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07-10.約束の重み。

 あくる日。

 エミリアはジャクソン教授の研究室で、暇を持て余していた。否、やることはある。今は(非常に過疎の)講義に出ている教授に断って、研究室の整理だ。未分類のものをカテゴリ別に分け、まとめる、わけだが。


「よし、やるわよ」


 研究室には……二人と一匹。エミリアの他は、ドニクスバレットとサルのディーバートだけだ。サルは尻をかいていて、その相棒は浅く頷いている。

 研究室のメンバーは、あとイリスだが……彼女は帝城で、執務を行っている。ヘリックが、急ぎ隠居している先帝に会いに行った、とばっちりだ。皇女アイーナの遺体の行方を問いただすために、彼は日の出前に帝都を出立していた。


「〝噂語り(ローマートーカー)〟!」


 エミリアは左手の中に、青銅のすり鉢を取り出す。先端を口に当て、強く吹いた。七色の光が散らばり、なんとか片づけた机の上に積み上げた、資料を照らしていく。

 光がすり鉢に戻ったのを、見計らって。


「〝未分類資料、項目分類〟」

『機械工学、精霊学、祝福資料、スキル、メモ書き、今日のおかず――――』

(何まとめてんのよ、教授)


 ものは本が多く、紙束は少ない。どうもジャクソン教授はエミリアの友達同様、白紙の本にメモなどを行っているらしい。一応、別々の本に別分野のメモを行っているようだが、表紙をつけていないものが多く、中身を読まないと何の本かわからない。




『――――アイーナ』




「は? アイーナ皇女? なんで?」


 突然現れた単語に、エミリアは間の抜けた声を上げた。視線を上げると、ドニクスバレットと目が合う。


「皇女アイーナの資料、ということですか。確か処刑された方で、その足跡は焼き払われたとか……」

「きなくせぇな。どうしてこんな場末の研究室に、厄ネタな女の遺産が残ってやがる?」

「いえ……」


 ドニクスバレットとディーバートに首を振って見せ、エミリアは分類項目をさっとメモし、青銅のすり鉢をまず仕舞う。次にその手を資料に差し向け、一冊ずつ取り込んでいった。


「アイーナ皇女は、精霊工学を研究していた節がある……と聞いたわ。大学に在籍はしていたそうだから、この研究室にいるのが自然。まぁ……ジャクソン教授は、しらを切っていたけれど」

「ああ、前に聞いてらっしゃいましたね。皇女にご興味が? エミリア様」


 エミリアは口を開こうとして……一度、閉じた。


(油断、し過ぎね。敵だった男に、帝国の重要機密を喋るわけにはいかないわ……)


 小さく息を漏らし、エミリアは再び視線を上げる。少しおどけたように、口角を上げた。


「様付けなんて。私は勘当されたし、平民なのだけど? ドニクスバレット」

「その上、私と同じ〝無才〟。ですが敬称とは、敬意を払う相手につけるものです、エミリア様」


 思わず頬が歪む。彼の〝約束〟を重んじる性質は、理解する。それは精霊が祝福する〝癖〟。エミリアの〝もやもや〟のようなものだ。彼はスキルを失ったとはいえ、その性質は変わっていない。

 エミリアは、ドニクスバレットが従者と共に逃げ帰るのを「追撃しないと約束し、果たした」。そのことに対して、彼が恩義のようなものを感じるのは……抗えない本質として、エミリアも納得していた。だが正面切って敬意などと言われるとこそばがゆく、少々もやる。


「思惑はおありだったのでしょう。しかしあなたは、敵として決定的に対立した私の、尊厳を守った。あなたに敬意を持てぬのならば、ドニクスバレットはもう死ぬしかない」


 黙って本を片付けていると、すべて〝中〟に取り込み終わったところで、ドニクスバレットの語気を強めた。エミリアは目を見開き、顔を上げる。


「ドニクスバレット、何もそこまで――――」

()()()()なんだよ、嬢ちゃん。あんたイリスのお嬢を大事にしないから、ジークのダンナを振った。そうじゃないのかい?」


 ディーバートに割り込まれ、エミリアは息を呑んだ。イリスを引き合いに出されては、ぐぅの音も出ない。


「っ。それは、まぁ」

「相棒にとっちゃ、それが〝約束〟さ。納得しな」

「ディーバート」


 ドニクスバレットが、咎めるようにサルの名を呼ぶ。ディーバートは器用に肩を竦め。


「悪かったよ。サルが喋り過ぎたな」


 ひょいひょいっと、窓の外へ出て、近くの木を登って行った。


「私は、あいつの兄を飼っていたことがある」


 窓の外を眺めながら、ドニクスバレットが語り出す。エミリアは先の分類を意識し、一角にまとめて本を出しながら耳をそばだてた。


「ああ、兄の方はただのサルだ。それで……私たちは兄弟のように育った。いつでも一緒で……ただ一度。たった一度だけ」

(過去形……)


