06-07.同僚お宅訪問――無断で。
廊下での一幕の後。エミリアは部屋に帰ったが。
(休まんないわよ、こんなの)
誰かに見つからないよう、キョロキョロとしながら廊下に戻ってきていた。ヘリック第一皇子に思慕を囁かれ、皇帝ディアンに妙な気遣いをされたせいか……まだ鼓動が、落ち着かない。
(〝2〟は、前作の扱いがほんと酷かったから印象最悪だけど……攻略対象がさらにイケメンになったの、忘れてたわ。油断した……ほんと、顔がいいのずるいわ)
エミリアは皇子と皇帝に触発されて、にわかに前世の記憶を思い起こす。乙女ゲームにおけるヒロイン・イリス。一作目の彼女の「その後」があんまりで、エミリアの二作目に対する印象は最悪であった。イリスのことを思いだし、これまでの転生人生を振り返り。
(私。ロマンスなんてしてる場合じゃ、ないのに。そりゃあ確かに? 何もなければ、皇子様や皇帝相手なんて、ときめくかもしれないけれど。でも)
エミリアは、唇をかみしめる。
「愛なんて、信じられない」
エミリアのため息は、深く長かった。
(ディアンの言った通り、か。愛とか恋とか。ちょっと疲れたのかも。今はこの帝都の秘密を暴く。そして一刻も早く、イリスと合流しなきゃ。イリス……)
肩を落とし、ふらふらと歩く。胸が〝もやもや〟として、苦しい。頭も、ぼんやりした。
「違う。これは、恋じゃ、ない。違うったら――――ぉ?」
首を振ったエミリアの上がった視線が、廊下の奥を捉えた。
(ガレット……ぁ。そうだ)
ちょうど部屋を出たガレットが、廊下の奥へと急いで歩み去っていった。彼女が出てきたのは、確か私室だったはずである。
エミリアが思いついたのは。
彼女の居室への……侵入。
(ガレットは記録魔。その上、明らかに皇帝の右腕。彼女の部屋に、あのメモした大量の本があるなら……そこから情報を得られるんじゃ?)
見つかれば、積み上げてきた信用が一気に崩れ……帝都から逃げ出すことになるだろう。街で走り回っているだろうイリスの頑張りを、無駄にしてしまうかもしれない。
エミリアは眉根を寄せ、眉尻を下げ、目を泳がせ、俯いて。
大きくため息を、吐いた。
(…………やろう。私は、イリスの役に立ちたい)
ガレットの部屋の扉に近づく。
鍵は――――かかっていなかった。
☆ ☆ ☆
エミリアは素早くガレットの部屋に入り込んだ。部屋をキョロキョロと眺める。棚どころか、ベッドにすら本が散乱していた。
(人もいない。今のうち)
薄く笑みを浮かべ、エミリアは〝積載〟のスキルで〝中〟から物を取り出す。
「イリスお手製! 〝噂語り〟!」
エミリアは取り出したすり鉢状の精霊具の、先端を口に加える。思いっきりぷーっと息を吹き込むと、波紋のような光が広がった。光は部屋の至る所に当たり、反射してすり鉢に戻っていく。
幻想的な光景を、しばしわくわくしながら眺めた。この精霊具は一定範囲のあらゆる情報を収集してとりまとめ、使用者の質問に答えてくれる優れものだった。
(本がいっぱいだけれど……こっちの壁一面なんて、たぶん彼女のとってる〝記録〟だ。すごい量。世話になっておいて悪いけど……正直故郷がピンチじゃ、手を抜けないのよね。ごめん、ガレット)
エミリアはすり鉢に、そっと声をぶつけた。
「〝先帝の居場所〟」
少しほこりっぽい部屋は、しんと静まり返る。
(……ない? じゃあ)
目をつぶり、エミリアは次の質問を投げかけた。
「〝先帝の居場所がわかる、資料の場所〟」
『ディアン様は計画書を保管なさっているとのことだが、我々には見せてくださらなかった。信用の問題ではなく――――』
(よし。ディアンがこの陰謀を描いたものが、どこかに隠されてるのね。じゃあ彼の私室などを中心に、調べましょう)
深く頷いて、再びすり鉢を持って言葉を紡ぐ。
「〝皇帝ディアンの資料の隠し場所。および、そこへの侵入方法〟」
『ディアン様は、いつも鍵束を身に着けなさっている。ご自分で管理している場所の扉は、一つしかないそのカギが必要だと仰っていた。皇帝の伝統だと――――』
(うわお。自分で持ってるとか、セキュリティ高いな……扉を斬って侵入するわけにもいかないし。どうし…………)
この城、部屋にいると廊下からの音は割と響く。特に高いヒールが床を叩く音などは……よく届くのだ。
(だ、誰か来る!?)
