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07-16.西の王子と共謀者。

 お茶会がマナの、アイーナを褒め称える独演会、と化し……しばらく。


「そろそろ執務もあるので……わたしからも一つ、聞いていいですか? マナ」

「ええ、よくってよ。イリス様」


 椅子に深く腰掛け、息を吐いたイリスが尋ねている。マナは上機嫌に応じていた。



「セラフ王子について、教えてください」



 イリスから意外な質問が出て、マナとエミリアは顔を見合わせる。


「封鎖から……先日マナがダンジョンに落ちた件まで。この帝都では、不穏な事件と謀略が続いています。アイーナ皇女自身と、彼女が消えたことがきっかけにはなっている、のですが」


 イリスが眉根を寄せ、静かに零している。マナが目を伏せ、エミリアもまた黙って耳を傾けた。


「気になる、のですよね。昨夜急に、西方のレモーナから、セラフ王子がお忍びで来ていたことが。第十六王子とはいえ、他国の王族。それが所属もしていない、この帝国の大学のパーティに紛れ込んでいた。普通では、ありません」

(……言われて見れば、そうね。国賓待遇で迎えるものじゃ?)


 さらっと紛れ込み、しかもどうやらすぐ帰ったらしい……西国の王子。ちょっと婚約者のマナに会いに来た、という芸当ができる身分ではない。


「公式の記録では、彼の帝国訪問はないようなのです。おそらく以前から、昨日のような形で入国していた疑いがある。マナ、何か知りませんか?」

「わたくしは、お付き合いして日が浅いので……ですが、おかしいです。セラフ様は、お姉さまの元を頻繁に訪れていました。わたくしも何度もお会いしています」


 マナがイリスに聞かれ、弱く首を振っている。


「ヘリックはあまり会ったことがない、と言っていました。変です。公式以外のルートで、王子が訪問出来過ぎている」

「…………何者かの手引きが、あるということ?」


 エミリアが質問を添えると、イリスが深く頷いた。


「はい。エミリア様が……ゾランダルと彼が、何か取引していたようだと仰っていたので。もしかしたら、と」

「ゾランダルお兄さまが、セラフ様と? 何のために……?」


 エミリアとマナの視線が、イリスに集まる。イリスは。


「どうも彼の国……レモールは動きが怪しくて。オレン王国にちょっかいをかけているという話や、この国の大学に介入しているという話があって……それからあの国。しばらく前から精霊工学にご執心、らしくて。帝国で廃れたかの学問は、今やあちらが最先端です」


 ぎゅっと眉根を寄せていた。エミリアも、息を呑む。働いた勘を、そのまま口にした。


「精霊工学……まさか、〝魔核〟狙い?」

「これまでのすべての証言を合わせると、ジャクソン教授の作った〝魔核〟が8個。さらにアイーナ皇女がスキルで生成したと思しきものも、いくつか。今のところ、大学、帝都、先日のマナが落ちたものの3つは……この〝魔核〟でできたダンジョンだろう、と思われますが」

「あと最低6個、行方不明……」


 誰かがごくりと生唾を飲み込んだ音が、聞こえる。突如ダンジョンや魔物を作れてしまうものが、ジャクソンらの元から消え、どこかを彷徨っている。もしかしたら、セラフ王子……そして商業国家レモールに渡った可能性もある。エミリアは、楽観できない不穏を感じた。


「セラフ王子が。公式に婚約者のアイーナ皇女を、尋ねてきていたのではなく。非公式に……〝魔核〟や精霊工学を研究している、彼女の元を訪れていたのだと、したら」

(ないとは言い難い。精霊工学……スキルによらない、精霊の祝福の実現。これが叶えば、人工的にスキルを作れるようになり、世の中はひっくり返る。それを実現しているのは私の知る限り、ジャクソン教授と……イリスだけ)


 エミリアはちらりと、イリスを見る。彼女は精霊車や精霊具を作れるが、そのスキルは無限に成長するという代物で、〝精霊を物に宿すスキルではない〟。つまりイリスは、完全な精霊工学の実現者なのだ。〝魔核〟もまた祝福をもたらし、精霊のいたずらであるダンジョンを生成するが……狙ってはできないらしい。イリスはジャクソンに、先んじているとさえ言える。

 エミリアとイリスは、イリスが精霊を物に宿せる件については、二人だけの秘密にしていた。迂闊に公表すれば、イリスの人生は滅茶苦茶になる……巻き添えで彼女の家族や、エミリアも。


(もし彼やレモールが、精霊工学や〝魔核〟を狙っているのなら。私とイリスにとっても、危険な相手……)

