07-01.招かれざる留学生。
帝国国立大学。この世界で随一の権威を誇る学術機関だ。研究がとにかく盛んで、入学早々学生もどこかの研究室に配属される。成果が出ているなら給金まで出て、そうでなければ学費を払う。大きな研究室などは、例年学生が殺到するらしい。
(けど高校みたいな感じもあるわよね……? 制服が複数種類あって、選んで着て行ける、なんて)
姿見を前に、エミリアは首元のリボンを整える。彼女が選んだのは、えんじ色のシックなセーラー服だ。スカートが思ったより短くて、貴族生活が長い身としては気になるものの……前世ではブレザーばかりだったので、エミリアはテンションが上がっていた。
「でも似合わないわねぇ。髪色が重たいから、ちょっと全体が……あと」
エミリアの髪は、濃い灰色である。父は綺麗な銀で、どちらかというと母に近かった。
(年を考えると、はしゃぎ過ぎたかしら。でも、イリスはこれがいいって言うし……)
今世のエミリアは、まだ17にもなっていない。だが前世を合わせると、倍以上だ。三倍にはならないが、ちょっと学生服を着てはしゃぐ年齢ではないと感じる。貴族のドレスや、落ち着いた旅装ではあまり意識することもなかったが、若さを感じさせるファッションには正直気後れしていた。
(正直、見せるの恥ずかしいんだけど……なんていうかな、イリス。早く帰ってこないと、遅刻しちゃうのに)
自分の姿から目を逸らしたエミリアは、すぐにイリスのことで頭がいっぱいになった。半年近く前、晩秋の頃。この帝都の封鎖事件を解決し、王国との戦争を回避し、皇帝にまでなったエミリアの。
――――恋人。
「ここ最近は、ずっと忙しそう。あんまり構ってもくれないし……じゃない。私がむしろ、癒してあげなきゃ。あの完璧超人のイリスが疲れを見せるなんて、よっぽどだもの」
唇を噛みしめ、エミリアは両の拳を胸の前で握り、鼻息荒く決意を固める。
そこへ。
「エミリア様、お待たせしました!」
朝日がようやく薄く差し始めた部屋に、ノックもせずに乱入者が一人。もう一人の部屋の主……イリスだ。エミリアはスカートを翻し、満面の笑みを持って迎えた。
「イリス! 朝議は終わっ…………どうしたの?」
暗いうちから会議に出ていた、豪奢な装いの皇帝陛下は……何やら赤い顔をして固まっていた。
「せいじょがいる」
イリスの言葉に――――エミリアは顔を、綻ばせた。
「魔女の間違えじゃないかしら。ほら、あなたも早く来なさい。その服、一人じゃ脱ぎづらいでしょう」
妙に緊張した様子のイリスを姿見の前に立たせ、エミリアは服の中に手を差し入れ、いくつかの留め金を手早く外していく。一見して普通の服……男装なのだが、威容や威厳を見せるために、ずいぶん工夫がなされているようだ。軍服とドレスの融合を思わせる。
「〝優生保護法〟の撤廃、うまくいってないの? このところ、会議づくめじゃない」
服を脱がせながら、エミリアは話を振る。イリスの髪や体が近くて、ふわりと香の匂いがした。
「あ、いえ。そちらは通りそうで……元老院も認めました。ヘリックの就任式典にもめてるくらいですね」
「もめてる? なんで」
「トーガスタのせいで、国庫に余裕がないんです。わたしは無駄だと思うんですが、派手にやりたい人も多くて……」
「ヘリックはなんて?」
「〝ご老人方の意見も尊重すべきだ〟と」
エミリアは小さく息を吐き、皇太子ヘリックの見解に小さく頷く。外した布を丁寧に布団やテーブルの上に置いて、また抱きすくめるようにイリスの服を脱がせる。肌に触れると、鍛え上げられた肉体にうっすらと脂肪が乗っており、柔らかく滑らかだ。
「派手に祝って祝賀ムードを出し、国民にお金を使わせるべきね。それで税での回収を狙った方がいいでしょう」
イリスに触れての興奮を押し隠すため、案を出す。鏡の中のイリスの顔が、ぱぁっと輝いた。
「おぉ、なるほど。回収の当てがあるなら、今使っても構わないと。さすがエミリア様」
「当ての確かさ予測はほしいし、外れた場合の補填も考えたほうがいいけどね。えっと、制服は?」
下着以外を脱がせたので、棚を開ける。イリス用に合わせた、何種類かの制服が吊るされていた。
「ぉ、同じので」
「ん。着せてあげる」
必要は特にないが、エミリアはセーラー服の着替えも手伝っていく。スカートを履かせ、上着をすっぽりと。正面に回り、イリスを見つめながらリボンを整えていく。
