07-11.魔核はなぜ作られたのか。
午後、精霊工学研究室。狭い部屋に、5人の人間が集まっていた。
中心は、椅子に座らされたジャクソン・ベル教授。彼の正面にはテーブルを挟んでイリス。窓際にはなついたスライムを首に巻いているマナと、彼女についてきたゾランダル第二皇子が立っていた。エミリアは扉の前で、部屋全体を眺める。ドニクスバレットとディーバートについては「無関係だろう」と自ら退室した。帝国内の事情だと、察したようだ。
(マナは絶対知りたいだろうと思ったから、声をかけたけど……なぜゾランダル皇子が。イリスが口を出さないなら、問題はないだろうけど。というか)
たまに、イリスのじとっとした視線を感じ。
(むしろ私が睨まれてる……? なにゆえ)
エミリアは困惑し、顔を背けた。
「単刀直入に聞きます。精霊を宿す触媒となる物質、〝魔核〟を製造したのは、あなたですね? ジャクソン教授」
イリスが切り出し、そのキリッとした声が耳に入る。エミリアはそれを心地よく感じながらも。
(アイーナの資料、教授のメモ書きなどから、情報はだいぶ得られた。アイーナが〝魔核〟生成に成功していなかったこと、なんかも。資料には欠けがあったから、際どいところだけれど)
疲れた目をしているジャクソンの様子を、静かに窺った。
「製造した、という証拠を出せないのが心苦しいけれどね。合っているよ、イリス補佐官」
「証拠が出せない? 〝魔核〟はダンジョン生成にしようした三つがすべてということですか?」
「いいや、あと5個……つまり8つ作った。けれど僕の手元には一つもないし、ダンジョンも知らないよ。そんな使い方ができるなんて、今初めて知ったんだけれど?」
(えっ? 作ったけど、ダンジョンにできることを知らない? じゃあ……誰かが盗んで、悪用している、ということ?)
エミリアは戸惑い、視線を上げる。マナが眉根を寄せていた。イリスの表情は変わらず、ジャクソンは……真剣で、嘘を言っているふうでもない。
「精霊工学は今や、西の商業国家レーモスこそ聖地。僕はあちらの出身なこともあって、学会で一月ほど留守にしていた。帰って来てみたら帝都も大学も閉まってるわ、僕が大学に提出していた論文と〝魔核〟8個は〝そんなもの知らない〟と突き返されるわで……ほとほと参ってるところなんだよ」
(ジャクソン教授の足取りについては、確かこの場所を聞き回ったときに耳にしたわね……大学が大変なときにいなかった落ちこぼれ、って揶揄されてた。それにしても、この言い分が真実なら)
エミリアの視線の先で、イリスの眉根が僅かに寄っていた。
「大学が接収したと? 抗議しなかったのですか?」
「抗議? 自治権の強い大学の行いを、どこに抗議するんだい? 皇室が介入して、取り返してでもくれると?」
ジャクソンの反論は、どこか投げやりであった。
「こういうことは、今まで何度もあったんだよ。だから倉庫みたいなとこに追いやられたのをいいことに、本当に大事なものは隠すようにしたんだ。でも……よく全部見つけてくれたね、エミリア女史」
「……私?」
急に話を振られ、エミリアは瞬く。ジャクソンが疲れの奥に……強い意思を見せ、じっとこちらを見ていた。
「あなたとイリス補佐官は、帝国だけじゃなくオレン王国にも縁があるようだ。できれば、アイーナくんの遺産は……守ってほしい」
「帝国は彼女の資料を、わざわざ焼きはらったそうですが」
「そうだね。僕のところにも当然探しに来て、めぼしいものは持っていかれたよ。けど、置いたままでももう……どうにもならない。だから賭けてみることにした」
賭け。見つけたエミリアたちがどうするか……それを推し量ったということだろうか。エミリアたちとしては、先の封鎖事件の遺した不穏を片付けるため、事態を追っている。アイーナの資料を処分する予定は、今のところなかった。
「まだ処分していないということは、賭けは僕の勝ちかな?」
「資料は国で保護いたします。閲覧や取り扱いには、制限をかけるつもりです。それで」
イリスが小さく息を吐き、じっとジャクソンを睨むように見た。その視線の先と代わりたい……エミリアはそんなことを呆然と考えながら、二人を見比べる。
「あなたに管理をお願いしたく思いますが、ジャクソン教授」
「お、っと……ここで僕を釣り上げにくるのか。補佐官殿はやり手だね。喜んでお受けしたいが、僕は大学に籍があるだけの外国人だ。保管というなら帝城になりそうだが、いいのかな?」
「構いません。それを言うなら、わたしも外国人ですから」
