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05-06.令嬢は冒険者が向いてる。

 地下水路の片隅。木箱やテーブル、椅子が運び込まれたそこは、元は資材置き場だったらしく……今は烈火団が「地下水路に紛れ込む魔物退治」を定期的に行うことを条件に、アジトとして使っているのそうだ。

 烈火団の面々、およびイリスの三つ子の弟たちが(イリスに滅茶苦茶怒られて)頭を下げさせられた、後。一通りの事情を聴き、質疑応答を行ってから。

 エミリアはすっと、床に膝を折って座り。

 姿勢を正し。大きく息を吸って。

 流れるように、頭を下げた。



「その節は、本当に申し訳ございませんでした」



 三つ指をついた、美しい土下座であった。土下座の風習などない異世界の者でも、その魂が「謝られた」と感じてしまうほどの。


「なんでエミリア様が謝るんですかー!?」


 イリスが錯乱している。エミリアはゆっくりと頭を上げ、正座のまま彼女を見上げた。頭を抱えてこちらを見ている青い瞳に向かって、にこりと微笑んで見せる。


「イリス」

「はいなんでしょう!?」

「喧嘩というのは、どちらかが頭を下げて決着がつくのではありません。お互いに()()()()()()()()()()ところで、手仕舞いとなるのです」


 物理的に頭がなくなった場合もそうだけど――――という呟きを飲み込み、エミリアはしたり顔で頷いた。


「レンさん、レートさんに怪我を負わせたこと。レヴァイさんを突き飛ばしたこと。それから、閃光手りゅう弾(スタングレネード)はやりすぎでした。イリスも、大事な弟さんとお仲間を傷付けてごめんなせい。改めてお詫び申し上げます」


 エミリアは粛々と述べる。彼女としてはこれで手打ち。烈火団に不満がなければ、自分はことをおさめるつもりだ。打算などもあったが、イリスが男にとられたのでなければどうでもよい……漠然とそんなふうに、考えていた。


「エミリア様、そんな……。そもそも、みんなが。というか」


 詫びはし終わったと見て、エミリアはすっと立ち上がる。見渡すと頭や頬をかいていたり、バツが悪そうに眼を逸らしたりと、烈火団の面々は気まずそうであった。


「いい加減。なんでエミリア様を襲撃したのか。白状しなさいよ」


 冒険者たちが、金髪碧眼の三つ子を見ている。イリスもまた、彼らを睨んでいた。睨まれた三人は縮こまりながら、お互いを視線や手で「お前が言えよ」と促しているようだ。


「その()が」

(……………………ん?)


 三つ子の……確か「レヴァイ」と名乗った少年が、ぽつりと呟く。


「イリス姉ちゃんの、婿候補だって……母さんが」

(あー……そういうこと)


 エミリアの頭の中では、事情が繋がった。どうもイリスにエミリアを嫁入りさせたい? らしい、彼女の母・レッカ。そこからの情報で烈火団の面々は、「どんな男か見てやろう、懲らしめてやろう」としたということだろう。確かに今のエミリアは、少年に見間違えられることがある。仕掛けてみたらがっつり抵抗されたので、追い回した……というところか。


「わ――――――――」


 漏れたイリスの声が響き渡る。彼女を見て、エミリアはぎょっとした。その瞳から、涙が一筋、芸術的な線を描いてつぅっと流れていたのだ。


「わたし、は。恥ずかしい! やらかした、ばかりか。ばかりか! エミリア様を、男だなんて!?」

「ちょ、泣くなよ姉ちゃん!?」「イリスちゃんの婿って言ったら男って思うじゃん!?」「そもそもイリス、こいつ女に見えない――――あいだっ!?」


 三つ子が口々に言い、最後の一人はイリスに頭を殴られている。


「わた、わたしは首を落として詫びますっ! エミリア様っ!」

(感情昂っちゃって、かわいらしい……しょうがないわね)


