06-13.先帝の居場所。
宴の日以降、エミリアは奔走した。しかし。
ディアンの情報を探り、先帝の居場所を掴む作戦は――――難航した。
ヘリック第一王子が協力してくれ、皇帝ディアンの予定はわかる。だが、当然に五つの鍵のかかった部屋には、見張りがいた。鍵については、写し紙からすぐ合鍵を作れた。しかし部屋の場所、見張りの交代時間、侵入経路……調べなければならないことは、多い。どうしても時間がかかり……すでに幾日もが、過ぎていた。
その間も〝才の庭〟としての任務は続く。彼女たちは皇帝の政務補佐をしつつ、街中の魔物を快刀乱麻の活躍で退治して回り、内外にその活躍をアピールしていた。その才をやっかむ声よりも、今は拍手喝采で迎えられることが増えている。エミリアもまた、順調に功を上げていた。
そして。
イリスは――――まだ帰ってこない。
(高スキル保持者を、帝国亡き後の社会で生きていけるよう、その活用前例を歴史に刻み込む……それが〝才の庭〟の使命。確かに皆、スキルの〝癖〟になど呑まれることなく、平穏に仕事をこなしている。未来の明るさを、感じさせるわ。けれど)
皇帝の私室で、エミリアは精霊具〝噂語り〟を起動。虹色の光が、情報を収集するのを待っていた。ここが五つ目――最後の部屋である。この場所になければ、先帝の居場所を記した計画書は、処分された恐れもある。エミリアは焦りを抑えつけるように、別の事を考え続けていた。
それは。
(イリスはその輪の中に。いられるのかしら。だってあの子は――――)
しばらく会えていない、イリスのこと。
(なんでも、できる)
先日の宴でガレットと話して以来、少しずつ膨らんできた不安があった。実際にスキルの使いすぎで心を壊した、ガレット。亡くなってしまった、第一皇女アイーナ。では、イリスは。
(そのすべてが、スキルの対象。じゃあ、イリスの〝癖〟は? あの子の心は、今どうなっているの?)
エミリアは左の肘を、右手で掴む。眉毛を寄せ、細く息を吐いた。
(イリスは、私に執着している。それがどんな想いによるものかは、わからないけれど。あれがもし。もし私と同じように、〝癖〟の発露だとするなら。スキルによるものだと、するなら)
いなくなる前、激昂したイリスの様子を、自分自身に重ねる。胸の奥で強く〝もやもや〟が燻り、心を突き刺すようで。強い痛みを感じ、エミリアは身悶えた。
(私は、今もイリスのために、何かしてあげたくてたまらない。何をされてもいいとすら、想う。イリスも同じだと、したら)
毎日自分のために、ご飯を作って、世話をして、心を尽くしてくれていた、イリス。今は遠く、どこにいるとも知れない彼女。スキルのランクを思えば……エミリアよりもずっと、強い衝動を抱えているだろう、〝万才の乙女〟。
エミリアは強く、左の拳を握り締めた。
「急がなければ、ならない。早くしないと、イリスの心が、壊れて――――」
机の上に置いていた、青銅のすり鉢に光が集まった。エミリアは素早く持ち上げ。
(ここになかったら――――)
息を呑み。無理やり吸い込み。呼吸を吐き出しながら、問いかけた。
「〝先帝の潜伏先〟」
『――――皇帝トーガスタは、港町スキリーにて迎える。万が一の場合、船で国外脱出という触れ込みで、海軍をここに整え――――』
(あった! そうか、海軍! 陸路での王国攻めじゃなかったのね!)
エミリアは飛び上がりそうになり、すり鉢を両手で握りしめて自分を、抑える。溢れ出した喜びが、肩から背中にかけて、震えとなって抜けた。
「〝オレン王国攻めの計画書の場所、入手法〟……!」
『机の上から二番目の引き出し。開け方は――――』
(よし!)
慎重に引き出しを開け、指示に従って二重底から紙束を取り出す。中身を確認し、ペンと紙を出して、素早く一筆書き添えた。
「〝おせっかいな爆弾魔〟!」
細い筒を取り出す。もどかしそうに蓋を開け、中に計画書とメモを詰めた。
行き先を念じ。
(これを――――確実なのは、イリスのお父さま! ズライト卿、お願い! すぐに皆に知らせて!)
蓋を閉じる。ポンッと小さな音がして――中身が転送された、はずである。
(あとはお父さまたちにおまかせできる! 烈火団と連絡をとって、イリスを呼び戻して、大人しくしてれば良い! 勝ったわ!)
エミリアは道具を片付け、引き出しもしまい、小さく拳を握りしめ。
「――――驚いた。スキルが一つではないとは」
血の気がサーッと引いて、息ができなくなった。
「ディアン…………ガレット」
声を絞り出し、扉の方を向く。地味な服装の皇帝と、緑の目の侯爵令嬢の姿があった。
(ヘリック……つかまされたわね! あと2時間は、市中の見回りから戻らないはずなのに!)
