02-02.才など無用。
王との問答は続く。
「質問を返すようで悪いが、エミリア。あれは我らを、どう見ていると思う?」
優しげな瞳で国王に見返され、エミリアは視線を泳がせる。その向こうに、いつかの逢瀬の際に語られた言葉を、思い起こした。
『私はいずれ、王になるのだ。素晴らしい王妃たる母を慈しむ、父のような王に。兄上になど、負けていられない』
〝無才〟となじられ、落ち込んだエミリアに……「自分とて誇れる才はない」と述べた後。ジークは、そう言っていた。
『もちろん、王妃は君だ。君こそが相応しい……私の女神よ』
言って、いたのだ。それなのに。
(なのにあの人は。私を愛してなど、いなかった……)
口の中がからからに乾いていて……エミリアはなんとか声を、絞り出した。
「良き、王と王妃であると、以前ジーク殿下はそう……」
「ウォレンツは、〝お前たちなど王と王妃ではない、親父とおふくろだ〟と言い放つのよ」
アイードが吐き捨てる。嬉しそうでもあるが、口元は皮肉げに歪んでいた。エミリアとしても、あの第一王子ならそう言いそうだ、と感じる。そしてジークとは、大きな隔たりがあった。
「もう少し……ジークめにすり寄る貴族どもを、減らしておければよかったのだがな。父の代までで、少々増えすぎたのだ。この国は、大きくなり過ぎた」
国王が僅かに、声に苦渋を滲ませている。エミリアは、ハッとし、王妃に目を向ける。硬い表情の下に、隠しきれない後悔が、あるかのようで。
(あい、されてる。ジーク、殿下は。王の器にないと、見切られながらも。この方たちに……子どもとして。なら、どうして)
アイード国王は就任の折、王位継承争い混乱にかこつけて横暴な貴族をだいぶ粛清したとは、エミリアも聞いている。だが残った貴族のうち、質のよくない者たちが……ジークを取り込んだということなのだろうか。ゆえに彼は、歪んでしまったということなのだろうか。
輝かしい人たちよりも、愚かしい人たちに飲み込まれて。
彼は低きに、流れたのだろうか。
エミリアの胸の奥で、どうしてか。
〝もやもやが〟、大きく膨らんだ。
「ち、がいます」
否定の言葉が、注目を集める。アイードも、カメリーナも、そしてイリスも。
エミリアが続きを紡ぐのを。
待っていた。
「お二人は、親の責務を果たされている。それはきっと、ウォレンツ殿下が証明されていることでしょう。であるならば」
親子を語れるほど、エミリアは公爵や公爵夫人と長く過ごせていない。だが遠い前世の記憶が……彼女に想いを綴らせた。
「ジーク殿下が。子の責務をお果たしでないだけ。その一助になれなかったこと――――申し訳なく、存じます」
良い親の子が、良い子どもになるなど……ただの幻想なのだ、と。自分がジークに寄り添えれば、違ったかもしれないが。
そうは、ならなかった。
「あなたは逆に、良い子が過ぎますね、エミリア」
「王妃様に…………育てていただきましたので」
ため息のように誉め言葉を零され、エミリアは照れながら返した。王妃の笑顔を、まともに見られない。
(そう。子どもにだって、子どもの立場や責務がある。陛下たちは、それをジーク殿下や……この私にも、お認めになってる。それなのに殿下は、ご期待に応えなかった。いえ、期待に応えられなかったのは、結局私も……だけれど)
自分が王妃候補を辞して、二人に不義理を働くことを思いだし。
エミリアは顔を、俯かせた。
顔向け、できなかった。
「育てていただきましたのに……本当に、申し訳ございません」
「先ほども言ったでしょう。よく目を覚ましてくれました。あなたがジークを支え、あの子が権勢をふるうようになれば……きっとこの国は乱れた。それに、ああやんちゃだと、妻は苦労するわ。他に良い伴侶を見つけなさい、エミリア」
「王妃、様……」
項垂れたまま、エミリアは口元を手で押さえる。
嗚咽と涙が漏れそうで。
堪えがたい。
「それで。これから公爵領に……いや、二人揃ってということは。さては帝国にでも出るか」
アイードが割り込んで、話を切り替える。行き先がバレていて、思わず涙が引いたエミリアは、イリスを見た。彼女もエミリアを見ており、弱く首を横に振っている。
「〝万才の乙女〟をかの国が狙っていることなど、知っておる。よく学ぶがいいだろう。〝無才〟をあの国がどう評価するかは、不透明だが……気を付けてゆくがいい、エミリア」
国王の言葉には、どこか慈しみがあった。見送れらている気分になり、エミリアは居心地の悪くなる。悪戯を咎められているような、そんな気分だった。
「いいんで、しょうか。イリスが帝国に行くのは、王国にとっては……」
「国に才など無用」
アイードがきっぱりと、言い切った。言い捨てた。
「国家は才が作るのではない。無能だろうとも、人が寄り添って作るのよ。無能だけが寄り集まって生きられるようになっておらねば、それは国とは言わん」
エミリアは唖然とした。だが納得もした。才を見ているのなら、〝無才〟のエミリアが王妃候補に選ばれるはずもない。イリスのことを知っていながら、手放すはずもない。
にかっと笑って見せる、壮年の国王には。
遠大な、大地のような。
迫力が、あった。
「余生を遊び惚けて過ごしたくなったら、また来るがいい」
「長生きして待っているわ。二人とも」
「は、はい! 国王陛下! 王妃殿下!」
笑い声を漏らしながら、国王が踵を返す。王妃がそれに続いた。会談は終わりのようだ。遠く、王や王妃を呼ぶ声が聞こえる気もする。
「ありがとう、ございました……!」
エミリアは慌てて淑女の礼をとり、彼らの背を見送った。
(本当に……同じ人間とは、思えない。なんでこれで、国が運営できているの? なぜ多くの人が付き従っているの?)
納得はした。しかし王の言葉は、自分の教わったこととはかけ離れている。
何より。
(なぜジーク殿下は、こんな方たちに育てられて……あのようになって、しまわれたの? 愛されていたのに。どうして)
エミリアは捨てたはずの、王子のことが。
(私は……どうすれば、よかったの)
余計に、わからなくなった。




