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06-04.精霊の徒の未来。

 令嬢ガレットに連れていかれたのは、エミリアに与えられた居室であった。メイドに茶を煎れさせた上で、ガレットが淡々と説明を聞かせてくれた。皇帝ディアン直属の親衛隊〝才の庭(スキルガーデン)〟について。給金など、もろもろ。


「あなたはまだ、仮に入隊を認められただけ。仕事は私が振ります。働き如何で、正式採用としましょう」


 ずっと膝の上の本に書き込みを行っていたガレットが、ペンを止める。だがエミリアが口を開くと、再び動き出した。


「仮から正式になることでの、違いは?」

「我々に与えられている、数々の優遇措置の行使。例えば、この城にいながらにして、〝無才〟の者を連れ込める、とか」


 〝才の庭(スキルガーデン)〟に正式採用されれば、帝国の慣例を破って、〝無才〟の者を城に招ける……これはエミリアにとっては、僥倖だ。イリスを堂々と、呼び寄せることが可能になる。今は城の外で、烈火団と主に活動中の彼女は、折に触れて帝城に忍び込んで来る気、らしいが。


(イリスに、危ない真似をさせなくて済む……これは私、早く役に立てると証明せねば、ならないわね。それにしても)


 エミリアは視線を落とし、ガレットの手元を見つめる。素早くインクツボに万年筆がつけられ、続きがすらすらと書かれ、本のページがめくられていた。


(書くことか……記録関連のスキル、なのかしらね)


 推測しつつ、エミリアは顔を上げる。伏し目がちのガレットが、それでもこちらに注意を払っている様子が窺えた。


「あなたも、目的があって陛下の誘いに頷いたのでしょう。励みなさい。質問は、他に」


 言われてエミリアが思い至ったのは。先ほど廊下で半端に聞かされた、話。


「…………皇帝陛下が、スキル保持者の未来を案じている、というのは」


 尋ねてみると。


「陛下御自身の御言葉を聞け、と言いたいところだけれど……そうね」


 ガレットはそう言って、筆を止めた。



「エミリー。我々スキル保持者は、どうなる?」



 そう聞かれて、エミリアの頭の中に思い浮かんだのは。

 一つは「精霊車が王国で生産されなかった理由」。

 もう一つは「なのに自力で作れてしまったイリスのすごさ」だった。


「廃れて消える」


 抽象的なガレットの問いに、エミリアはきっぱりと答える。


「理由は」

「この国の精霊車。スキル持ちが生産してたけど……みんな亡くなって。完全に立ち行かなくなって、周辺技術者も離散したって聞いてる。スキルに頼ろうとする社会の、縮図よ。いずれ、必要とされなくなる。迫害される可能性すらある」


 精霊車は登場し、そろそろ100年近くが経っている。当然各国も、我も我もと精霊を物に宿し、扱う研究を進めていた。だが、実らなかった。

 帝国が精霊具や精霊車を活用できていたのは、単に〝精霊を物に宿す〟スキルの持ち主が、いたから。その人物が亡くなり、代替可能なスキル持ちもいなくなり……ついには精霊車の中核部分が、製造できなくなった。今では教本にも記されている、精霊工業の末路である。


(でもイリスは、これを打ち破っている。あの子に、精霊を物に宿すスキルは、ない。なのに自力でその方法に辿り着いている……今はイリス自身、公表してないけれど。もしバレたら、世界中があの子を狙う。100年前にこの世界に訪れようとしていた、未来が。本物になる。イリスを、犠牲にして)


 エミリアは。これまであまり見ないようにしてきた、イリスの本当の才覚を、胸の中で想い描く。人が挫折した精霊工学を復活させる、輝かしい才気。しかし、活躍する舞台を選ぶ類の、力でもある。もし安易に彼女のことが広く知れ渡ったら……きっとイリスの人生は、滅茶苦茶になる。そうなったらエミリアでは、彼女を守り抜くことはできないだろう。


(そう。だからこそ私は。あの子に並び立つだけの力を、手にして。共に頂点に君臨せねば、ならない。時代の最先端……未来に向かう、船首に)


 ぼんやりとしていた「共に世界の頂点を目指す」というエミリアの目標が、言葉になることではっきりと形を持った。その想いを胸に、エミリアは帝国の現状を、見つめる。


「帝国が原理主義的に、スキル絶対主義に回帰したのは。もう一度、時代の針を進めるスキル保持者を、見いだすため。けど」


 そこまで言って。

 エミリアは、顔を上げた。


「皇帝陛下の考えは、それだけじゃない、ということ?」

「――――私が説明すべきことは、なくなったわね」


 ガレットが微笑み、本を閉じている。


「その先は、あの方の真意。私が代弁するべきではない」

「ガレットは……どうあってほしいと、思っているの?」


 エミリアは思わず、尋ねた。まだ短いやりとりだが、すでに彼女にも強い才気を感じている。とても忠義だけを尽くし、意志なく従う女性には、思えなかった。


「すべては陛下の、御心のままに。私はね」


 果たしてガレットは、そう答えて。


「書いていないと、気が済まない。インクが切れると、気が狂いそうになる。それで周りに当たり散らして。へリック殿下にも、疎まれていた」


 うんざりしたように、ため息を吐いた。キャップをした万年筆が、がりがりと本の表紙を滑っている。


「同じスキル持ちでも、この身を焦がす衝動がある者と、ない者がいる。そして衝動を抑えられない者は……いずれ社会から、消えるでしょう。迎合できた者だけが、生き残る。弱い祝福だけが、細々と残って。魔法や精霊の時代が、真に終焉を迎えるでしょう」