「ごめんなさい、イリス様。わたくしでは、なんとも。セラフ様のことは、まだよく知らなくて」

「そうですか……」

「じゃあマナ」


 ふと思いつき、エミリアは尋ねる。


「アイーナはなんて言ってたの? 彼と前に婚約してたんでしょう?」


 果たして、皇女の答えは。



「〝敵だから、近づいちゃダメ〟って」



 お茶会に、濃い不穏の影を、落とした。


「それでもわたくしは、お姉さまのことを追いかけたかった。だから彼の求婚を、受けたのですが……もしかしたらそれが、この事態を?」

「わかりません。ですがマナがそうしなくても、彼は帝国に手を伸ばしていたでしょう。ゾランダルとの取引が、良い証拠です」

(ゾランダル……そういえば)


 エミリアは。


(彼はなぜ、セラフ王子と取引に及んでいたのかしら……?)


 笑いながら怒る、あの第二皇子のことが。

 妙に、気になっていた。



 ☆ ☆ ☆



 午後。エミリアは一人、帝城の廊下を歩く。


(お茶会楽しかった……不穏な話題もいっぱい出たけど。でもちょっと消化不良だわ。話し足りない感じ……)


 結局。商業国家レモールのセラフ王子、及び彼と取引をしていた様子のゾランダルが怪しいとなり、イリスはこの情報を持って皇帝としての仕事に戻っていった。マナとお茶会を続けてもよかったが、彼女は約束があるという。残されたエミリアは暇を持て余し、使用人もつけずに一人ぶらつくことにした。


「おや、エミリアくん」


 廊下を歩いてきた、すらっとした青年に声をかけられ、首を捻り。


「ジャクソン教授!?」


 エミリアは目を瞬かせた。普段のぼさっとした印象とは、まったく異なる。帝国貴族かという装いだ。


「どうされたのです、その恰好……」

「城に住まわせてもらうことになってね……世話までしていただいて、ご覧の有様だよ。まぁ皇女様との茶会に、いつもの恰好というわけにもいかないし」

「あっ。マナの約束のお相手は、ジャクソン教授なのですね」


 ピンと来てエミリアが言うと、教授は困ったような、半笑いの顔を見せた。


「あー……エミリアくん、もしお暇ならご一緒、というのは」

(う”。これ、緊張するから助けてってところかしら? でもダメでしょ……)


 エミリアは頬をひくつかせる。姉のアイーナを慕っているマナが、ジャクソンに懸想しているということもなかろうが……それでも二人のお茶会に割って入るなど、言語道断だ。


「マナとならきっと教授と、アイーナ皇女の思い出話がしたいでしょうから。彼女を知らない私は、ご遠慮させていただきます」

「そうか……君はアイーナくんとは、面識ないんだったね」

(ぉ。面識、と言えば)


 アイーナのことが話題に出て、エミリアは先ほどの茶会の話題を思い出した。


「ジャクソン教授は、セラフ王子のことをご存知で? レモールの」

「セラフ……王子? お名前は、まぁ」

(ん?)


 エミリアは小首を傾げる。セラフが精霊工学に興味を持っているなら、ジャクソン教授にあまり接触がないとすると、おかしい。この教授の出身は、レモールだったはずだ。エミリアは少しの疑問を覚え、別の角度から質問を重ねた。


「そういえば教授は、どうしてレモールでご研究なさらなかったのです? 精霊工学は、あちらが今は盛んだと」

「あれは盛んというのではないよ……知り合いの招きで、学会には顔を出しているけれどね。投資先を探す山師と、彼らを騙そうとする詐欺師の巣窟さ。廃れたとはいえ、帝国の方がまだマシだ。でなくば、国に帰っているよ。こっちだって、芽はないからね」


 ジャクソンが肩を竦めている。エミリアは怪訝さが顔に出ないように、静かに言葉を選んで尋ねた。


「セラフ王子は、ゾランダル皇子やマナ皇女、それから……アイーナ皇女と盛んに会っていたようなのです」

「それは……」


 僅かに伏せられたジャクソンの顔、その口元が。小さく何かを呟いた。


(〝勘づかれたか?〟ですって……? あ。そういえばこの人のベル家、ゲームでレモール王家の血筋だったとかなんとか……)

「おっと、すまない。そろそろ時間だ」

「すみません、お止めしてしまって」


 話を切り上げられ、エミリアは脇に寄って道を譲る。


(気になることばかりが増えるわね…………あれは)


 ジャクソンが立ち去った後で、彼が行った反対方向の廊下に顔を向けると。


(ゾランダル。どこかに――――ということは)


 その奥に消える、第二皇子の姿があった。あちらは階段があり、帝城の外へ向かう時によく使われる。


「彼の私室は今、留守ということ」


 エミリアは小さく呟き、口元に笑みを浮かべ……くすんだ灰色の瞳を、輝かせた。


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