07-15.仲直りのお茶会。
庭園で……とも思ったが、今日は日差しが強い。相手からのお誘いではあったが、エミリアは居室に招くことにした。イリスと二人で、テーブルに茶器や茶菓子を並べて待つことしばし。
部屋の扉が、ノックされた。応諾を示すと、メイドを従わせた皇女が入ってきた。もてなしに人手は要らないため、使用人たちには退出を命じる。
「本日はお招きいただき、ありがとうございます。皇帝陛下……並びに」
皇女マナが、優雅な礼をとった。
「エミリア皇妃殿下……でいいのかしらね?」
「マナ皇女」
女帝イリスが腕を組み、鼻息荒く告げる。
「素晴らしい見識です。欲しいものがあれば、何でも言いなさい」
(イリスぅ!? 冗談に乗せられるとか、ちょっとチョロ過ぎでしょうこの子……)
エミリアはすっと回り込んで、椅子を引く。マナを見れば、彼女は口元に悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
「皇帝陛下は自重して。マナも。私絡みは、イリスには冗談通じないから」
「ふふ、そのようね。ありがとう、エミリア」
マナを座らせた後、エミリアとイリスも自分の席に着く。三人、煎れ立ての紅茶を前にした。
「楽にしてもらっていいですが、マナ皇女。いつの間にお茶するほど、エミリア様と仲良くなったのです?」
「あら、聞いてなかったの? イリス様。エミリア?」
「ぁ……ざっくりとしか言ってなかったわ。ダンジョンでね――――」
エミリアは先日のことを、澄ました顔で――どこか訝しげな――イリスにかいつまんで説明した。喧嘩した後、ダンジョンに落ちたマナを、助けたこと。アイーナの痕跡を探す、約束をしたこと。
そこまで説明して。
「おっと、そうだ……マナ。ダンジョンに入る前、あなたに酷いことを言ったわ。ごめんなさいね」
エミリアは丁寧に頭を下げた。頭を上げると、マナはばつが悪そうに微笑んでいる。
「それはお互い様ですわ。あなたたちが気に食わないからと……わたくしも、皇族にあるまじき言動でした。お詫び申し上げます。皇帝陛下にも」
「謝罪を受け入れましょう、マナ」
謝り合い、三人、頬を緩めた。
「もう言わなくていいから、ほっとしています」
「言わなくていい、とは?」
マナがため息と共に呟きを漏らしたのを聞き、エミリアは思わず尋ねる。
「イリス様は歓迎されていなかった、ということです。わたくしのところにも、〝いかがなものか〟と言いに来た者がたくさんいました」
「わたしは強引に皇帝になりましたからね。反発は当然です。気苦労をかけたようですね、マナ」
「いいえ。陛下はこの数カ月で大学でもこの城でも、ずいぶん能力を示されたようですので……もうそういったこともないでしょう。少なくとも、お兄さまが跡を継がれるまでは」
皇女の眉尻が下がり、その口元に柔らかな笑みが浮かぶ。
「もちろん、エミリアが……お姉さまの足跡を一緒に探してくれると、約束してくれなければ。その約束を、果たしてくれなければ。今もわたくしは、あなた方を糾弾していたかもしれませんが」
(〝約束〟、か。本当に……重いものね)
エミリアは笑顔を返しながらも、膝の上でぎゅっと拳を握り締めた。
「そう、ですか。本当にマナは……それでエミリア様と、仲良くなったの、ですね」
肩から、顔から、目から力を抜き……イリスが口元に苦笑いを浮かべている。瞳には、少しの揺れさえ見えて。人前では弱音を吐かない彼女の姿に、エミリアは。
(イリ、ス?)
ぎょっとし、息を呑んだ。
昨夜、ダンスパーティで、涙を流していたイリスの姿を……再び見ている、ようだった。
(どうしてイリスは……そんなに辛そうなの?)
