06-12.才は誰がために。
たけなわな宴席の隅で。エミリアは、ガレットの衝撃的な告白を、聞いた。
(第一皇子のために? スキルを使って精神を病んだということ……?)
心を壊したというのが、エミリアにはどれほどのものか、想像がつかない。あるいは「想像されたくない」……ガレットの声は、そんな矜持を滲ませているようにも思えて。言葉を挟まず、グラスを握り締めて、エミリアはさらに待つ。
「ディアン陛下の指導の下で回復し……庭に入ってからは、一度も使ってないわ」
「いつも書いてるのは?」
意外なことを聞いて、エミリアはつい口を挟んだ。ガレットの口元が、少しだけほっとしたような笑みを象っている。
「スキルを使ってたら、本が一冊すぐになくなるわ。私はすべてを文字にする」
(そういえば……ガレットの私室で得た情報を振り返っていたら、やたら精細な描写ものがあったのよね。アレ、か)
精霊具〝噂語り〟で収集した内容を再生していた時のことを思いだし、エミリアは納得して頷く。
「でも、書くこと自体は身についている。だからそれを活かしているのと……」
「趣味?」
「そういうこと」
侯爵令嬢が笑みを浮かべ、小さなグラスを傾けた。エミリアは。
「スキル保持者に、社会の中での生き方を与える。地味で当たり前だけど、それを帝国のトップがやった、という事実は残る。これから権威が、失われようとも。そういうこと? ガレット」
確認するように、疑問を零した。
「権威は残る。国という権力はなくなっても、ここの大学は世界一と謳われる権威よ。そして精霊教という後ろ盾があれば……失われることは、ないでしょう」
(だからこの事態で、閉鎖されてるのね。巻き込んで燃えちゃったら大変だし。人員もきっと、どこかに逃がして隠してる、と……)
隣から酒の追加を注がれ、それに口を付ける。唇を濡らしたエミリアは。
「今回の件って。ディアン……皇帝陛下が仕組んだの?」
核心へと、踏み込んだ。
黙するガレットの緑の瞳を、じっと見つめて。
酒瓶とグラスを持つガレットの緑の瞳が……揺れている。彼女の顔はいつものように白磁のようであるが、僅かな動揺が見て取れた。
「先帝ではなく、という意味ね? ディアン様発案だと……そう聞いている」
ため息と共に、そう声が絞り出される。エミリアは、信用してくれたという少しの喜びと、それを利用して情報を得たという罪悪感を……自分の中で無理やり誤魔化した。ディアンの計画だとは知っていて、それの確認の意味だったから――そんなふうに、言い訳して。
(表向きは、ダンジョンが出現した帝都の閉鎖。その裏は皇帝を脱出させ、王国を狙って戦争準備……だが真意は。貴族たちが独立し、終焉を迎えようとする帝国で、最後にスキル保持者の未来を切り拓くこと。それがスキル絶対主義……精霊の祝福への、恭順。それが狙いなら、ディアンは、やっぱり)
皇帝ディアンは、姉の第一皇女アイーナの死を、彼女の非業を悼んでいた。彼に弱みを吐露された、エミリアは。当初噂されていた、この帝国の動乱の渦中で。その真実の傍で。
一人の男の痛切な想いに触れていることを、感じていた。
「もしかして……アイーナ様は」
エミリアが亡くなった第一皇女の名を出すと、ガレットは少しだけ眉根を寄せていた。
「西の方では聞かなかった? 精霊工学の復活を期待された……優秀な方だったそうよ」
(そしてスキルを酷使され、心を病んで……最終的には処刑されたの、か。ディアンは……)
思い起こすのは昨日、疲れて眠っていた……皇帝のこと。まだ会ってそう日も経っていないエミリアを、傍に置いて眠った彼。エミリアのスキル――すべてを切り裂く聖剣のことを知りながら、ディアンは無防備を晒した。
その抑えがたい疲れを、思うと。エミリアは少しだけ、胸の奥が〝もやもや〟とした。