エミリアは慌てる。足音が確かに、この部屋に向かっていた。
『またディアン様は――――』
(ちょ、こいつ!? 情報の途中だから黙らない! こ、これ! 部屋の中じゃだめだ……どこに隠れれば!?)
精霊具を両手で包みながら、エミリアはあたりを見渡して――――。
「資料ばかりか、鍵もかけ忘れるなんて……私もエミリーのこと言えないわね。疲れて……」
しばらく後。部屋の主、ガレットの声が響く。
「さすがに、窓なんか閉め忘れていないわね。何か見えた気がしたけど、ここ四階だし、気のせいか」
小さなため息、困惑するような声、そして……ドアの閉まる、音。遠く、ヒールが床を叩く音が響いて……やがて、吹く風の中に紛れた。
エミリアは――――バルコニーで、盛大に息を吐き出した。
(危なかった……いや、これはアウトでは?)
ガレットは確かに、鍵を閉めて部屋を出て行った。エミリアがこのまま戻って扉から出れば、当然鍵は開けっぱなしで……後で騒ぎになるかもしれない。
(でも……ちょぉーっと下は、難しいでしょう。高い。高すぎる。あとは別の部屋? というと)
下をそっと覗き込んでから、エミリアは左右の部屋のバルコニーを眺めた。案外、近く見える。
「とりあえず、試してみますか。まずはあっちから」
思い立ったらすぐ実行。エミリアは手すりを乗り越え、ぐっと足に力を入れる。そのまま軽々と、ぴょいっと跳ねて。
(あ。思ったより、遠い――――)
隣のバルコニー目前で。
急速に体が、落下し始める。
両手を目いっぱい、伸ばした。
硬い感触、衝突する額や体、抱き込むように両腕に力を籠めて……。
「いっつ…………ぅ、だいじょう、ぶ。上がれる。痛い痛い……」
肩で息をしながら、エミリアは体を引き上げにかかった。手すりの柱につかまりながら、腕の力だけでなんとか全身を引っ張り、ずり上がるようにバルコニーを目指す。足がようやく、床にかかって。
手すりを軽々と乗り越えた。
「っ――――!?」
着地の瞬間、目に入った窓、部屋の中。息を呑んで、エミリアはまじまじと見つめる。
(ディアン!? え、ここ。皇帝の……じゃない。資料室だ)
ソファーで皇帝が眠っているようだ……それを見て、エミリアは自分の体をはたく。服から多少の汚れを落とし、窓を押す。鍵は……かかっていない。音に気を付けながら部屋に忍びこみ、ゆっくりと窓を閉めた。
「寝てる……眠りが深い」
ソファーに近づく。穏やかな寝息、肩や胸元の僅かな上下……そして閉じられた目の、長いまつげが目について。少し顔を赤くしたエミリアは、視線を逸らし。
(あっ。鍵束! これ、チャンスだ)
彼の腰から下がる鍵束を見つけた。そういえばディアンが歩くたびに、チャリチャリさせていた記憶がある。
エミリアは慎重に鍵束を外しにかかる。ベルトに引っかかっていたのを綺麗にとって、すっと身を離した。ディアンがまだ眠っているのを確認し、視線を走らせる。林立する書棚の間に、小さな机を見つけた。
(…………よし。複雑な鍵じゃないから、凹凸を正確に模写しておけばいいはず)
〝積載〟スキルから、まず布を取り出して机に敷く。鍵束を載せ、さらに紙と鉛筆を取り出した。布に乗った鍵に紙を重ね、鉛筆でこすり、凹凸を書き写していく。全体を浮き上がらせた後、細部を目で確認して……次の鍵へ。
都合、5本。集中してやっている間に、机に差し込んでいた日差しが少し長くなっていた。紙と布、鉛筆は〝中〟に仕舞いこむ。
(これで全部っと。鍵も戻して……)
ディアンがまだ寝ていることを、再度確認。足音をさせないように慎重に近づき、ベルトに束を引っかける。緊張した面持ちで、彼と鍵束を見比べた。彫刻のような顔に、しばし見惚れて。
それからにへり、と顔を緩めた。真っ直ぐに立ち、ソファーに背を向けて、両こぶしを胸の前で握り締める。
(よし。よくやった私、大成果! これはイリスに自慢できるでしょう! 早速部屋に帰って、今日はずっとイリスのことを待って――――)
「アイーナ」
突然、後ろからはっきりとした声がした。
びくりと震え、急いで逃げようとすると。
(なぁっ!?)
伸びてきた腕が――――エミリアを抱きしめた。




