07-09.皇女の謎。
落ち着いたマナとお茶――――。
「それでね? エミリア。お姉さまったら、互いの瞳の色に合わせてリボンを用意しようって! これはもう愛の告白でしょう!」
「(本人がわかってやってたなら)そうね」
というより、彼女のアイーナ語りマシンガントークショーを聞くことしばし。心の声を幾分か我慢しながら、エミリアは相槌をうっていた。
(マナには悪いけど……これアレだわ。無自覚に全方位を誑しこんで、外堀埋められてハーレム作っちゃうやつでしょ。私は詳しいんだ。そういうゲーム、いっぱいやったし)
心の中でため息を吐きつつ、マナのおしゃべりを聴きながら、エミリアはにこやかな顔を維持する。
(ゲーム……。私の知る乙女ゲームでも、アイーナという皇女は存在するけど、ただの事故で亡くなった、故人。皇族たちの悲喜こもごもな想いは語られるけれども、あくまでスパイス。どうもさっきの、マナのスライムの知識の出所といい……アイーナ皇女には、二つ謎がある)
天井から水が滴る様子を眺めながら、エミリアはちらりとマナを見る。彼女は膝に乗せたスライム――マナに妙になついて、離れない――を抱え、こねくり回しながら思い出を語り、悶えていた。
(一つ。アイーナは――――――――転生者)
この世界のスライムと言えば、無害なゼリー状の塊だ。だがマナはそう思っておらず、彼女にアイーナが妙な知識を刷り込んだらしかった。その内容は、エミリアか前世で聞いたことのある様々な「スライム」というモンスター像を思わせる。
他にもアイーナの素振りや様子には、どうにも帝国生まれの皇女にしては、おかしなところがあった。
(特にそう、知識の出所ね。廃れたはずの精霊工学に目をつけてたらしいことといい……何か妙だわ。あと一つは)
エミリアはマナがお茶を口に含み、カップを置いたのを見計らって、声をかけた。
「マナ。さっきも聞いたけど……葬儀は行われていないのね?」
尋ねられた皇女は少し顔に影を落とし、こくりと頷いている。
「処刑されたから、とか……そういう理由かしら」
「それでもっ。皇族だもの。きちんと埋葬されるの。それがしきたりだから。なのにお姉さまのお葬式は……いつまで経っても行われない。まだお別れも、できてないのに」
(…………ご遺体と対面すらできてない。処刑なら、体がないはずも、ないのに。アイーナは)
洞窟に、僅かに風が吹く。薄ら寒いものを感じ、エミリアは肩を震わせた。
(本当に、死んだのかしら)
捕縛され、処刑された。これは事実として伝わっている。だが公開処刑でもないし、詳細な記録もない。ばかりか、アイーナについては情報が何もかも、焼き払われているのだ。城からも、大学からも。
(異常だわ。もし。もしも彼女が、本当に……精霊竜を作り出せたと、したら。むしろ処刑されたのではなく、逆に――――)
「あら? あのサル、確か……」
マナの呟きを聞き、エミリアは弾かれたように立ち上がった。振り向くと、軽やかに跳ねる小さなサルがやってきていた。
彼は、同研究室所属のドニクスバレットの〝相棒〟。
「ディーバート」
「よぅ、迎えにきてやったぜ嬢ちゃんたち。騎士たちが核を破壊するから、そろそろ出られる」
喋るテナガザル――精霊の祝福を受けているのだそうだ――がこともなげにそう告げた。エミリアはマナを振り返り、二人は一瞬視線を合わせて、笑顔を浮かべ……顔を逸らした。
(っと。正式な〝仲直り〟はまた後日。私たちの対立は衆目に晒されているのだから、いきなり仲良くしてたらあらぬ誤解を受ける。それこそ私は、イリスとの仲があるし……迂闊なことをすれば、きっと下世話なことを言われる。そんなのに、イリスやマナを巻き込めない)
無責任な噂の的に、マナを晒したくない……それゆえエミリアは、しばらくは「仲の悪いフリ」を続けることをマナに提案し、承諾されていた。マナは身分が高く、二人は注目されやすい立場ゆえ、表立った交流には気を遣わねばならないのだ。
「ドニクスバレットも来ているの?」
エミリアは手早くテーブルや椅子を〝中〟に仕舞いながら、尋ねる。立ち上がってスライムを抱きかかえるマナが、ものすごい顔をしてエミリアとディーバートを見比べていたので、彼女に片目をつぶって見せた。少なくともドニクスバレットはエミリアの〝特異体質〟を知っており、問題はない。
「相棒は上で待機だ。降りてきてんのは――――」
「 エ ミ リ ア 様 ー ッ ! 」
