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06-01.帝都潜入作戦、開始。

 帝都。魔物を排して大きく領土を広げ、工業化も進むジーナ帝国の中心地。初めて訪れたエミリアの印象としては……()()だった。

 無事に潜入後、拠点となる宿を確保。古く、汚れや軋みの多い部屋で一晩過ごし、ガラス窓越しに空を見上げる。


(晴れてるのに、暗い……アビリスの街とずいぶん違うわ。鉱山が遠いから空気はここの方がいいはず、なのに。澱んでる)


 髪を高いところで一本に縛り上げ、今日はロングスカート姿のエミリアは一つ息を、吐いた。


「よくないわね……」

「え? 朝ごはん、おいしくありませんでした?」


 振り返り、紺のエプロンドレス姿のイリスに向かってほほ笑む。エミリアがきれいに食べた食事の皿を、彼女が片づけていた。


「とんでもない、いつも以上に美味しかったわ。ベーコンなんて、どこで買って来たの?」

「自家製ってやつです。そうするとお気に召さないのは、この帝都?」

「そんなとこ。入ってすぐ、嫌な話を聞いたじゃない?」

「ああ……ダンジョン」


 偽装スキル証明書を手にしたエミリアと、彼女の()()のイリスは、昨日市壁を乗り越えた。二人は街に入ってすぐに……街中で()()に遭遇したのだ。足が八本あるのに二足歩行をする「スネークフッド」という低位の獣人型モンスター。エミリアが聖剣で倒したものの、本来は街中で出くわすものではない。

 この帝都のどこかに、出現したのだ。

 魔物のはい出る――――ダンジョンが。


(嫌な話……嫌な感触)


 魔物を斬った時の手ごたえを思い出し、エミリアは右手を握り締める。非常にぬるっとして気持ち悪い感じで……何度も味わいたいものでは、なかった。


「入り口が分からないけど、どこかにはあるらしい。そのせいで街が封鎖になったらしい、でしたっけ」


 綺麗にしてから拭いた皿を、イリスが差しだしてきた。エミリアは磨かれた輝きを目にし、ほっと息を吐く。彼女の〝中〟にある精霊車のスキルを使い、皿を取り込んだ。エミリアはすべての皿を仕舞った後、イリスと視線を交わしてから、軽く頷く。


「その通りなら、見つけて破壊するまで、この封鎖は解かれない。魔物がいる以上、ダンジョンがあるのは確かで」

「表向き、安全のために皇帝は帝都脱出……裏ではスキル絶対主義の制定や、帝位禅譲が行われた、と考えられますね」

「〝無才狩り〟は確かに行われていた。ダンジョンと謀略は、両方存在する。危険で……嫌な街ねぇ」


 スキルのない者が、役人に連れていかれて、無理やりどこかのスキル持ちに売りつけられる……通称〝無才狩り〟。エミリアはその現場も目にしたし、巡回する〝狩人〟と呼ばれる役人たちも見かけた。イリスの手首に、銀製の腕輪――偽造された、誰かの所有物である証だ――がつけられていなければ、彼女も被害に遭う可能性があった。


「やっぱり他の国に出ちゃった方が、よかったのでは?」


 そう尋ねるイリスの顔は、どこか悪戯っぽく歪んでいて。


「もったいないわ、そんなの。期待通りってやつよ。ま、暗い気持ちにもなるけどね」

「それは同感です」


 二人、少し曖昧に笑い合う。


「潜入した他の烈火団のメンバーとは、連絡とれたし。次は?」

「以前から街に潜伏していた行方不明の団員たちを探す、閉まっていると噂の大学を探る、帝城に近づく算段をする……くらいですかね」

「そうね。最終目標は、噂の真相を確かめること。本当に王国攻めを、帝国が計画しているのなら。これを阻止しないと」

「はい」


 頷くイリスを見つつ、エミリアは小さく息を吐いた。


(これは……私の前世の記憶にある、乙女ゲーム二作目のイベントだわ。ダンジョンが出て、帝都が封鎖されて、法律と皇帝が変わる。でも禅譲はフェイクで、皇帝は王国攻めを狙っているっていう。ただ細かいところは描かれてなくって、皇帝が今どこにいるのかはわからない。どこかの都市に潜伏しているのでしょうけれど……その居所がつかめれば、御の字ね)

「あ。そうだ。今後のために……エミリア様」


 イリスが何か、小さなすり鉢のようなものを渡してきた。青銅でできているようで、持ってみると少し重たい。全体の形は楕円錐。すり鉢の仲は、いくつかの楕円が渦のように巻いていて、なにか〝耳〟のようにも見える。


「なにこれ」

「精霊具です。〝噂語り(ローマートーカー)〟って名前で。使い方は、後で説明します」

「はぁ。あなたのお父さまから預かってた、とか?」

「いいえ、私が作りました」

「ふーん…………」


 受け取った精霊具をしばし眺め。



「イリスが作ったぁ!?」



 エミリアは素っ頓狂な声を上げた。イリスのどや顔を見つめ、瞬く。


「そりゃわたし、精霊車だって作れるんですから……エミリア様?」

「すごい」


 精霊具を〝中〟に仕舞い、エミリアはぺたぺたとイリスの頬に触る。精霊具は、狙って作れるものではない。本当は専用のスキル持ちが作成するのだ。当然イリスは、そうではない。

 なのに。


「すごいすごいすごいイリスすごいうわー! やったー!」


 エミリアは興奮して、イリスを撫でまわし。


「え? へ? やったぁ?」

「もう最っ高! 天才! だいすき!」


 叫んで思いっきり抱きしめた。強く目を閉じ、身を歓喜に震わせ、頬を摺り寄せる。触れる肌が、一気に熱くなったような、気がした。


「ちがういまのはぜったいちがうえみりあさまそんなんやないちがうかんちがいかんちがいしちゃだめ……」

(なに? 新手の念仏……?)