「最高の説得力だ」
話はまとまったようだ。エミリアはほっと、息を吐く。視界の隅に、口元をひき結び、瞳に強く力を籠めたマナの姿が映った。
(ああ……やっとお姉さんの足跡に辿り着けたのだものね、マナ)
「その、教授。二つ、お伺いしたいことが、あるのですが」
「どうぞ、マナ皇女」
注目を集める中、皇女が進み出る。
「なぜ、お姉さまの遺した研究を……形にされたのですか?」
「そりゃ逆だ。これは元々僕の研究で、彼女がアイディアを持ち込んでくれた。存命なら任せたが、亡くなってしまったからね……」
(ああ、そりゃそうか。研究者としては、いくらなんでもジャクソン教授の方がずっと先だろうし)
エミリアは口を挟まず、じっと見守る。マナはようやく見つけた答えの源泉に、少しずつ目を輝かせていた。
「お姉さまは、処刑、までされたのに。危ないとは、思われなかったのですか?」
「ん? 彼女は研究を危険視されて捕まったのかい? なら危ないとは思ったろうが……止める理由にはならないね」
(あっ。そうか。処刑の理由は公表されてないから……でも彼女は、精霊竜を作ろうとして、捕まったと)
エミリアはマナの疑問にも、そしてジャクソンの答えにも衝撃を受ける。彼女が戸惑う中、ジャクソンが僅かに身を乗り出した。
「もう一つの質問は、なぜアイーナくんが〝魔核〟を作ろうとしたか、だろう?」
「あ、はい」
「僕と同じさ。作れそうだから、作った。作ってみたかった」
エミリアは息を呑む。マナもだ。イリスは気持ちがわかるのか……眉尻を下げていた。
(あれ?)
視界の隅に、ずっと黙っているゾランダルが映る。なぜか、顔が歪んでおり、額に汗を滲ませてもいるようで――――。
「僕らは精霊工学なんてものをやってるんだ。何か使えるものをってのも結構だが、まず生み出すことにこそ意義がある。特に、精霊具作成はスキルがないとできない……というのが通説だったんだから。作れそうなら、作るに決まってる。彼女はそうした、僕もそうした。目的なんていうのはね」
ジャクソンが力なく笑っている。しかしエミリアは彼よりも、窓際で奥歯を噛みしめている様子の、ゾランダル皇子が気になっていた。
「周りが想像して、勝手につけてるにすぎないよ。やれ魔物が作れる、ダンジョンが作れる、精霊竜もいけるんじゃないかって言いだす人たちまでいてね……バカバカしい」
「えっ。あなたやお姉さまが言ったわけでは……?」
マナと――――ゾランダルが、息を呑んでいる。特にゾランダルは、目を見開いてから、顔を背けていた。
「僕が論文を出した後、他の教授らがそう言っているのは耳にした。僕とアイーナくんは、目を剥いて驚いたくらいさ。すごいもの発明しちゃったと、笑い合って。その後彼女は捕まって、僕は提出を求められたから〝魔核〟を製造して大学に出して。レモールの学会に行って帰って来てみたら……というわけさ」
(え……じゃあいったい、誰が? ダンジョンの作成も、本当に他の何者かが見つけ出したの? 精霊竜を作るという、あの話は……)
エミリアは眉根を寄せる。マナと視線が合い、思わず首を振った。
「皇族の前だから、あえて言わせてもらうが。アレを危険視して、彼女を捕まえたんだとしたら……帝国はなんて野蛮なんだろうね。恐ろしくて、国に帰りたくなってしまうよ」
「身の安全は、保証いたします。研究を続けたいというなら、支援しましょう。代わりに大学を捜査しますので、ご協力願いたい。残り5個の〝魔核〟を見つけます」
厳かにイリスが告げている。ジャクソンは肩を竦めて見せていた。
「そりゃあ結構だが、補佐官殿にそんな権限があるのかい? ああいや、失言だった。あるんだな、これは聞かない方がいい」
(アイーナの処刑理由は……ディアンはスキルの使い過ぎで狂って、捕まったと言っていた。ヘリックは精霊竜を作ろうとしたと言っていて……これは先帝トーガスタの意見かもしれない。けどジャクソン教授の視点から見ると、アイーナはただ〝魔核〟を研究していて、捕まったことになる……いったい、どういうこと?)
エミリアは腕を組み、深く思い悩む。
(トーガスタは、〝魔核〟と使い方を渡されただけ……つまり使い方。これを考えた誰かが、いる。トーガスタでも、アイーナでも、ディアンやヘリックでも、ジャクソンでもない……。誰かほかに)
そして窓際で、拳を握り締めている男。
(ダンジョンを作り、精霊竜を作ろうとしている者が、いる。まだ、この大学のどこかに)
ゾランダル第二皇子を、じっと見つめた。