心の中で悪態を吐き、エミリアは背筋を伸ばす。互いの位置関係を確認し……万が一のときは、窓から逃げることを決めた。ここは3階だが、なんとかするしかない。
「狙いは……親父の居所か? エミリア」
「エミリーよ。私的なご身分に戻られたわけでもないのに、行先を隠すとは。どういう了見かと思ってね」
「エミリー。あなたがここで何をしていたかは、私が調べられるのよ」
「――――やめて、ガレット」
スキルを使えば、ガレットは心を痛める……それを知っているエミリアは、深く息を吐いた。話を聞く気があるというなら、誤魔化すのはやめだ。
「ずるい脅しだわ。ディアンは察しがついているようだけど。皇帝禅譲はフェイク……トーガスタ帝は今、海軍で王国に攻め込もうとしている」
ガレットがハッとしディアンを睨んでいる。どうも彼女は、知らなかったようだ。当のディアンは、表情を消していた。
「攻め込まれる側としては、やめてほしい。それだけよ」
「悪いが、その情報を伝えるのは待ってもらうぞエミリア。帝国の終焉には……この戦争が必要だ」
(負ける気ってこと? はた迷惑な!)
エミリアは奥歯をぎりっと噛んで、ディアンを睨みつける。
「自殺なら勝手にやりなさいよ。ただでさえ、この巨大な国が潰えるなら、周りの国には大きな被害が出るのに」
「だがそうしなければ、内戦だ。帝国の民は、苦しむ。俺は皇帝として――――」
淡々とした、皇帝の言い様が。
妙に、癇に障った。
「それは皇族として、無責任でしょうがッ!」
自分でも、何を言っているのかわからない。だがエミリアは何か〝もやもや〟に突き動かされて、言い募った。
「民が苦しんだ責任を感じるのなら! その苦しみを国で受けなさいよッ! よその国に発散させて! 穏やかな面構えで死のうとするんじゃないわよッ!」
「だが俺は――――」
どこか弱気に抗弁しようとするディアンを見て、エミリアの激情が高まる。
「うるさい! こんなの、帝国主義の侵略ですらないッ! 友達がいなくて寂しからって、勝手に他人を道連れにしようとしているだけよッ! 民に見捨てられた皇帝なら! 一人で死ねッ!」
「エミ、リア」
ディアンが目を見開いている。どこかで理解してくれると、彼はそんな甘ったれた妄想をしていたのだろうか。エミリアの故国を攻めるのだとわかっていて――――。
彼女の怒りは。
「エミリーだ! 王妃になりそこなった女なら、こんなことは言わない! けど、終わりを……これからを生きる、精霊の守り人の! 〝才の庭〟のエミリーは! 言わねばならないッ!」
一気に頂点まで、達した。
「私たちのこれからの時代に! 余計な争いの種を撒くな、ディアンッ! それはあなたのやりたいことじゃ、ないだろう!」
「ッ!」
皇帝の、目が泳ぐ。
「知ったような、口を……」
「私でも同じことを言うわ、ディアン様」
「ガレット……?」
令嬢が緑の瞳をすいっと細めた。腕を組んだ彼女はエミリアに背を向け、ディアンに顔を向けている。
「先帝陛下は、帝国主義にもかかわらず、領土拡大できないことをお悩みだった……国は広がりすぎ、もう統制は効かず、地続きで魅力のある土地はもうどこも他国。海の向こうにも希望が見えず、どん詰まりで……王国攻めは、トーガスタ様のご希望なのでしょう?」
「違う、俺が…………」
「親への手向け? それとも、姉を殺したかたき討ち? 父に死に場所でもプレゼントしたかったの? 我が国の海軍力じゃ、海洋国家のオレン王国には敵わないわよ?」
(ガレット……)
淡々とした言葉を、エミリアは胸元のブローチを握り締めて聞く。彼女は冷静に見えるが、声に感情が出る。だからこそ……言葉の裏に多くの怒りがこもっていることが、伝わってきた。
「内戦なら、国を割って終わりでしょうね。でも王国に攻めたら口実を与え、この国は他所の国々によって切り裂かれる。未来を夢見てる庭のみんなも、それどころじゃなくなるわね」
「俺は……俺はッ!」
皇帝の悲嘆……悲鳴。これもまた、理解できた。彼の弱気の源泉。本当にやりたかった「スキル保持者の未来を作ること」。呪いのように彼を蝕む、皇女アイーナの無念。
「もうアイーナのような者を、出したくなくて! そのためには、こうするしかなかった! 裏切って親父を処刑することもできず! それでも!」
胸が痛み、〝もやもや〟した。死んだ女に憑りつかれたディアンが……許せなくて。
「ならこんな真似やめなさい! 今すぐスキリーの街に早馬を出すか、とにかく軍を編成して向かえば……!」
「もう、遅い」
だが現実は。
「予定通りなら、親父はもう船の上だ」
非情だった。
(そん、な)
顔から表情が、全身から力が、一気に抜ける。青い顔をしたガレットと、歯を食いしばっているディアンが見える。
遅かったのだ。手遅れだったのだ。エミリアの努力は、無駄であった。
戦争が、始まる。
「――――いいえ。トーガスタ帝なら、港町でご静養中ですよ」
皇帝の私室に、現れたのは。
「イリ、ス?」
金髪碧眼の少女。第一皇子へリックを伴った、エミリアの待ち人。
イリスその人であった。




