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06-03.才に呑まれて。

「この私が、ディアン皇帝の女、だと?」


 エミリアが一歩、詰める。男がさらに下がる。彼の後ろに控えていた使用人たちの、狼狽える顔が見えた。


「虫唾が走る。そうであるというのなら。そう見えるというのであれば」


 胸の奥から湧き上がった〝もやもや〟が。

 炎のように。

 瞳に灯る。


 エミリアはダンッと床を踏みしめた。


「話が違う。約定と違う。私は皇族の首を斬って晒し! この城を焼き尽くさねばならないだろうッ!」


 言葉が止まらない。〝もやもや〟が湧き出続ける。皇帝は女として囲う気はないと言っていた。その言葉を守られなけば許せない。そんな思いと共に、イリスの顔が頭の隅にちらつき、エミリアは理不尽に対する怒りの噴出に身を委ねる。


「きさ、ま。正気か……ッ!?」

「ああそうとも! 精霊の加護ある者たちは、これが()()だッ!」


 顔を青くする男に向かって、エミリアは叫びを叩きつけた。


「あなたはよほどの惰弱と見える! 祝福された情念を! どれほど甘く見ているというのかッ! 恐れるべきは、間合いではないッ! このエミリー・クランケットの誇りを踏みにじることだァーッ!」

「ま、まて! やめ――――」


 彼に思わず、掴みかかろうと、その左手を伸ばし。




「そこまでになさい。エミリーとやら」




 脇から、掴まれた。


(いつの間にっ!? う、腕が動かない……!)


 手首をつかむ細い手は、しかし万力のように締め上げてくる。引けず、押し込めず、足すらも床に縫い止められたかのようだった。


(スキル……じゃない! 勘だけど、これは握力ですらない! 怒り、あるいは執念! 私は――――)


 見上げれば、澄んだ肌をした令嬢が、エミリアを静かに見つめていた。


(私はこの女に()()()()、ということ……)

「我ら〝才の庭(スキルガーデン)〟は皇帝陛下の親衛隊。妃でも妾でもありません、ヘリック殿下。それで……あなた、エミリー」


 言葉を向けられ、エミリアは思わず生唾を飲み込む。


「わかるでしょう? あなたもそうだと言うならば。この私の前でそれ以上、ディアン様に危害を加えることを、ほのめかせば……どうなるのか」


 その緑が差した瞳の奥には、確かな怒りがあった。冷静で、取り乱した怒りが。


(これはスキル保持者の……怒り。冷静で、刃のような。もし抗弁すれば……きっと殺し合いに、なる)


 いつかの使者、ドニクスバレットのような。あるいはたった今、〝もやもや〟に飲まれたエミリアのような。そんな感情を浴びせられ、頭の芯が、冷える。怒りに燃えながら、驚くほど急激に。


「確かに、陛下に言われたのではない。失言でした」


 体は動かせないが、エミリアは素直に頭を下げた。まだ手は離されないが、締め付けが緩んだような気がする。


「謝罪を受け入れましょう。そちらのへリック第一皇子殿下は……好きになさい」


 令嬢に言われ、エミリアは顔を上げ、先の男に目を向ける。壁際まで寄って、冷や汗を額から流している、赤髪の派手な男。どうしてやろうか――そんな危険な疼きが、腹の底から湧き上がって。


「おのれガレット! オレの婚約者でありながら、ディアンに媚びへつらって好き放題をッ! 覚えていろ! 〝才の庭(スキルガーデン)〟ともども、いずれ……!」


 喚き散らして逃げる彼の背を見ながら。エミリアは〝もやもや〟を持て余し、唇を噛んだ。


「災難だったわね。ヘリック殿下は、陛下を目の敵にされている。陛下がスキル持ちの女ばかり連れ込むから、苛立っているのよ。女性比率が高いのは、ただの偶然なのだけれどね……」


 左手が離され、透明な声が降ってきた。どこか気遣うような、忸怩たるものを感じるような。無感情だが心豊かな声だった。


「改めて。ガレット・マールよ。父はオックス侯爵」

「エ……ミリー・クランケットと申します。ガレット様」


 エミリアは大人しく、頭を下げて名乗り返す。偽名をちゃんと口から滑り出せて、内心ほっと胸をなでおろした。潜入中であることを思いだし、少しだけ気を引き締める。


「呼び捨てで構わない。我らが守るべき権威とは、スキル。貴族の血ではないわ」


 彼女の表情は、どこか柔らかい。向けられる視線に、なぜか慈悲のようなものが、感じられた。


(貴族よりも。場合によっては皇帝よりも、高ランクスキル保持者を上に見る……制度ではなく、そういう価値観が根付いているのが帝国。皇族でも高度なスキルが宿るとは限らないし、この国の中央集権凋落は約束されていたようなもの、ね)


 スキルランク自体は、万国共通である。ストーン、ブロンズ、シルバー、ゴールドと上がり、その上はプラチナ、そしてダイヤ。ダイヤランクスキルは長く認定されていなかったが、イリスの〝才能(タレント)〟がなぜかその地位にあった。なおエミリアの持つ聖剣に宿る〝(ソード)〟は、プラチナに相当する。


「部屋にいないから、どこをほっつき歩いているのかと思ったら。我ら〝才の庭(スキルガーデン)〟について説明します。来なさい、エミリー」


 少しのため息を吐かれ、エミリアは気を取り直す。背を向けたガレットが。


「ところであなた」


 首を振り向かせ、横顔を見せた。


「想い人が、いるのね?」


 彼女の唇が薄く動き、感情の乗らない音が、響く。

 エミリアはなぜか。

 どくりと。

 心臓が、跳ねた。


(これ、は。嫉妬? 嫉妬されている……? いったい、なぜ)


 ガレットの緑の瞳に、先よりもずっと強い心を感じ、息を呑む。確実にエミリアに向けられているその感情は、まるで炎のようで。

 エミリアには、その苦悶の塊のような想いが。

 身に染みて、理解できた。


「…………いえ。私の想いを勝手に決めつけられるのが、許せないだけです」


 心のままに答える。想い人などいない。ジーク王子には別れを告げた。エミリアは今、一人だ。例えその嫉妬が、イリスに向くことがあると、しても。

 想い人など、いるはずが、なかった。


「尊重しましょう。ディアン様に、牙を向けねば」

「敬意を表しましょう。ディアン陛下が、私の誇りを踏みにじらなければ」


 互いの感情が緩み、張り詰めた空気が流れて消える。


「安心なさい。陛下はまさに、我ら精霊の守り人の理解者よ。その行く末を、良く案じておられる……」

(未来を? スキル持ちの? どういうことかしら)


 歩き出すガレットは言葉を残し、少しの謎を振りまいた。


「ついてきなさい、エミリー」


 彼女について歩きながら。後ろに付き従うメイドの視線を感じながら。


(スキル……)


 エミリアは先ほどの自分の、()()を思い起こす。

 彼女がこれまで倒してきた……スキル使用者たちのような。

 感情を激しくまき散らす、醜い姿を。


(まさか私も聖剣の……〝(ソード)〟のスキルに、呑まれている?)


 おぞけが胸から背中、肩までを、這いまわって。

 エミリアは苦労して、息を呑み込んだ。


 自分の、想像に。

 悲鳴を……上げてしまいそうだった。


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婚約は破棄します、だって妬ましいから(クリックでページに跳びます) 
短編版です。~5話までに相当します。
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伯爵になるので、婚約は破棄します。(クリックでページに跳びます)
新作短編、6/14(土) 7:10投稿です。
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