07-02.誰が誰のモノか。
正門入ってすぐの広場には、徐々に人だかりができていた。中心はイリスとエミリア。そして対峙している、金髪縦巻きロールのお嬢様。夜会に着ていく派手なドレス……のような制服姿だ。値段も高く、スカートのプリーツより維持が大変で、不人気な品……だったはずである。
(ゲーム二作目の悪役令嬢ね……そういえばヒロインはどこだろう? デフォルトネームがないから、目立つ活躍してないと誰なのか判断つかないわ)
前世の記憶になぞらえながら、エミリアは視線を走らせる。一作目の悪役令嬢たる自身が、なぜかヒロインのような扱いを受けていて、少し滑稽でもあった。
「聞いておられますの? イリス皇太子補佐官殿。お兄さまに気に入られたからって、越権が過ぎませんこと?」
(越権も何も、この子が最高権力なんだけど)
エミリアは思わず突っ込みそうになり、口をつぐんだ。彼女の隣で、イリスが半歩前に出る。
「マナ皇女。わたしがこの方を引き連れてきたのでは、ありません。そもそも、大学の入試を突破した入学者です。入学者は入学式への出席を義務付けられています。スキルの有無は、問われません。それがこの大学のルールです」
「疑わしいものですね。使用人を連れて入れないからと、従者に受験させたのではありませんの? 能だけあっても、品位が貶められては、大学もたまったものではないでしょう」
(おっと、それはオレン王国に喧嘩売ってるのね、マナ皇女)
ややこしくなるので口には出さない。だが王妃になる予定だった女としては、さすがにちょっとムッとした。エミリアに品位がないなどとなったら、それはオレン国王や王妃への侮辱にもつながる。
嘲る皇女を思わず睨んでいると。
「ああ、では逆ですね」
隣の皇帝が、不敵な笑みを浮かべていた。
「わたしはエミリア様の従者として、まだ雇用契約を結んだままです。よかったですね、マナ皇女。品位とやらは、守られそうですよ?」
「なッ、皇て――――皇太子補佐官がっ! 〝無才〟の平民の使用人ですって!? 帝国の権威を、なんと心得ておられるのッ!」
(その雇用契約ばらすの!? というか今、皇帝って言いかけたわね皇女……危ないなぁ)
エミリアはかつて、オレン王国の貴族学園に通っているとき、イリスをメイドとして雇っていた。その契約は今もそのままである。イリスが「わたしはエミリア様のメイドですから」とアイデンティティよろしく大事にしているので、なかったことにできないのだ。
当然、そんな私情など誰も知らないので。
「え、〝無才〟に〝万才の乙女〟が雇われてる?」「何それ、不正とか……」「あの女、まさかイリス様を無理やり?」
見当違いで無責任なざわめきが、広がる。エミリアは顔には出さず、胸の内でうんざりとした。イリスは周囲の反応など一顧だにせず。
「精霊竜ジーニアスとの約定こそ権威の根源。そこにはスキルの存在も、貴族や皇帝についてすらも書かれていません。約束こそ、帝国の象徴です」
マナ皇女に言葉を叩きつけている。自身のいろんな私利私欲の結果生まれた捻じれた関係を、イリスが原理原則で包み隠していた。エミリアは、イリスの真面目な顔がおかしくて笑い出しそうだったが、手をぎゅっと握って必死になって堪える。
「わたしたち二人は、様々な契約や約束事に基づいて、この場所に立っています。ご理解ください、マナ皇女」
「ふぐっ、そのような正論で――――」
マナ皇女が振るった手を、何者かが掴んだ。
「お、兄さま?」
「栄えある入学式の式次第に影響が出ることの方が、問題だ。皆も、時間だ。急ぐように」
背の高い、眼鏡をかけた男。彼はマナの腕を離すと、やじ馬たちをぐるりと見渡した。その切れ長の視線を受けて居心地が悪くなったのか、一人、また一人と輪から離れていく。
「ゾランダル皇子」
「イリス補佐官」
今度はイリスと男が対峙している。彼の後ろでは、マナ皇女が悔しげな表情で、イリスを睨んでいた。エミリアはゲームなどの情報から、男の素性を振り返る。