「ふふ。聖女様はあなたじゃないの」
目を細め、彼女を近くで眺める。眼福であった。金糸と青い目の光、赤いリボン、えんじのセーラーカラーに、同じ色の暖かな上着。スカートも見事なプリーツで、帝国の工業縫製技術の高さをうかがわせた。
「ちょぉっと……色、合わないですかね」
エミリアは下がり、姿見で自分の恰好を確認しているイリスから距離をとる。
(そんなことないわ、最高よ……たまんないわ)
潤む瞳で一ながめしたあと、テーブルに置いておいた装飾品を手に取った。
「色については、お互い様ね。あとはブローチと」
〝竜鳥の涙〟という桃色の差した貴石があしらわれた、ブローチ。エミリアとおそろいだ。リボンに挟むように、取り付ける。
「あ、エミリア様。腕輪も」
「おっとそっか。私がしておかないとね」
イリスが外し、エミリアに渡してきたのは、銀の腕輪。帝国で〝無才〟が誰かの所有物であることを示すためにつけられる、装飾品。これは元々、精霊竜から皇帝が賜った国宝の腕輪を「才ある者が保護している」という意味で模した代物だ。だから素材が違うだけで、意匠は同じになっている。
イリスが身に着けていたのは本物の国宝であり、それがそのままエミリアに着けられた。
「まさに。皇帝の所有物、ということになるのね……イリス様?」
「にゃっ!? そ、その呼び方はやめましょうよ……」
可愛い反応にエミリアはつい笑い、それから少し真剣な目でイリスをじっと見つめた。
「ダメよ。私は正式に勘当を通知されたし、晴れて平民で〝無才〟の女。きちんと、あなたのものだとアピールしなくてはならないわ。ちゃんと呼び捨ててちょうだい」
「ふぐっ」
正面から、体が触れそうなほどに近づく。顔は赤いが、目は逸らさないイリスに、笑顔を向けて。
「ほら、私を呼んで? イリス様」
「エミ、リア…………さん」
「失格ッ!」
にこやかにダメ出しした。
「わーっ!? 勘弁してください、無理ですって!」
「私を守るためなんだから、ちゃんとしなさいって」
慌てるイリスに、エミリアは肩を震わせて少し笑う。
「あなたのものだって、わからせて? イリス様」
彼女の髪を、そっと整えて。
言葉を待った。
「――――エミリア」
顔が、近づいてきて。
思わず、目を閉じる。
息が、止まって。
「……私をわからせてどうする」
柔らかな感触が、遠ざかる。
半歩離れた彼女に、エミリアは抗議した。心臓が高鳴っていて、目が泳ぐ。
「可愛くてつい……」
えへへと反省なくイリスが笑うので。
今度はエミリアから。
半歩、近づいた。
☆ ☆ ☆
帝城から大学までは、ほど近い。エミリアはイリスに伴われ、徒歩でしずしずと正門をくぐった。
(つい――――イリスが可愛くて、時間ギリギリになっちゃった。遅刻すれすれね)
「会議で疲れたから」と元気いっぱいにおねだりされたことを思い出し、エミリアは赤くなりそうな顔から無理やり表情を消した。
「あれが噂の……」「神々しいわ」「皇太子補佐官でもあるって」「さすが〝万才の乙女〟だな」
制服姿の学生たちが、遠巻きに二人を見ている。
(入った途端にいろいろ言われるなんて。さすがにイリスは注目度高いわね……飛び級の留学生、最高ランクのスキル持ち、おまけに表向きは皇太子補佐官ってことになってる才女)
視線や声を感じ、エミリアはイリスの横顔だけに意識を集中した。どうせ周りは大したことは言っていないし、緊張して手足が同時に出ているイリスを眺めている方が、有意義だ。
「なんであんな地味な〝無才〟連れてるの?」
そこへ。エミリアに対する揶揄が、混じった。
「なんで権威ある大学に〝無才〟が……」「実家から勘当された令嬢だって」「没落したからって、イリス様に寄生してるってこと?」「王国貴族は汚らわしいな」
悪意が染みわたるように、広がる。小さく息を吐いて、エミリアは無視したが――――。
(あ。まずい、イリスが怒ってる)
我慢の効かない皇帝陛下を忘れていた。その目が据わり、口先が尖りそうになっている。エミリアは打開策をなんとかひねり出そうとして。
「栄えある帝国大学の入学式に〝無才〟を連れ込もうとは。補佐官殿は常識をご存知ないようですわね?」
間に合わなかった。
突如立ちはだかった、金髪縦巻きロールのお嬢様に、思いっきり挑発されて……イリスのこめかみに、明らかに青筋が立っていた。




