06-11.スキル絶対主義、とは。
『『『かんぱ~い!』』』
宴の開始が唱和される。ごつごつっと木製のジョッキが重ねられた。いくつかの背の高いテーブルに所狭しと皿が並び、壁際にはいくつもの酒樽。城の片隅は、街の酒場のようになっていた。仲間たちは立ち歩き、杯を交わし、各々料理を食べ始めている。貴族の令嬢も何人かいるはずだが、皆そろって遠慮も淑女みもなかった。城で待機し、この宴席を準備していた庭のメンバーたちも混じり、かしましく盛り上がる。
なお上司はいなかった。紛れ込んできそうな気がするのに、意外である。
(さすが乙女ゲーム。乾杯の風習があるとは……中身はエールってやつ? 冷えたビールとかじゃないわね。というか……)
「エミリーも飲んだ飲んだ!」「お酒、飲んだことない?」
「ぁ、うん。いただきます」
つい答えて。
(…………私、飲んでいいのかしら。これ)
ごくり、と生唾で喉を鳴らした。ジョッキの水面を睨んで、眉根を寄せる。エミリアは現在、16歳。王国法では飲酒NG、帝国法ではグレー、サバを読んだ年齢で申告している〝エミリー〟ならばOK、という塩梅である。
エミリアの生真面目な理性は、「飲むべきではない」と警鐘を鳴らしていた。これでも彼女は、王妃になるべく育てられた、お嬢様中のお嬢様である。王国令嬢として、育ててくれた公爵と公爵夫人、そして国王や王妃の顔には泥を塗れない。ジョッキを持つ手が震え、エミリアは奥歯を噛みしめた。
(ハッ――――じゃない。私は今〝エミリー〟なんだから、飲まなきゃダメ、が正解! でないと、嘘がバレる!)
エミリアの瞳が、妖しく煌めく。彼女は酸味の効いた酒の匂いに、鼻をひくつかせた。
(そう、これは潜入のため! 素性を隠すため! 飲まなくてはならないッ! いざ、異世界のお酒ちゃん! いただきますッ!)
転生者としての彼女は――――酒ならどんとこい、であった。その口に、ジョッキのふちが近づき。ゆっくりと角度がつき。唇が湿り。歯に液体が触れ。舌が滑らかな感触を味わって。
「んっ、んっ、んっ」
堰を切ったように……一気に大量の酒が、エミリアの喉奥に流しこまれた。
「おお、いい飲みっぷり」
「無理するなよー、エミリー」
囃し立てる仲間の声も気にならず、エミリアはジョッキの中身を喉から胃の底へと注ぎ続ける。
(アルコール度数が低ぅい! ぬるく、のど越しの刺激は皆無! だがとろっとしてうまい! 酒! 脳にガツンと来るッ!)
ダンッとジョッキの底をテーブルに打ち付け、エミリアは手の甲で口元を行儀悪く拭う。据わった目を壁際に向け、酒樽へと直行。二杯目の酒を、ジョッキになみなみと注いだ。
(くぁーっ! お酒、おいしい!)