ミサイルのような皇帝が低空で飛んできた。エミリアは腹に飛び込まれ、思いっきり吹っ飛ぶ。そのまま、ゼリー状の床に押し倒された。横隔膜が揺らされて息ができず、目を白黒とさせる。
「あぁっぁあぁぁ遅くなってごめんなさい怪我ないですかいじわる皇女と二人っきりなんてこんな貞操、貞操無事!?」
「確認しようとするなッ」
「ふごっ」
無理やり声を絞り出して、エミリアはイリスを抱きすくめる。もがく彼女を胸元に埋めておいて、幾度か咽てから息を整えた。そっぽを向いて肩を震わせているマナと、器用に肩を竦めているサルが目に入る。
ふと、皇女の横顔から流れる……瞳と目が合って。
目と目で、頷き合った。
(仲良しはここまで。表向きの言い訳を用意して――――またマナを、お茶に誘ってあげなくちゃ)
エミリアはイリスの髪を撫で、彼女を抱えながら身を起こしにかかる。遠くから、騎士たちがやってくるのが見えた。
「誰か! 皇女殿下は、足を挫いているの。手を貸してあげて!」
慌しく近寄る彼らを眺めながら、なんとか起き上がると。
腕の中のイリスが、何やら睨み上げていた。
「何よ」
「……なんでも」
(なんだっていうのよ)
そっぽを向くイリスに、思わずため息が出る。「ダンジョン破壊!」という誰かの声が、ちょうど遠くから聞こえて。
ぐにゃり、と景色が歪んだ。
(来る! ダンジョン崩壊!)
崩れゆくゼリー状の洞窟の中で。
エミリアは最後に。
マナの抱える、スライムと――――目が合ったような、気がした。
「…………あれ?」
しばし後、そんな揺れる声を聞いて、目を開けると。
もう暗くなった空の下、場所は元の中庭で。たくさんの人たちが、詰めかけていて。
(え? なんで、スライムが…………)
ダンジョンから出られないはずの〝なりそこない〟を、マナが抱えたままだった。
「姫様、魔物が! 危険です!」「なぜスライムが、この! 姫様から離れろ!」
「ちょ、この子はいいの! とらないでー!」
涙目の彼女が威厳を放り出してスライムを離さず、周りを困惑させていた。
☆ ☆ ☆
帝城の一室。ダンジョン発生に関わる情報共有のため集まったエミリア、イリス、そしてヘリックの三人。
「ほーん……それで仲直りした、と」
目の据わったイリスの声が、冷たく響く。なぜマナを助けにダンジョンへ飛び込んだのかと聞かれ……エミリアはざっくりと「誤解が解けて歩み寄ることになった」と説明したわけだが。
なぜか不機嫌になられた。
「公式には、きちんと雪解けになる何かを挟んでから、ね。これでアイーナのことも、聞きやすくなるでしょう。何かいいアイディアがないかしら? ヘリック」
「それより部屋に帰るまで我慢できんのか、皇帝」
「無理です」
拗ねた声を出すイリスは……エミリアの腕の中である。抱きついたまま、離さないのだ。
「イリス、また後で……」
「今じゃなきゃ嫌です」
だが甘えているというより何かお怒りで、エミリアの言うこともとんと聞かない。
(もう、しょうがないわね……恥ずかしくて、顔から火が出そう)
エミリアは照れ、皇太子が盛大なため息を吐いた。
「悪いが、思いつかん。が、場が必要ならば整えよう」
「お願いするわ」
「エミリア」
皇太子が何やら言いにくそうに、視線を泳がせてから。
「ありがとう。よければ、マナの友達になってやってくれ」
「少しずつね。いきなり仲良くすると、波風が立つから」
マナに封鎖事件などの事情を話したことは……先ごろヘリックとイリスにも打ち明けた。ヘリックは申し訳なさそうな顔で頷き、イリスは不満そうであった。
「急にできたダンジョンといい、頭の痛いことだらけだ。だがマナが穏やかに過ごせるならば……喜ばしい」
「ならもう少し、話し合いなさいな。だいぶ不信感を抱いていたわよ? 特に――――」
エミリアの脳裏に、沈んだ皇女の顔が、思い浮かぶ。
「アイーナ、葬儀がまだなんですって?」
だがエミリアの言葉を受け。
皇太子は、目を見開いていた。
「いや、そんなはずは」
彼の驚きを目にし、エミリアは首を傾げる。
「マナは、教会に確認したそうよ。そしたらまだで、お墓もないって。ヘリックは何て聞いてるの?」
「処刑後、密葬されたと」
「誰から?」
「ディアン……いや、葬儀については」
彼は眉根を寄せ、肩と……唇を震わせた。
「父だ」
(先帝トーガスタ……アイーナの遺体は、いったいどこへ)
謀略の元皇帝。そして処刑された皇女。
エミリアが見知らぬ、その二人が。
まだ渦中にある、ようだった。




