、らしくない。もしかしたらスキルの使い過ぎで、すでに相当精神を病んでいるのかも……これ以上トラブルや謀略が続き、彼女にのしかかったら。
エミリアはそんな、不安を抱えて。
胸元のブローチを、左手で握り締めた。
「イリスにはあまり……負担をかけたくない。あの子にスキルを使わせないで済む方法、考えた方がいいかしら……」
もちろん、自分が危ないことをしていると知ったら、イリスの心労は増すだろう。だがそんなうしろめたさを、振り切って。
エミリアは再び、城を見上げる。
「よし、行こう。とうっ」
エミリアは木にしがみつき、登り始めた。
この帝城にエミリアが住み始めて、まだ一年と経っていない。しかし以前、皇帝だったディアン第三皇子らの情報を、潜入捜査した経験から……彼女はこの城の勝手を、知り尽くしていた。
(んっふっふ。この西側は、木とでっぱりで三階まで余裕で入れるのよ……)
昔から婚約者のジーク王子に、様々なところへと連れ回されていたエミリア。木登り、建築物侵入はお手の物だった。するすると木から二階のバルコニーに飛び移り、そこから壁を登って三階へ。
(そして窓はロクな鍵がかかっていない。ふふ)
城内で確認済みのゾランダルの部屋のバルコニーに辿り着き、カーテンの隙間から部屋の中を窺う。本人も使用人もいないようで、エミリアは手の中に細い金属板を取り出した。こんなこともあろうかと、精霊車の〝積載〟スキルで持ち込んでいる物の一つだ。窓の隙間に差し挟み……留め金を、上げる。
(開いた。この形だと、鍵を締めて出るのも楽だから、助かるわね)
さっと部屋に入って、窓を閉める。注意深く聞き耳を立てたが、やはりひとけはないようだった。傾き始めた日差しが窓から入り込んでおり、室内はほどほどに明るく見える。
(さっていくわよ! 意外と便利なイリス謹製精霊具! 〝噂語り〟!)
手の中に青銅のすり鉢を出し、その錐の先を口に咥えて、ぷーっと吹く。キラキラと虹の光が、部屋中に散らばった。
「光が触れた情報をなんでも収集し、まとめて出力してくれる……便利よねぇ。範囲がそんなに広くないことと、蓄積量に一定の限界があることだけが玉に瑕っと。〝魔核の場所〟」
虹の光がすり鉢に集まったのを見計らって、エミリアは問いかける。すると。
「…………どういうこと?」
てっきり机の中などを指示されると思ったのに、光がその脇の壁を指している。棚との間で、人ひとりが立てるくらいの空間があった。精霊具をしまい、エミリアは壁に近づいて。
そっと、手を触れた。
「っ!?」
叫びそうになって、懸命に言葉を飲み込む。
手が、壁をすり抜けたのだ。
「――――これ、ダンジョンだ。…………ハッ」
間の悪いことに、扉の外から足音がした。少しずつ、大きくなっている、ようで。
(使用人……いや、ゾランダルが忘れ物を取りに来た可能性も!? まずい!)
エミリアは、棚と机の間に、体を滑り込ませ。
(ええい――――南無山ッ)
壁の向こうに、進み出た。
扉の開く音を……耳にしながら。
(…………うわ。本当にダンジョンだ。なんでゾランダルの部屋に)
この間見たものと似た、青く暗い発光をした壁、床……そして天井。半径1mほどの横穴らしきところに、エミリアは出たようだ。後ろは壁で、おそらくはそのまま部屋に戻れる。だが……向こう側の音は聞こえない。ゾランダルが帰ってきている可能性もあり。
(奥に行くしかない、か)
エミリアはそろり、と先を目指す。横穴はしばらく先で終わり、その向こうは開けているようだ。
(〝噂語り〟は、ここに〝魔核〟で作られたダンジョンがあるから、示したのかしら。あるいは……この中にまだ、隠されてる? ダンジョンが〝魔核〟で作られてるとしても、残り5個は残ってるはずで。そのうちのいくらかが、ここに……?)
妙な風向きと、生暖かさを感じながら。
エミリアは広い空間に、進み出た。
(ひっろ!)
声を抑え、見上げる。光量が少ないせいか、天井がちらほらとしか見えない。壁は高くまでそそり立っていて、数十から100mはあるかもしれないとそう感じた。奥行きも広く、少なくとも反対側の壁は見えない。左側もどこまでも開けているようで、右側には。
(なんだろう……岩?)
ぼうっと白い印象の、固く大きいものがあった。エミリアは左側に壁伝いに移動しつつ、振り向いて白い岩らしきものを眺める。
「ダンジョンの構造物じゃ、なさそうだけど……岩。岩――――ッ!?」
見上げていき、エミリアは息を呑む。悲鳴を上げないように、両手で口元を押さえた。岩の表面が静かにだが、膨張し、あるいは収縮している。それに合わせて静かな風と、少しの振動が響いていた。よく見れば地面付近に、爪のようなものや、顔らしきもの――閉じた瞳と口、鼻の孔――がある。だがあまりに大きく、全貌の把握が難しかった。
(こ、これまさか――――)
「盗み聞きに続き、人の部屋に侵入とは」
エミリアはどこからともなく響いた声に、あたりを見渡す。岩の周辺、横穴の出口。しかし何も見当たらず――――。
「勘当されたのも頷けますね? エミリア嬢」
その声は。
(ゾランダル!?)
すぐ後ろから、聞こえた。