(第二皇子ゾランダル……スキルよりも、貴族の血統を重んじる男だったはず。そういえば、大学生だったわね)
「あなたはともかく、エミリア嬢には帝国皇族として、敬意を払わねばならない」
「えっ。私?」
急に自分に視線が向いて、エミリアは目を剥く。思わず視線を泳がせると、眉根を寄せるイリス、驚愕するマナと目が合った。
「勘当された、とも聞くが……王国に事情があるのは理解している。王妃候補と名高かった麗人と、こういう形で再開できたのは、喜ぶべきか、悩むところですが―――」
一歩、二歩、とゾランダルが距離を詰めてくる。エミリアは下がるわけにもいかず、キョロキョロしてからぐっと腹の底に力を入れ、第二皇子を正面から見上げた。
「よろしければ、お手を」
彼が膝を折る。エミリアはイリスに視線を送ったが、滅茶苦茶嫌そうな顔をされた。目の端には、顔を赤くして首を振っているマナが映る。
(や、ちゃんと礼儀を示してるし。答えないと大問題だし。形の上では勘当されてるとはいえ、パーシカム公爵家の娘として、皇族の礼を無視できないし)
エミリアは進み出て、右手を差しだした。ひざまずいたゾランダルが恭しく手を取り、その甲に軽く唇を押し当てる。厚ぼったい柔らかさが触れ、後にほんのすこしだけ食まれた。背筋を、甘い震えが駆け抜ける。
「変わらずお美しい」
彼が視線を上げ、それからゆっくりと立ち上がる。瞳に僅かな揺れが見えて、世辞ではないのだと見て取れた。甘やかな低音の男声は胸の奥に響いてくるようで。
(なんか、〝もやもや〟、する……)
エミリアは頬に熱が昇りそうになり、慌てて息を呑んで堪える。
「学年は違いますが、共に学べることを誇らしく思います」
「ありがとう存じます、ゾランダル様。その……よく私のことを覚えておいでで」
皇子がなぜか自分を覚えているのは、これで三度目である。彼らが王国を訪問したことがあるのは、確かであるが。それにしたって、エミリアとしては少々、納得がいかないものがあった。
「ジーク王子さえ……と考えてしまう程度には、あなたは忘れられぬお方です」
(だからなんで帝国皇族はみんな、悪役令嬢の私に引っかかるのよ……おかしくない?)
多少うんざりとしながら、あるいは……胸の鼓動を誤魔化しながら。少しだけ視線を鋭くして。
「それでは私は、式典の準備がありますので」
丁寧に頭を下げて、校舎に向かうゾランダルを見送った。マナ皇女もこちらを一睨みしてから、彼に並んで立ち去る。
(帝都封鎖騒ぎのときは、他所に逃がされていた皇族二人と即邂逅とは……ほんと、ゲームみたいだわ。なんで世界のヒロインが隣にいて、私が引き合いに出されるのかさっぱりわからないけど――――ぉ?)
急に左手を掴まれ。
ぐいっと引き寄せられた。
「お、ちょ、その、イリス? イリス様?」
割と近くにある、イリスの顔。青い瞳が細められ、どこか艶めかしい。彼女の左手が、エミリアが左手首に着けた腕輪を、愛おしげに撫でている。
「雇用契約はともかく、これは……あなたがわたしのモノだと示す腕輪。エミリア」
「はい―――ひゃあ!?」
イリスがエミリアの膝裏に手を差し入れ……横抱きにした。
「行きますよ。あなたが誰のモノか、わからせねばならない」
「ちょ、イリス下ろしてこれダメだって人前ッ! イリス様ーっ!?」
お姫様のように抱えられ、エミリアは持ち運ばれていく。周りからは、赤い顔や驚いた顔の生徒たちの、視線。すぐ近くには、イリスの整った顔。
(うぐ、恥ずかしいから止めたい……けど良すぎる……心臓、止まりそう)
あまりに胸の鼓動が高鳴り、今にも破裂しそうで。
エミリアは密かに、命の危機を感じていた。
そんな中。
(あれ? あの男……)
背の高い男性が、自分を見ている。肩に手足の長い……サルを乗せていた。目を引くが、エミリアが着目したのは、そこではない。
顔に、見覚えがあった。
(まさか、ジーク殿下の……?)
黙って自分を見つめている瞳に、見送られながら。
エミリアの心臓は、羞恥での高鳴りと、不穏での胸騒ぎに忙しかった。