「ディアンの〝後〟はどうなるのかしら。彼は……報われるの?」
突き動かされるように、口走る。対するガレットは。
「復讐を果たすことが報いだというなら、そうね。スキル社会は終わり……皇帝と、帝国は」
どこか他人事のように、口を滑らせていた。
「それはあなたの考えよね? 代弁、しないんだし」
「…………ええ。そうよ」
エミリアは突っ込んだ。どうしてか、もう少しだけ、ディアンの想いを知りたくて。ガレットの口からでもいいから……知りたくて。
令嬢は、またグラスをあおっている。顔には出ていないが、見た目よりも酔っているようだった。一方のエミリアは元々そこまで溺れていないが、頭は冴えてきていて……心は霞みがかかったように、もやもやとし始めていた。
「きっと、ディアン様は。救われて、幸せになった……誰かが見たい。それは私ではなかった」
(アイーナ様の代わりを、探しているということね……)
暗澹とした気持ちで、俯いたところに。
「できれば。あなたがそうなってほしい。エミリー」
そう告げられ、エミリアは弱く首を振った。
「愛とか恋とか、疲れてるの。それに……趣味じゃないわ」
言い訳のように告げる。ジーク王子を信じられなかった自分に、務まるわけがない、と。
「そうでなくても、あなたが幸せなら、きっと満足すると思う」
(どうかしらね。惚れてるようなこと言ってたもの……男がそれでおさまるとは、ちょっと思えないなぁ)
ディアンの言葉を思い出し、少し胸が熱く痛む。酒の高揚では、ないようだった。エミリアは意外に鋭いその痛みに耐えかね、空のグラスを突き返す。
「ご馳走様、いいお酒だった。片づけ、あとで手伝いに戻ってくる」
「休んでもいいのよ? 今日の主賓はあなたなのだから」
「性分なの。じっとしてられなくて」
手を振り、ため息を吐いて酒宴の場に別れを告げた。廊下に出たエミリアは、確かな足取りで城の奥へと進む。
(ディアンが宴席に来ていれば、その隙にどこかの部屋を調べたいところだったけれど。管理している五つの部屋の場所、まずはそこの確認からしておきましょうか)
酔いはすっかりさめていて、胸は〝もやもや〟していて。じっとしては、いられなかった。早く証拠を掴んで、イリスの元へ帰りたいような。あるいは、あの男の真意が、もっと知りたいような。そんな揺れを振り切るように、エミリアは首を振る。
角を曲がったところで。
「エミリー」
(ヘリック!?)
赤毛の男に、腕を掴まれた。声を上げようとしたところ、彼の人差し指が唇に押し当てられる。
「そう構えないでほしい――――イリーズから、聞いている」
「っ!?」
思わず息が漏れた。動いた口が僅かにヘリックの指を食む。彼の手が離れ、エミリアは目を丸くして見上げた。ポケットから小さな紙を取り出したヘリックが、それをエミリアに押し付ける。
(これは……)
「直近のディアンの予定だ」
会議などの日時と思われるメモだった。エミリアは戸惑い、赤い瞳をじっと見つめる。
「あなたは、なぜ」
イリスがいつの間にかヘリックに接触し、手配したということは、わかる。だが、彼の意思が、よくわからなかった。
「アイーナのことを根に持っているのは……奴だけではない」
エミリアは息を呑み、立ち尽くす。第一皇子は背を向け。
「――――オレの、獲物だったんだ」
(獲物……? 先帝の、こと?)
冷静な怒りを、その瞳に見せてから。
廊下の奥へと消えた。
「どうして」
一人残されたエミリアは、唇を噛んで。
「どうしてそこで……ガレットの名前を、出してあげないの。もう敵だと、そういうことなの?」
そう、零した。婚約者であるはずの二人。ヘリックのために、心まで壊して役に立とうとしたという、ガレット。
エミリアは、胸が痛くて。
(…………行こう)
もらったメモを見つめ、動き出した。