「わたくし……イリス様に、勘違いをさせてしまっていた、ようね」
「マナ?」
マナが伏し目がちに、弱く首を振っている。エミリアが困惑していると。
「…………エミリア、様は。王国にいる頃からも、帝国に来てからも、大変おモテになって」
イリスがそう、零した。
「皇子たちばかりか……今度は女にまで、と。わたしは、そんな浅ましい考えで」
「あなたたちのことを知っていたのですから、悪いのはわたくしです、イリス様。もう少しご遠慮すればよかったですね……ダンスだって」
「違います!」
イリスが、腰を浮かせた。エミリアは。
(え? やきもち焼いて……それで何かここのところ、変だったってこと? イリス……全然そんな素振り、なかったのに)
「…………あの時は。ちょっとした、意趣返しのつもり、だったんです」
俯き、ぽつりと吐き出すイリスを、じっと見つめた。
「わたしがちやほやされてたら、どうかなって」
表情が暗い。人前で弱みを吐かない彼女が、マナの前で弱々しい姿を見せていた。
「……………………最悪の、気分でした」
(イリス、なんて辛そうな顔を……)
あの時。エミリアは男たちに囲まれるイリスを見て、どす黒い嫉妬を抱えた。だが別に、それで辛くはなかった。そんなものは常と言えば常だし、ちらりと「イリスがあてつけているのかも」とも考えた。イリスのすることであれば、エミリアは許せる。
だが。
「吐き気がして、たまらなかった。けれどあなたはいつまで経っても、助けてくれなくて。なんで、って。自分勝手に、そんなことばかり考えてて。そしたら」
イリス自身は。
「マナと、踊り出して」
苦しんでいたと。
「ものすごいショックで。でも、綺麗で……それでやっと、気づいたんです」
エミリアはそのことに、ようやく気付いた。
上がったイリスの顔は、苦悶に歪んでいて。
「あなたは、エミリア様は。わたしがどんなにひどいことをしても、受け入れるし、耐える。でもわたしは! わたしが、あなたを傷付けることに!」
その青い瞳には。
「耐えられない」
大粒の涙が、溜まっていた。
それは昨日、舞踏会で見た涙と……同じ色に、見えた。
「嫌われるかもって、不安だった! 幸せが、どこかで崩れるんじゃないかって……! あんなことすれば、それこそ嫌われて、しまうのに! でも自分じゃ、どうしょうも、なくて」
歯を食いしばるイリスが。泣くのを堪えるイリスが。見ていられないのに……目が離せない。
「あなたの愛を試すなんて、馬鹿な真似。するんじゃなかった。そうしなければ、あそこであなたと踊っていたのは……わたしだったかも、しれないのに」
「そう」
さらりと。
「ごめんね、イリス」
エミリアは謝罪を告げる。
(私は、イリスのしたことなら受け入れる。そうできる。けれどイリスは……やっぱり、苦しいのね。この子の心の負担になってしまうのは……つらい)
イリスが頭を振り乱した。
「謝らないで! 悪いのはわたしの方なのに!」
「どっちが良い悪いじゃないわよ」
エミリアは深く息を吐き出し。
(イリスが、私を傷付けるのに耐えられないというなら。私だって、同じよ)
無理やりにでも、笑顔を作って見せた。
「あなたを悲しませたから、謝りたい。それだけ」
「エミリアぁ…………」
泣きそうなイリスの声に――――かちゃりと置かれた、陶器の音が重なった。エミリアとイリス、二人共に固まり、マナを見つめる。
皇女は優雅に、ほほ笑んで見せた。
「続けてよろしくてよ? 見ててあげますから」
「「よろしくない」」
二人そろって、マナに抗議する。マナが口元を黒い扇で隠し、ころころと笑った。
「仲の良いこと。入る隙間など、ありませんわね」
「あっ」「ん……」
涙に濡れそうだった二人の顔は、羞恥に赤く染まる。一方のマナは。
「わたくしもお姉さまと……そうありたかった」
そう言って、泣き笑いのような顔を見せた。イリスとエミリアは、顔を見合わせる。
「聞かせていただけませんか。お二人のこと。もっと」
エミリアは眉尻を下げ、口を開きかける。だがイリスの方が、早くて。
「なら、マナにはアイーナ皇女のことを――――」
(ちょ、イリスストップ!?)
彼女は言ってはならないことを、口にした。
マナの瞳がぎらり、と輝き。
「わたくしとお姉さまのことを語るならばそう、まずこの黒扇のことから――――」
彼女のマシンガントークが、始まった。




