06-17.二人の愛の証。
「気づいてらっしゃるかと、思いますが」
皆が遠く、二人きりになって。
「わたしは、嘘を吐きました」
イリスがそう、呟いた。エミリアは何のことか……すぐに、思い至った。
「…………知っていたのね。〝竜鳥の涙〟を、男性が女性に贈る、伝説。愛の印だと」
「はい。知っていて、ジーク王子から受け取りました」
かつてエミリアは、ジークからこのブローチを受け取り……彼を愛した。それは前世の記憶を取り戻すほどの、強い衝撃だった。
その後、エミリアの目の前で、ジークはイリスにも同じものを渡した。有能な彼女を、取り込む意図があったのだろう。だがエミリアはそうは思わず、ジークの愛を疑った。無邪気に「おそろいです」と喜ぶイリスではなく、彼を疑った。
だが。
「さりげなく、わたしが求めてると、人づてに流して。知っていて、返しませんでした。あなたが傷つくと、知りながら、わたし、は」
それは真実では、なかった。イリスの手回しだったとするなら……彼女はずっと、エミリアを求めていたと推察できる。ジークとエミリアの仲を破綻させ、今のように傍に置くために、そうしたのだと。王子と婚約した公爵令嬢と、男爵令嬢が結ばれることなど、あり得ないのだから。
その身分差を、性別を超えるためには。そうするしか、なかったのだと。
「うれしい」
「はい?」
思わず呟いたエミリアに、意外そうな声が返ってきた。きっとずっと、バレたら自分に嫌われるかもと怯えていただろうイリスを想い、エミリアは笑みを深くする。
「私は、あなたを求めることを、最初からあきらめていた。遠い世界の存在だ、って。絶対手が届かないって。私が今、あなたの隣にいられるのは」
世界のヒロイン、イリス。乙女ゲームの主役であり、どんなことでもできるようになる〝万才の乙女〟。その努力は身の内から彼女を輝かせ、眩いオーラが宿っていた。彼女はエミリアにとって、とても遠いアイドルのようだった。画面の向こうから眺めていた頃も、そう思っていた。悪役令嬢という、彼女の当て馬に転生してからも、そう思っていた。
出逢って、すぐ傍にいられるようになってからも。
そう思って、いたのだ。
手は、届かないと。
「イリス……あなたがずっと、諦めず、手を伸ばしてくれていたからなのね」
左手を、ぎゅっと握り締める。もっと多く触れるようにと、指をすり合わせながら。
「でも、わたしは。エミリア様を」
「いいの。そりゃあ間違いでしょうよ、あなたのしたことは。誰に聞いてもそう言うし、私だってそう言うわ。でも私はあなたになら、何されたっていいし。それに」
一気に語り、エミリアはほうっと息を吐く。歓びが体の内側を駆けのぼり、少し鼻の奥がつんとした。
「そうしなきゃ、私を手に入れるのは無理だった……そのくらいのことは、わかるのよ」
「…………まだ手に入ってません」
イリスが拗ねたように答える。前を向いた彼女の口が少し尖っていて、可愛らしい。
「そうね。皇帝になっても無理じゃあ、私たちが結婚するなんて無理でしょうけど」
「諦めません。国を作ってでもやります」
この世界に、同性婚が認められる地などない……はずである。帝国が精霊竜と結んだ約定のように、どこかに〝男女〟の結びつきを是とするものが、記されていることが多い。だがイリスは鼻息荒く、意気込みが感じられた。
「そこまで? こだわるわねぇ。私はあなたの傍にいられれば、それで……」
「わたしは嫌です。子どもとかも」
「そこまで!? 人間辞める気……?」
「必要なら」
エミリアは驚愕し、思わず少し飛び上がる。イリスの顔が、ゆっくりとこちらを向いて。
「まだ求め足りない。もっとあなたが欲しい。わたしにできることを、できないことでも……どこまででも、やり尽くしたい」
青い瞳が、じっと見つめてきた。潤むように。あるいはどこか、飢えと渇きを感じさせて。
「……きっとあなたなら、なんでもできるわね。私だって、負けてないんだから」
「はい、エミリア様……」
「イリス……」
互いの顔が、近づき。
「ひゅー!」「きーす、きーす!」「ちょっとあなたたち!」
囃し立てる声に、思わず離れた。見れば、馬車が動き出している。エミリアは慌てて、右手を高く振った。
「行ってらっしゃい、みんな!」
「またね!」「また一緒に呑もう!」「早く押し倒せー!」
仲間たちの声が響く。別れの悲壮さはなく、誰もが笑顔だった。
「エミリー! また必ず!」
「ガレット! 会いに行くから!」
友もまた、珍しく顔に笑みを乗せていた。それが、嬉しくて。
「誰かそのへたれを幸せにしろーッ!」
エミリアは目いっぱい叫んだ。
笑いが巻き起こり。
遠くなった。
馬車や馬の群れはほどなく、視界から消える。
肩で息をしていたエミリアは、深く呼吸し、ため息を吐いた。
左手がぎゅっと握られ、少し笑って彼女を振り返る。
「行きましょう。春に向けて、忙しいわね?」
「ええ。政務を片付けないと、大学に入れなくなってしまいます。でもその前に」
ぐいっと頭を引き寄せられて。
少し、息が止まって。
「…………外はやめましょうよ」
「妬けたんです。我慢できません」
(可愛い猛獣だこと……)
絡めた指は離れることなく、手を引かれ。
二人ゆっくりと、寄り添って。
帝城への道を、引き返した。
肌寒さを感じる風から互いを守り……温め合うように。
これにて、第六章完結です。次は第七章、学校イチャイチャ編……帝国大学編になります。




