07-05.深夜の内緒話。
エミリアとイリスが大学に入って、数日。夜も更けた帝城で。
エミリアは。
「あぁーッ! イイィィィ効くぅぅぅ――――」
あられもない声を上げる皇帝の……肩を揉んでいた。
「部屋に帰ってからやれ」
(私だってそうしたいけど……イリスがしてって、言うんですもの)
皇太子ヘリックの目の前で。
「あなたが残れと言ったのでしょう、ヘリック」
「そうだが。なぜこうなった……」
エミリアが文句を言うと、皇太子は頭を抱えてため息を吐いた。エミリア、イリス、ヘリックの三人で、密談しようというところだが……イリスが疲れ、力尽きた。首の付け根をくいくいと揉んでやると、イリスは声もなくびくびくと震えている。エミリアはひと段落ついたとほっと溜息をつき、顔を上げた。
「イリスの再起動はもう少しで終わるから、待ってちょうだい。潜入捜査のこととかは、また後で」
「そうだな。そういえば、ゾランダルと会ったのか?」
急に第二皇子のことを振られ、エミリアは眉をひそめる。彼には学内や城で会うたびに、何かと声をかけられていた。そばにいると妙に〝もやもや〟するので……エミリアは少し、彼が苦手だった。
「まぁね。どうして?」
「やたらとお前のことを聞かれた。なんだ、また惚れられたか?」
曖昧に頷いて追い返すと、案の定だった。兄の目から見てもゾランダルに執心されているようで、エミリアはげんなりとする。
「……あなたたち兄弟、趣味が似すぎなんじゃないの?」
「強烈な女を知ってるからな。そのせいだろう」
(アイーナ皇女と私が似てるってこと……? 嫌すぎる情報だわ)
エミリアの頭の中では、亡くなったアイーダ第一皇女は、かなりエキセントリックな女だった。弟のディアン第三皇子と恋仲だった疑いがあり、彼のためにスキルを使い果たして発狂……処刑された人物なのだ。優秀だったのかもしれないが、人格面が聞けば聞くほどいろいろとヤバイ。
「どんな方だったんですか? アイーナ皇女って」
「興味があるのか? イリス。他の女に」
「エミリア様以外に、興味なんてないです。今回の件の核心ですから、把握したいんですよ。それで?」
頭を起こしたイリスが、ダルそうに尋ねている。エミリアもまた興味があるので、ヘリックの返事を待った。彼は、大きなため息を吐いている。
「誰にもなびかないのに、情が深い。そんな女だった。オレから見れば、な」
「ディアンからは?」
思わず口をついて、エミリアは質問を重ねる。皇太子が渋面を作った。
「〝俺を狂わせた女〟だと。あー……マナも同じようなことを言っていたな。いやまさかな……?」
(マナ皇女が?)
エミリアは思い出す。彼女がエミリアとイリスのことを「汚らわしい」と言っていた、その時の苦悶を。
(アイーナ皇女と仲がよかったのかしら……必要以上に――――)
まるでかつて、自身がそう責められたことがあるような……そんな怨嗟が籠もった声を。
「発狂して処刑されたとなってますが、記録には何をしたかが残ってないのですよね。そこは?」
「……誰にも言うなよ」
イリスに聞かれたヘリックが声を落としている。エミリアとイリスは視線を交わして頷き、テーブルにぐっと身を乗り出した。
「精霊竜を作ろうとした」
誰かの視線をはばかるように、ヘリックが告げる。帝国に加護を与えるドラゴンと同じものを作る――――荒唐無稽な話だが、エミリアは冗談と笑うことが、できなかった。やりかねない……なぜかそんな、確信がある。
「可能かどうかとかは、オレにはわからん。だがやろうとして……その前に捕まった。ディアンが、捕まえた」
(そのまま処刑された、か。それはディアンも……やりきれないし、狂わされたと言っていい事件ね。それに、これまでのことを総合すると、作ろうとした目的は……精霊竜との約定の改版、かしらね)
エミリアは結ばれない恋の末路だと想像し、弱く首を振る。
一方のイリスは腕を組み、別の事を気にしているようだった。
「その技術の一端を使って、ダンジョンを生成……ということですか。危険ですね」
「ああ。父上も、それがアイーナの遺したものだと直感はしたらしいが、確証あっての話じゃないそうだ。あの〝魔核〟という代物と、使い方を記したメモだけが私室に置かれていたらしい」
ヘリックは、港町に隠居させられている先帝トーガスタに、以前の封鎖事件について事情聴取に行っていた。この秘密の会合は、そこで得られた情報を共有するためのものでもある。
「〝魔核〟とやら、形状は?」
「黒いだんごのような、ぶよぶよとしたものだそうだ。目が開くように白くなることがあって、それが向いている方に〝宿せる〟ものがあると言ってた。何が該当するかは、やるまでわからんのだと」
(不安定な代物ね……)
ゲームでも現実でも、聞き覚えのないアイテムの名であった。得体のしれない代物に、エミリアは奇妙な不安を覚える。
「渡されたものは一個だけ。だから大学のダンジョンは父上も知らないのだそうだ」
「となるとやはり……」
「あそこに犯人がいる」
イリスの問いかけに、ヘリックが断言している。エミリアとしても、異存はなかった。
「封鎖の折、逃げた可能性は?」
「職員も生徒も、全員戻ってきた。幸か不幸か……その中にいると見た方がいい」
「まだ何かやる気だということ、でしょうね」
「だろうな」
(もしアイーナの遺志を継いでいるのだとしたら、目的は精霊竜の作成……か。今いる精霊竜ジーニアスにぶつけて、倒すつもりなのか。あるいは新たな約定を結んで、この国を覆すつもりなのか……)
もし、竜との約定にある〝結婚は男女のものである〟という定義が覆せれば――――エミリアはそんなことを考え、首を振った。過激派なイリスが、こんなときに限ってやろうと言い出していない以上、それはきっと悪手だ。
そのイリスは、深くため息を吐いていた。
「学内の調査は、あまり進んでいません。一番怪しいのは、精霊工学のジャクソン教授なんですが」
「なぜだ?」
ヘリックの疑問に合わせ、エミリアも首を捻る。イリスが彼を疑っているとは、初耳だった。
「〝魔核〟はどう見ても、物に精霊を宿す手段の一環……だから分野としては、精霊工学になるはずなんです」
「なるほどな。当たってみたのか?」
「研究室には入りましたが、今のところは何も」
(ん? ひょっとしてそれ、イリスは最初からあそこに入る気だった……?)
