表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

65/111

07-07.ダンジョン救出行。

 火急の事態だ――――エミリアは冷静に、迅速に行動を開始した。あたりには間が悪く、人がまったく見当たらない。突如消えたマナ皇女を自ら助ける、あるいは助けを呼ばなくてはならない。


(私が……私がやらないと! まずは!)


 少しの罪悪感、情報の入手、責任感。そんなものが……〝もやもや〟とした衝動に、吹き飛ばされていく。「助けない」「力を尽くさない」という選択肢は、エミリアにはなかった。

 エミリアは自分の〝中〟からいくつかの道具を取り出し、東屋のテーブルに並べる。ペンに紙、そして細い筒だ。紙に位置と「ダンジョン発生、救助のため先行」とだけ書き、精霊具の筒の中に詰める。


「〝おせっかいな爆弾魔(メールボマー)〟! 行けッ! 標的はイリス!」


 ぽんっと小さな音が鳴る。手紙が転送されたことを確認し、エミリアは道具を再びしまい込んだ。先ほど彼女が消えた場所まで、走り。


(もし、これが急にできたダンジョンなら、まずい……ええい、ままよ――――!)


 ためらわず、地面に飛び込んだ。


 とぷん、という感触。

 水の中のような、視界と音の揺れ。

 分厚い圧力と、奇妙な浮遊感を覚え。


「あっ――――!」


 視界が開けたと思った途端、一気に落下が始まった。


(聖剣ッ)


 手の内から白銀の刃を取り出し、両手で柄を握る。視線を走らせ、壁らしきところに突き立てた。刃は壁を切り裂きながら、徐々にエミリアの落下速度を落としていく。


(いぃぃぃぃたい筋肉千切れそうまだ底につかないのッ!?)


 壁に足をつき、靴裏も交えて摩擦をかける。腕や肩、背中の筋肉がぶちぶちと言いそうで――――。


「あっ!?」


 急に体が、ふわりと浮いた。壁面が終わり、宙に投げ出されたのだ。

 ほどなく。

 とさっ、と地面に背中がついた。


 妙な弾力が伝わり、体が揺れ……しばらくすると、おさまった。


「なんかぶよぶよしてる……なにここ。ダンジョンよね?」


 見渡す。妙に柔らかそうな壁や天井、床が、青く暗い発光をしていた。


(水……ゼリーみたい。ハッ、マナ皇女は)


 体を起こし、改めて注意深く周囲の様子を窺ったが。


「いない……ひょっとして真っ逆さまに落ちて、この床で跳ねてどっかいった? どっちだろう……心配だわ」


 さっぱり見当がつかず、エミリアは頭を捻り。はっとなって、左手を広げた。


「〝噂語り(ローマートーカー)〟! こいつで!」


 それは以前、イリスが作ってくれた青銅のすり鉢。もちろん、精霊の宿った「スキルが使える道具」精霊具だ。エミリアはすり鉢の底に口を添え、ぷーっと息を吹き込んだ。虹色の光が、あたりに広がっていく。輝きがすり鉢に戻るのを待つこと、しばし。


「よし、〝マナ皇女の居場所〟」


 虹色の光が、ふわりと飛び出す。床に点々と、灯りがついた。


「やっぱり、あっちに跳ねていったのね。急い……この床歩きづらっ」


 エミリアはぶよぶよとした床を、慎重に迅速に進みだした。



 ☆ ☆ ☆



(明かりに困らないのはいいけど……なんかここ、くらくらする)


 聖剣を片手で握り締め、エミリアは左手で額を押さえた。じっとりとした汗がにじんでいる。青く暗い発光をする壁に囲まれたダンジョンは、妙に湿度が高い。それに加えてエミリアは、何か力が抜けるような感触を覚えていた。


(帝城地下にできてたダンジョンは、私も潜ったけど……こんな感じでは、なかったのに。あそこも多少はだるかったけど、ここはなんていうか)


 エミリアは深く息を吐き、天井を見上げる。


(力……いえ。〝もやもや〟を引き出されて、吸われている気がする)


 エミリアが感じている〝もやもや〟。胸の奥から湧き出て、時に全身を駆け巡り、あるいは外に出ることもある……謎の代物。イリスに対して発揮されることが多く、嫉妬などの感情を促し、どうも聖剣を〝光の剣〟にも変えてくれるようだ。〝魔力〟と呼ばれるものなのかもしれないが……確証はなかった。


(スキルの源泉になるって言われるけど、魔力がなんなのかもよくわからないらしいし……貴族の血筋は継承してる、とは言うけれど。っ……明らかに、吸われてる。力が、入らない)


 大きくため息を吐く。気分も悪く、しかし何か強い衝動がエミリアを突き動かした。マナ皇女を助けなければ、ならない。あるいは……姉を愛していると言いながら、イリスと自分を汚らわしいと言う彼女に。



 ――――それは素晴らしいものだと、わからせねばならない。



(…………ハッ。私、何考えて……とにかく、進みましょう。こっちで合ってるし。というか、どこまでずんずん進むのよこの子。大人しくしておかないの?)


 最初に墜落して、跳ねて奥に行ったところまでは、わかる。だが足跡を追っても、なかなかマナ皇女に追いつけないでいた。彼女がなぜ移動しているのかわからず、エミリアは首を傾げる。


「まだ出来立てのダンジョンなのか、モンスターがいないのが幸いね……でもきっと〝核〟はある。それを壊さないと。入り口は飛べでもしないと、戻れないだろうし。早くマナ皇女を見つけて――――」




「いやっ、こないでーッ!」




(声! マナ皇女!)