 話の先が読めてきて、エミリアは眉根を寄せる。邪魔しないように、彼に背を向けて本を出し続けた。


「父母とした〝約束〟を破って、檻から出して連れ出したことが、ある」


 ドニクスバレットの、父と母。すでに亡くなった、子爵と子爵婦人だ。


「あいつは、よりにもよって侯爵家の幼い嫡男を傷付けた。子爵の家など、ひとたまりもなかった」

(サルに……聞いたことがある騒ぎだわ。ああ、それでその後を、ジーク殿下が取り持って……家の取り潰しを免れたのね)


 エミリアは暗澹とした気持ちで、ドニクスバレットの話を聞き続ける。本はあらかた出し終えて、整理は完了した。


「あいつの命は、私の〝約束破り〟で失われた。父上も、母上もだ」


 かつてエミリアは彼に、〝約束破り〟として激しく責められた。ジーク王子との婚約を、破棄したからだ。




「〝約束〟は命より、重い」




(確かに。私の婚約破棄だって……一歩間違えれば、何人の人が亡くなっていたか、わからない。そのせいで、ドニクスバレットとだって、危うく命のやり取りをするところだったんだし……)


 今の彼に、エミリアを責める意図はなかっただろう。だがエミリアは胸の奥に鋭い棘が刺さったのを感じ、ため息を無理やり飲み込んだ。肺が、心臓が動くと、それだけで強く痛むようで……自分が過去にした選択が、逃れ得ぬ悔恨を与えてくる。


「…………人に敬意を示されるのなんて、慣れてないのよ。悪かったわ」


 なんとか、エミリアはそう吐き出した。ドニクスバレットが振り向き、窓際からテーブル近くまで歩いてくる。


「いえ。私の戯言です。どうかお忘れを」

「そう。話は変わるのだけど」


 彼の顔が視界に入って。エミリアは少しだけ、頬を緩めた。心地よいとは言い難いが。

 ドニクスバレットの〝約束〟の痛みに。

 共感を、覚えていた。


「この資料の読み込み、ちょっと手伝ってくれない? ドニクスバレット」


 エミリアは晴れやかに、そう願い出る。長身の青年は、意外そうな顔をしていた。


「精霊工学……あるいは〝魔核〟や〝精霊竜〟に関する記述を、探したいの。精霊具だと、断片的だから」

「そういうことなら――――お安い御用です。エミリア様」


 柔らかな、確かに敬意のこもった笑みを感じ。


(こいつに心を許すのは、きっとよくない。けれど……私を認めて、くれているのなら。私もまた)


 エミリアもまた、眉尻を下げ。


(敬意を払わなくては。〝約束〟と、ドニクスバレットと……ついでに、相棒にも、ね)


 穏やかな笑みを浮かべ、頷いた。




「エーミーリーアー様ー?」




(ヒッ!?)


 突如、地獄の窯の底から響くような、恨めしい声がした。弾かれたように振り返ると、なぜか窓に張り付いたイリスの姿がある。


「なんでそんなとこいるのイリスぅ!?」

「こっちからの方が近かったからですよ……よっこいせ」


 城から帰ってきたらしいイリスが、窓を開けて入ってくる。ついでにディーバートも戻ってきた。


(心臓に悪い……今のドニクスバレットとのやりとり、聞かれてないわよね?)


 そう胸をなでおろしてから。


(…………いや、聞かれてたって大丈夫じゃないの。なんか疑われるようなことしてないし。違うし)


 ほんのり顔を赤くし、エミリアはため息を吐く。改めて、小首を傾げるイリスを見つめた。


「アイーナの資料が出てきたの。読み込むの、手伝って」

「おお、さすがエミリア様! って、ここのごみの山にあったんですね……そりゃ気づかないわけだ」


 イリスが本を一冊手に取り、ぱらぱらとめくり出す。エミリア、ドニクスバレット、ディーバートもそれに続いた。


(こんなにあるなんて……教授が戻るまで、結構時間がある。できるだけ読みすすめよう――――ん?)


 じっとりとした視線を感じ、エミリアは顔を上げる。

 笑顔のイリスと、目が合った。


「どうしたの?」

「いえ? 別に」


 エミリアはまた、本の読み込みに戻る。


(…………気づかれて、ないわよね? さっきの)


 絶えず視線を向けられているような。

 そんな気が、ずっとしていた。


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