先日の研究室行脚を思い出し、エミリアは頬を引きつらせる。だいぶ無駄足を踏んだのではなかろうか。
「アイーナ皇女の記録が全然残ってないから、大変なのですよね……どこの研究室に所属していたかとか、わかればいいのに」
エミリアの気も知らず、イリスは愚痴のように言葉を吐き出している。疲れている様子を感じ取り、エミリアは彼女の後頭部を優しく撫でた。
「書類は全部処分されたからな、父上の手によって。教職員には、当時からまだ残っている者も多い。少しずつ聞いてみるといいだろう」
「そうします。学内のわたしらへの扱いが非常にアレなので、難航しそうですが」
エミリアもイリスへ追随するように、二度三度と頷く。しかし何やらヘリックは、険しい表情だ。
「…………人目をはばからずイチャついてると噂を聞いているが。そのせいじゃないか?」
「それ以前にエミリア様をコケ下ろしたり、わたしが権力に近いからって拒絶する輩が多いんですよ。保守的というか、排他的ですね。あの大学」
エミリアは視線を泳がせる。イリスはご立腹だが、あれだけ派手にいちゃついていたら、噂の原因の八割はそのせいだと言われても反論できない。
「あそこは、そういうところだ。俺やディアンは肌が合わなかった。研究第一だが、自由に研究できる機関では……もうなくなっているな」
(研究より金が大事って感じだしね……権威を笠に着た、集金マシーンって感じだわ)
何かに追い立てられているかのような学内の様子を思い出し、エミリアはぼんやりと考える。のびのびやっている者など、エミリアの周りや……金稼ぎが必要ない者たち、くらいだ。
「あ、噂と言えば」
エミリアは一人の人物を思い出して、口を開いた。
「その発信源、たぶんマナ皇女なのだけど。あの方、どんな子? ヘリック」
ヘリックは嫌そうな顔をした。おそらく、噂の発信源が妹だということに対して。
「人に甘えるのが苦手な……不器用で可愛い妹だ。権力などと離れたところで、いい男に嫁げればよかったろうに。まるで……」
「まるで?」
「アイーナの影を、追っているようでな」
(また第一皇女か)
エミリアはうんざりとため息を吐く。対するヘリックは、何か諦めたような顔だった。
「大学に入ったのもそう。西方の商業国家、レモールの王子と婚約したのもそうだ」
「婚約……ってつまり、その王子の元のお相手は、アイーナ?」
勘で尋ねると、皇太子が首肯した。
「そうだ。案外、アイーナの足跡を辿りたければ、マナに聞くのが一番かもしれん」
(めっちゃ嫌われてるから、難しそうね……)
金髪縦ロールから繰り出される、語彙豊富な罵倒を振り返り、エミリアは気鬱さを紛らわせるようにイリスの頭を撫でる。
「あのゾランダルっていけ好かないやつは、どうなんです?」
「人の弟をはっきり悪く言うなよ……あいつは」
イリスの攻撃的な口ぶりに、ヘリックが眉毛を寄せて悩む顔を見せた。
「オレも、何を望んているのかよくわからん。あいつだけは、な」
(家族大好きヘリックでもわからないとか。厄介な奴に、目を付けられたんじゃ、私……)
エミリアは今世での男性遍歴を振り返り。
最後に、イリスをじっと見つめた。
(今更、か)
「エミリア様、何か今失礼なこと考えませんでした――――あひゅっ。ああぁぅぁぁっっ」
振り向いたイリスのつむじをもんでやると、面白い声が出た。そこに。
「部屋でやれ」
皇太子の、深い深いため息が混ざった。