 腕の中のイリスが、何やら唱えている。エミリアは少し名残惜しそうに、様子がおかしな彼女を離した。手の中にもう一度精霊具〝噂語り(ローマートーカー)〟を取り出し、にやにやしながら見つめる。


(まいっか。えへへ……いいものもらっちゃった。あっ)


 右手に精霊具を、左手で胸元のブローチを握り、エミリアは顔を上げた。ふらふらと独り言をつぶやくイリスに、少し真剣なまなざしを向ける。


「前、言いそびれたけど。あなたが精霊を物に宿せるの……精霊車アイテールや、この精霊具のこと。当然、秘密よね?」

「え? はい。絶対公表しません。エミリア様や、お父さんたちにも類が及んでしまう。わたしとエミリア様だけの、秘密ということで」


 イリスはどうやってか、物に自由に精霊を宿せる――すなわち、自由にスキルを作れる、ということである。かつて同じことをスキルで出来る者たちが、精霊工学という分野を隆盛させたが……結局スキル頼りで、これは廃れた。

 スキルによらず、スキルを作れる。これは現代社会を一変させるもので……迂闊な公表は、大変なことを招くだろう。


 エミリアはイリスとの秘密を胸に秘め、大きく頷いてから、とびっきりの笑顔を向けた。


「よし! 行きましょう、イリス……じゃなかった、()()()()

「ほあっ! は、はい。()()()()様」


 互いの偽名を呼び合って、エミリアは少しの高揚を頬に浮かべた。

 真っ赤になってるイリスを、眺めながら。



 ☆ ☆ ☆



 街に出て。


「魔物だーッ!」


 宿を出て5分も行かないうちに、そんな悲鳴を聞いた。


(あり得ない……! こんな街の中心付近に、どこから!?)


 ひとけの少ない通りが、ざわついている。声のした方を見れば、逃げてくる者たちが目に映った。エミリアはスカートの裾を左手に少し巻き取り、走り出す。並走するイリスに視線を送ると、彼女がこちらを見て小さく頷いた。エミリアは右から、イリスは左から大きく回り込む。


(またこいつ! ダンジョンは同じ種類の魔物が、生み出されるっていうけど!)


 獣人型のモンスターが、腰から6本の足をぶらつかせている。その鋭い爪のついた手を、振り上げて。


「ひぃ、助けて!」


 目の前の男性に、襲い掛かっていた。


(間に合えッ!)


 エミリアはステップを踏み、軽やかに跳んで回る。

 右足を、素早く振って。

 その先から。



「聖剣ッ!」



 剣を()()()()()

 エミリアは精霊の宿った道具を、体内に取り込み、取り出すことができる。出すとき、別に手を使う必要は、ないのだ。


「ギャウッ!?」


 白銀の刃は、見事にモンスターの肩口に刺さる。

 エミリアはそのまま駆け寄る。

 しかし。


 魔物がゆっくりと。

 倒れた。


 その背後には、イリスの姿があった。


(うっそ。素手でどうやって倒して――――)


 そしてイリスのさらにまた、後ろには。

 二体の、モンスター。


「イリス、危ないッ!」


 エミリアは叫び、走り出す。イリスが後ろを振り返っている。そこに鋭い爪が――――。


「イリスから、離れろッ!」


 倒れた魔物に刺さったままの、聖剣の柄を握る。エミリアは引き抜く間も惜しんで、力いっぱい回した。

 虹が。

 煌めいて。

 光が、ぶちまけられる。



「〝(ソード)〟ッ!」



 インクのような光が、イリス、そして魔物に向かって飛び散った。

 だがイリスだけは、素通りして。

 魔物の手足が、ちぎれ飛んで。


 二体ともゆっくりと、崩れ落ちた。


「大丈夫? イリス、イリス……」

「イリーズ、ですから。エミリー様。わたしはなんとも…………」


 エミリアは光の剣を手にしたまま、イリスにさっと近寄る。通りの向こうには川の流れが見え、どうも魔物たちはあそこから現れたようだ。


(斬った感触が、気持ち悪い……たこみたい)


 ほっとし、小さく息を吐く。

 そこへ。




「素晴らしいィィィ! スキルだな」




 張りのある声が、届いた。エミリアは声の方を振り向いて一歩踏み出し、イリスを背に庇う。馬から降りて、豪奢な装いの男が歩み寄ってきていた。

 朧げだが……見覚えのある、顔だった。


(コイツ!)

「触れずに魔物を斬る剣とは、明らかにプラチナランク! 女、俺と来い!」


 やや高いところから、傲慢な言葉が降ってくる。陽光を背にした彼を、エミリアは思わず見上げ……睨みつけた。


「良きスキルの持ち主は、この俺! 皇帝のためにあるッ!」


 息を呑み、歯を食いしばる。視線を走らせれば……後から追いついてきた鎧姿の騎士たちが、周りを囲み始めていた。


(第三皇子――――ディアン! 皇帝になったのは、この男かッ!)


 エミリアは後ろに手を伸ばす。その指に、イリスの手が少し、絡んで。

 二人は固く、手を握り締め合った。


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