お嬢様中のお嬢様、王国の美姫の理性は――――アルコールを前にして、あっという間に敗北を喫していた。
☆ ☆ ☆
(飲み過ぎた……タル、空になっちゃった)
エミリアは腹をさする。本能が赴くままに飲食してしまった。さすがに料理の味はイリスに敵わないものの、食材が豊富で、酒が大いに進んだ。どうも「街に流して余った食材」の使い切りパーティでもあったらしく、封鎖された帝都の食糧事情が思うほど良いのだと感じられた。
(豪勢だった……というか初お酒。イリスと一緒がよかった。やってしまった……あの子の料理でのお酒だったら、きっともっと美味しかったろうに。イリス、イリスぅ……)
エミリアは大きくため息を吐く。少しだけ、酔いを自覚し……今はいないイリスに、妙に甘えたい気分だった。きっと今の気持ちならば、昨日だって素直に彼女を受け入れ、引き留められたかもしれないと――そんなことを考え、顔を赤くする。
ジョッキをあおり、樽から注いだ最後の酒を飲み干す。さっぱり潰れない自分に首を傾げながらも、少し赤くなった目を会場に向けた。前世ではそこまで酒に強くなかったし、この〝エミリア〟の体がアルコールに強い、ということのようだ。
(お料理も、もう終わりね。あとは自然な流れで解散、かな)
空の皿が、あちこちに積み上がっている。庭のメンバーは、酒豪と健啖家が多いようだった。酒が切れると肝臓が動き出し、急速に頭が回り始めた。ストレスの抜けたすっきりとした頭で、エミリアは思考にふける。
(アビリスの街は食材そのものはあったけれど、提供に差があった。スキルの有無で、社会分断が起きているから……そのせい。帝都はもう少し力があるから、その分断を抑えて社会を安定させていられる。そう考えると、力とはスキルではなく、やはり〝人〟。スキル絶対主義は早晩限界を迎えるし、そのことはディアンばかりか……庭のみんなもわかっているようだった)
エミリアは宴会場の同僚たちを眺める。静かに会話している者、介抱されながら部屋に向かう者、まだちびちびと飲んでいる者と様々だ。
「あなたは〝終わったら〟どうするの?」
「故郷に帰って、仲間を作ってみるわ。そっちは?」
「もう少しこの辺で、頑張ってみる。どうなるか、見てみたい」
「そう。気を付けてね」
そんなしっとりとした会話が、聞こえる。皆どうも「終わり」を理解して、「その後」を気にしているようだった。
「今日はどうだった? エミリー」
視界を、たおやかな女性が遮る。ガレットだ。彼女はその手に、ガラス瓶とグラスを二つ、携えていた。エミリアは差し出された小さなグラスを受け取る。手ずから注がれる瓶の中身は透明で、強い酒精が香った。
二人、グラスを合わせ、小さく鳴らす。エミリアは口をつけ、一息に飲み干した。蒸留酒の強いアルコールが、喉を焼いて心地いい。透明な香りが口腔から鼻にぶわっと広がり、北方の冷たい湖を想像させた。
「見回りのことなら……不思議な気分だったわ」
エミリアはため息交じりに、言葉を零す。隣を見れば、緑の瞳が「期待通り」と言うかのように、楽しげに弧を描いていた。
「どうして?」
「スキルと役割に関係がなかった。でも皆、それをこなしていた」
「あなたもね。索敵と斥候が、ずいぶん様になっていた」
(昔、殿下とスリリングな日々を過ごしたおかげね……)
〝才の庭〟の仕事は、スキルとは関係がない。どうも、「精霊の祝福を受けた者は高度人材である」という考えの元、知識や経験から仕事を振っているらしい。スキルは考慮されない。
(以前の帝国の、スキル優遇主義は、とにかくスキルを使わせる社会だったって聞いてる。でもスキル絶対主義を標榜する今の帝都の頂点は、この庭のはず、なのに。むしろスキルを積極利用しない、なんて)
昼間の警らでは、さすがに会敵したらエミリアも聖剣を抜いたが、すぐに他の戦闘担当が割って入って戦っていた。もちろん彼女たちも、戦闘に向いたスキル持ちでは、ない。それでも恐るべき戦闘能力を誇っており、中級の魔物ですらも相手になっていなかった。
「〝スキルとは精霊の祝福であり、ゆえに絶対的に尊重されなければならない。スキル保持者を使い潰すなど、もってのほかである〟。それがスキル絶対主義よ……私の解釈だけれども」
「精霊教でもそこまで言わないわ。でもなぜ?」
「わからない? スキルとは精神の力。使えば使うほど……使用者を蝕む。あなただって、そうでしょう」
そう静かに答えられ……エミリアはハッとした。スキル保持者の〝癖〟とその力は、密接なつながりがある。〝癖〟を刺激されれば、スキルは強く発現する。スキルを乱用すれば――――。
(聖剣の〝斬〟。使うほどに〝もやもや〟が……強く大きくなってる、気はする。確かに、一理あるわ)
「スキルからは逃れられない。使わないということは不可能よ。だからといって、酷使すれば気を病む。私は」
実感のこもった言葉が、酒の匂いと一緒に吐き出されている。エミリアは視線を上げ、その緑の瞳が物語るのを待った。
「私は一度、ヘリック様のためにと、スキルを使い過ぎて心を壊した」
言葉は有無を言わさぬよう、さらり、と流れた。




