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05-08.いざ、封じられし帝都へ。

 大立ち回りの、次の日。朝市で食材を買い込み、ついでに朝食を楽しんだエミリアとイリスは、再び地下……烈火団のアジトにやってきた。袋小路の壁を決められた符丁でノックすると、内側から開けてもらえる。壁の向こうには小さな建屋があって、床に開いた穴には梯子が降りていた。地下道を行くこと、3分ほど。


「お、来た来た」「エミリアさん!」

「昨日ぶり……レートくんがいない? 何か用事?」


 木の扉を開け、中に入ったエミリアは、出迎えた金髪碧眼の三つ子……のうち二人に向かって尋ねた。


「ギルドに呼ばれて、お叱りを受けてる最中」「あいつくじで負けたから」

(昨日街中で武器振り回してたから、その件か……私は行かなくてよかったのかしら)


 エミリアは気まずさを覚え、ぼんやりとアジトを見渡す。昨日よりは数少ない冒険者たちが、めいめいくつろいだり、何事かを話し合っているようだ。


「姉ちゃん、どうかした?」


 三つ子のレヴァイが、イリスに尋ねている。エミリアが後ろを振り向くと、後から続いてアジトに入っていたイリスが、ほんのり顔を赤くして目を泳がせていた。


「ぇっ、なんでも。その、エミリア様が、あんたたちの見分けついてるから、驚いただけでは」

(見ればわかるわよね……?)


 エミリアはそっくりなレンとレヴァイに、小首を傾げて見せた。二人は顔を見合わせ、肩をすくめている。


「エミリアも。なんか二人、距離おかしくない?」

「「そんなことない」」


 レンに聞かれ、エミリアはにべもなく断じた。すぐ後ろのイリスと、声が重なり――――頬を赤くして、明後日を見る。


「お、おぅ……」


 たじろぐレンを無視して、エミリアは後ろに手を差し出す。上着の裾を掴んでいたイリスの手が、今度は袖を持った。彼女は歩み出て、エミリアの隣に並ぶ。

 お互い、視線は合わない。けれど明らかに、近くて。エミリアは〝もやもや〟を感じながらも、イリスがすぐそばにいて、安堵を覚える。小さく息を吐き、伸びやかに言葉を紡いだ。


「それで。打ち合わせという話だったけれど……私としては、帝都封鎖について聞きたいわね。どうにも街じゃ、口に出すのが憚られるって感じで……聞きづらいのよ。烈火団は、何かつかんでない?」


 レンとレヴァイに声を掛ける。今朝、エミリアは昨日も会った野菜売りの店主に「帝都にも行ってみたいが、閉まってるらしい」と水を向けてみた。だが彼は口ごもるだけで、話を聞くことができなかった。


「前々から噂になってたのが、ついに実行に移されたんじゃないかって、特に平民は戦々恐々としてるのさ」

「噂? クーデターとか?」

「いや。スキル絶対主義、だ」

「「スキル絶対主義?」」


 イリスとエミリアの声が、揃う。二人は顔を見合わせ……すぐ赤くなって、目を逸らした。首を振ったレンが、話を続ける。


「優秀なスキル保持者が上に立つべきって、ジーナ帝国の原理主義。帝都で先行して、そのための法律が施行されたんじゃないかって話」

「結果的に、皇位も変わった……らしいよ?」

「皇帝も対象なの!? まさに原理主義ね……でも、封鎖はなぜ?」

「「そこはわかんない」」

(わからんのかい!)


 エミリアはたまらず心の中で突っ込む。


(でも、イリスなら……)


 視界の端に、唇に指を当てて視線を下げているイリスが、見え。

 エミリアは声を、吐き出した。


「貨幣価値が下がっていたから、帝国の中央集権体制は終焉が近い……政府に対する信用が地に堕ちている。そこから挽回を図ろうという、起死回生の一手、のつもりかしらね。イリス、どう?」

「そうですね。原理主義らしい発想です。ですがそうなると、帝国貴族たちの動きが気になります」

「ならこの封鎖は?」



「「開戦準備!」」



 二人声をそろえ――――今度こそ、目を合わせた。高揚に任せ、言葉を紡ぎ合う。


「どことでしょう? 西方諸国との交易で潤ってる貴族とですかね?」

「まさか。私が皇帝なら――――()に攻めるわ」

「オレン、王、国……そうですね。与しやすい、得る物も多い」

「内戦よりは懐も痛まない。そしておそらく皇帝譲位はフェイク。スキル絶対主義で帝位を譲り渡したように見せかけて、皇帝は脱出。どこかの大貴族の元で、王国攻めの準備中でしょう」