 エミリアはそう静かに言われ、これまで対峙してきた敵たちの顔を思い浮かべる。スキルに操られたかのような、強烈な〝癖〟の持ち主たち。

 ある意味、〝もやもや〟に突き動かされるエミリアも、その一人で。

 強力なスキルを持ちながら、それに振り回されていない者など。

 エミリアの知る限り――――イリス一人だけ、だ。


「けれど、時代が変わるだけで、いなくなるわけじゃない。強いスキルの者たちは取り残され、苛烈な排斥を受ける」

「その日はもう、きっとすぐそこ。だから陛下は、その前に」


 ガレットが穏やかに、首を振った。


「忘れて頂戴。私に言えるのは、ここまでよ」


 彼女が立ちあがる。エミリアもまた、思わず席を立った。


「仕事は明日から。今日は良く休みなさい、エメリー」

「ありがとう。おやすみ、ガレット」

「おやすみなさい」


 部屋を出るガレットを見送る。メイドが彼女を送り出し、やがて扉が閉まった。


(…………ディアンは。帝国とスキル社会が終わる、と思っているのね。その先のために今、強権で無理やり〝スキル持ちたちを保護できる未来〟を作り出そうとしている)


 一人になったエミリアは、座り直してため息を吐く。今まで考えてこなかったことが、急に目の前に出てきたような、そんな気がして。形になったものが、さらに先の未来を、もやもやと映しているようで。

 不意に、皇帝ディアンの傲岸不遜な顔が、思い浮かんで。


「いやまぁ、違うかもしれないけれど。何考えてるのか、わからない顔してたし」


 半笑いを漏らした。



「誰の顔がなんですって?」



 エミリアの背後から、突然声がかかる。


「うにゃああぁぁ!?」


 立ち上がったエミリアは、慌てて周囲を見渡した。特に扉付近だ。誰もいない、ようではあるが。


「メイドさんなら、さっき出ていきましたよ。ただいつ戻って来るか、わからないですから」

「イリス……」


 再びかかった、優しい声に。エミリアはゆっくり振り向いて。


「イリーズですって」

「今はイリスよ」

「エミリア様」


 イリスの青い瞳を、じっと覗き込んだ。頬に熱が昇り、彼女の顔も少し赤いが……お互い目を逸らさず、ほほ笑む。


(ああ、イリス……イリスだぁ)


 エミリアは瞳の潤みを感じ、ほっと息を漏らす。半日ほどの離別であったが……その時間は相当な負担だったのかもしれない。まるで息を吐き切った肺が、急速に酸素で埋め尽くされるようにすら感じた。安心が、胸の隅々にまで満ちていく。


(ずっといてほしい…………っていけない、そういうわけにもいかないわ)


 侵入してきただろう彼女を見ているうちに、エミリアは今日あったことを思い出す。イリスはまた、城から出ねばならない。今のうちに、情報を共有しておかねばならなかった。


「そうだ、第一皇子。私、喧嘩売っちゃったけど、皇帝を探しているみたいなの。うまく炊きつけられれば、調査がはかどるかもしれない」

「第一……へリック皇子ですね。覚えておきます。こちらはダンジョンの場所が、わかりました」

「もう!?」


 エミリアは思わず少し、跳び上がった。おかしそうに笑みを零され、照れを頬に浮かべてイリスを睨む。


「はい。ただ烈火団の行方不明者の居場所がわからないのと……ダンジョンの入り口。なぜか警備がいて」

「警備……?」

「きな臭いので、もう少し調べます。大学関係者に渡りをつけられそうなので、そちらから――――」


 情報が立て続けに流れる中。

 エミリアの視線が。

 扉に、流れた。


 細く、開こうとしている……部屋のドアに。


「イリス、隠れて!」


 小声で叫ぶと、イリスは意を汲んだらしく部屋の奥へと駆けだした。赤い日差しの入った室内は影が多く、幸い隠れるには困らないだろう。

 ほどなく、扉の隙間から。

 人が、身を滑らせてきた。




「よぅ、新入りぃ」




 現れたのは。


(ディアン! このタイミングで……ッ!)


 意外に地味な恰好をした、貴公子……否。

 皇帝だった。



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