 真っ直ぐ奥ではなく、少し先で曲がった角の向こう。エミリアは声のした方へと駆ける。


「――――マナ様、今!」


 曲がり角を大回りで走り抜け、速度を落とさず標的を視認。一気に迫って――――。


「……………………助けた方がいいんですか? これ」


 1m大のゼリーにのしかかられる、皇女を見つけた。


「あなた、早くまも、魔物!」

「その魔物、害はありません」


 エミリアは冷静に告げる。



「………………………………へ?」



 涙目のマナが、ぽかんとした顔で小さな声を上げた。



 ☆ ☆ ☆



 ぷよぷよとした魔物「スライム」を皇女からどかし、彼女が落ち着くのを待ってから。


「これはスライム。魔物に成れなかった……なりそこない。ダンジョンから出る力もなく、ダンジョンが破壊されると消えてしまいます」


 嘆息交じりに、そう説明した。スライムに寄られながら、座り込んだままの皇女が、怯えた顔を見せている。


「その。金属を溶かしたりとか」

「しません」

「物理攻撃効かないとか」

「ナイフで刺すと死にます」

「ふ、服だけ溶かすとか」

「ありません」

「や……やらしいこと」

「そんな生態はないです」

「そんな馬鹿な、どこがスライムだと言うの!?」

(それはどこ知識のスライムなのよ……)


 「お姉さま、まさか嘘を仰って……」などと呟いているマナを一瞥し、エミリアは改めて周囲を見渡す。スライムが一匹、皇女に寄り添っている以外は……特に何もない。


「救援は呼んでありますから、半日もすれば救助が来ます」

「うっ、こんなところに半日も……」


 青い顔のまま、マナが呟いている。心細いのはわかるし、エミリアは少し口調を緩めた。


「お嫌なら、私がダンジョンの核を探して、破壊してきますが。そうすれば、外に出られます」

「えっ、わたくし、その間ここで一人で待てと……?」


 皇女が顔を上げる。瞳が少し、潤んでいた。エミリアは少しの罪悪感を覚え、ため息を飲み込む。


「ついてきても構いませんよ?」


 なぜかマナが顔を背け、曇らせる。エミリアは首を傾げ、彼女に近づいた。


「近寄らないでッ! ――――つぅ」

(あー……足、捻ったのね。それでよくここまで、逃げてこれたもんだわ)


 叫んで足を押さえるマナを見て、エミリアは大きくため息を吐いた。エミリア自身も若干の疲労を覚えており、彼女は頭を弱く振る。力が吸われる感覚は、まだ収まっていなかった。


(私は、いい。この子をなんとかしなきゃ)


 先ほどは罵倒に自らを突き動かした〝もやもや〟が、今は彼女を助けよと衝動をもたらす。エミリアは感情に身を任せ、まずは安心させようと微笑みかけた。


「移動するかはともかく、手当しますよ。痛いの、いやでしょう?」

「ぅ……」


 皇女がなにやら、躊躇いを見せている。自分を責めるでもなく、しおらしい彼女を眺め、エミリアは反応を待った。


「わたくし、あなたに酷いことを言いましたのよ……? どうして助けるのです?」

(いい子かッ)


 そっと涙を零すマナに突っ込めず、エミリアは言葉を飲み込む。咳ばらいを一つし、肩の力を抜いた。

 エミリアにしてみれば……〝無才〟だとなじられるのだと慣れっこだ。王国の頃は王子と婚約して庇護される以前、それこそ無才ゆえに血で血を洗うような争いに巻き込まれた。帝国は確かにスキルによる価値観が根付いているが、そのせいか排斥は人の所業のうちである。

 イリスとの仲を揶揄されてるのだって、半分以上はイリスとエミリアが悪い。人前で堂々とやっていれば、責められて当たり前だ。そんなの、男女間でも一緒である。法で許されていない関係ならば、許さない人々がいるのは当然であり、彼らを責めるのはお門違いである。


(そう。私たちが悪いんであって、責めるマナ皇女は悪くはない。むしろ、酷いこと言ったのは私のほうなのよね……また今度になるだろうけれど、きちんと謝らなきゃ)


 エミリアは穏やかな微笑みを浮かべ、顔を上げた。


「それならお互い様です。言われた分、先ほどガンガン言い返しましたので。その上で」


 顔を上げた皇女が、瞬いている。


「人を助けることなど、当然でしょう。これでも、貴族に生まれた女ですので」


 彼女の目が見開かれるのを眺めながら、エミリアはきっぱりと言い切った。マナの頬が少し緩んだのを確認し、エミリアは聖剣を手の中に仕舞った。


「では治療をします。いいですね? マナ皇女」

「それはまぁ…………ぇ?」

「包帯とかは……ぉ。あったあった」


 清潔な布、添え木になりそうなものを手早く取り出し、ふと皇女と目が合って。



「あなた、〝無才〟じゃなかったの?」



 呆然とした彼女の呟きを聞いて、サーっと血の気が引いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング

――――――――――――――――
婚約は破棄します、だって妬ましいから(クリックでページに跳びます) 
短編版です。~5話までに相当します。
――――――――――――――――

――――――――――――――――
伯爵になるので、婚約は破棄します。(クリックでページに跳びます)
新作短編、6/14(土) 7:10投稿です。
――――――――――――――――

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