「お母さんは……きっと気づいてますね。帝都封鎖は連絡行ったでしょうし。ならわたしたちは、どうしますか? エミリア様」


 イリアに選択を迫られ、エミリアは息を詰まらせる。


「どうする、って?」




「帝国なんて無視して――――別の国に行っても、いいんですよ?」




「姉ちゃん!?」「イリス!? 大学どうすんだよ!」


 二人の少年の声を背景に、エミリアは息を呑む。イリスがじっと、エミリアを見ていた。彼女は薄く微笑みを浮かべていて……それは妖艶ですらあった。

 イリスは帝国の大学に、その才能を求められ、招待を受けている。エミリアはそのついでに、招かれていた。そんなイリスが、大学よりも。自分が活躍する舞台、よりも。エミリアを、優先して、くれているのだ。

 胸が熱くなる。〝もやもや〟が膨らむ。エミリアは手を握り締め、奥歯を食いしばった。


(私は……眩いばかりに才気あふれる、この子と世界の頂点に行きたい。それがどんなものかは、まだわからないけれど)


 だがエミリアにも、譲れないものがある。〝万才の乙女〟イリスを、然るべき舞台に立たせたい。それは王国ではなかった。帝国では、ないかもしれない。別の国にあるのなら……今、無理して帝国大学に通うために、ここで無理をする必要など、ない。


(それなら――――私が、イリスのために、できることは!)


 しかし。


「帝国大学には行かなくてもいいってこと? イリス。せっかく招待されたのに?」

「それどころじゃなくなる、かもしれませんし。わたしはエミリア様となら、どこへでも」

「そう、じゃあ……大学に行くかどうかは、後で決める。だから、今しかできないことをしない?」


 自分といたい――――そう望んでくれるイリスに、背中を押されて。エミリアは口元を、不敵に歪めた。


「今しかできないことって……?」

「帝都に忍び込んで、情報を掴むのよ。皇帝不在を暴いて、この企みを広めるの。どう? イリス」


 一口に言い切って、すぐ隣の――体温すら感じるほど近くにいるイリスに。



「――――わくわくしない?」



 満面の笑みとともに、尋ねた。


「っ、しま、す。とっても!」


 何度も首を縦に振り、イリスが応える。胸の前で両手を握り締める彼女が、少し可愛らしくて。エミリアは、浮かれてしまいそうだった。


「元々、烈火団の仲間が帝都で閉じ込められててね。連絡もとれない」


 少年の声が、二人の浮つきを引き戻す。レンが語り出したのは。


「それで僕らは潜入する気だったんだけど……厄介な噂ある」

「噂?」

()()()()


 恐ろしい、帝都の現実だった。


(無才狩り……これ、ゲームのイベント? 二作目の……)

「元々帝国は、スキル持ちが無才を低価格で雇えるんだけどね。これを帝都側が積極斡旋。無才の平民たちを捕まえては、スキル持ちに押し付けているとかなんとか」

「仲間もこれに捕まってるかもしれない。烈火団はスキル持ちが証明書を偽造して、潜入する予定。だからエミリアさんは……そうだね。俺が雇ったってことにして、一緒に潜入する?」


 エミリアの脳裏を前世の知識が掠め、警戒を強める中。少年二人が、計画を話す。軽やかにレヴァイが誘いをかけて。


「ダメに決まってんでしょ、レヴァイ」

「なんでさ姉ちゃん」

「なんでもよ」


 イリスに一蹴されていた。姉は口を尖らせて腕を組み、弟は肩を竦めている。


「ふぅん? なら、イリスは僕と行く? 僕はちょっと、スキルが人に見せづらいからさ……誰かに雇ってもらって入りたいんだけど」

「ならレンくんはレヴァイくんと行きなさい」

「どうしてさエミリア」

「どうしてもよ」


 エミリアもまた、論外だと切り捨てる。一瞬、イリスと目が合って――――つい、逸らした。また顔に、少しの熱が昇る。


「見せづらい、か……わたしちょっと、問題かもしれません。〝才能(タレント)〟は有名すぎる。そのまま名乗ると、スキル鑑定士を呼ばれて……証明書の偽造がバレてしまうかも」

「なるほど……じゃあ私がこの聖剣で」


 イリスの声を聴いて気を取り直したエミリアは、右手の内から聖剣を取り出した。すべてを切り裂くスキルを宿した……精霊に祝福された、剣を。


「〝(スラッシュ)〟のスキル持ちだって証明書を偽造して」

「これまで通り、お雇いくだされば?」


 スーパーメイドに向かって、エミリアは微笑みかける。イリスもまた、笑顔だった。


「はいはい、ご馳走様」「邪魔して悪かったよ」

「「そんなんじゃないから」」


 茶化されて、また声が揃う。

 胸の浮つきに、押し出されるように。

 二人どちらからともなく、笑い出した。



 ☆ ☆ ☆



 ふたりは一路、帝都へ向かう。

 招かれざる、客として。


5章、これにて閉幕です。次は帝都潜入編、6章開始となります。

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