 エミリアは自分のことを棚に上げ、涙するイリスに近づき、その肩を手で叩いた。


「いいから。私、意識して男のフリしてるし。許してあげて。今は男っぽく見える?」


 エミリアは肩の力を抜いて下げ、腰に重心を置いて立ち直した。胸のふくらみや、腰のくびれが僅かに見て取れるはずである。


「お、あれ?」「ほんとだ」「変装?」

「完璧じゃないけど、そんなことだ。立ち方、息の仕方、喋り方、歩き方、腕の振り方……男女差はいろんなところに出る」


 声のトーンも変えて見せると、少年たちや冒険者たちにもまじまじと見られた。


「今度は男だ」「面白れぇ」「俺たちもできるの?」

「そりゃ逆もできるけど、服装をそれらしくしないと、違和感が強くて見破られるわ」

「「「おぉー」」」


 地下室に感嘆の声が響く。エミリアは頷いて、呆気にとられて涙が引いた様子のイリスに向かって、ほほ笑んだ。


「私はいいから、彼らは許してあげて」

「でも……」


 彼女の視線が、離れないことに満足して。


「代わりに、そろそろあなたに謝ってほしいわね?」


 エミリアは不満を、突きつけた。


「………………………………え?」


 イリスが呆然としている。エミリアはにっこりとほほ笑んだ。


「今朝宿の食堂で、烈火団の符丁で呼び出されたんだったわよね? なら最初から私を連れていけば、こんなトラブルにはならなかったんではなくて?」

「ぁぅっ」


 朝のイリスは、緊急の符丁を見かけ、ぎょっとして慌てて出たんだそうな。だが弟も仲間も元気で、安心してアジトに誘われてくつろいでいたところ……エミリアが強襲してきた、ということらしい。


「どうなの? イリス」

「か」


 エミリアが問い詰めると、半歩下がったイリスが顔を赤くする。




「からかわれるかと、思って……一緒だと」




 照れた小さい声が、意外なほど大きく響いた。


(かわいい)


 エミリアは素直にドキドキし、目が離せなくなる。そういえばイリスは男爵領で、兄弟にエミリアを紹介することを、妙に嫌がっていた。気恥ずかしくて顔が真っ赤なイリスを見ていると、エミリアはもう何もかも許せる気分になってきた。


「囃し立ててやろうか?」「女同士なのにお似合いじゃん」「エミリアさん、すみませんでした。姉ちゃんをよろしくお願いします」

「ちょっとあんたたち!?」


 弟たちにからかわれるイリスが、悲鳴のような声で怒っている。

 なんだか、とてもおかしくて。

 〝もやもや〟が消えて。


 胸の奥が、ほっこりと暖かかった。



 ☆ ☆ ☆



 改めてきちんと頭を下げ合い、協力を約束し、少しの情報交換をして――――エミリアはイリスを伴い、アジトを後にした。


(気のいい人たちだったわー。弟くんたちも、すごい姉思いの良い子で。終わってみればまぁよかったのかしら? あちらも怪我は打ち身程度で、鼓膜も大丈夫だったみたいだし。なんかやたらと……冒険者に誘われたけれど)


 「強すぎる」「是非入団してほしい」「すぐA級冒険者になれる」「S級だって夢じゃない」と次々に持ち上げられ、エミリアはその点にだけ辟易した。


(私でそんなになれるっていうんなら、イリスは伝説の勇者になっちゃうわね)


 エミリアは振り返り、俯き加減で顔を赤くし、黙ってついてくるイリスを見る。閃光手りゅう弾(スタングレネード)にも当然のように対処し、エミリアの攻撃もすいすいと避けた。鍛え方の次元が違う気がして、勝てるイメージがまったく湧かない。

 そんな彼女を思い、また先ごろ同じ通りで見たイリスと少年――レヴァイの姿を思い出して。二人の笑顔と、手を繋いだ光景が、頭をよぎって。


「イリス。私まだ、謝ってもらってないわ。あなたには」

「ひゃい!?」


 エミリアは足を止め、じっとイリスを見つめた。同じく立ち止まったイリスは……少し目は泳いだが、顔は逸らさなかった。


「ま、いいんだけど。いくらひとけのないところとはいえ、表で男性と手を繋ぐなんて……ちょっとはしたないわよ? 男爵令嬢」

「で、でも。レヴァイは弟で」


 先のことを揶揄すると、イリスが少しむくれて抵抗する。エミリアは目を細め、少し笑った。


「周りはそう見てくれない。キスモート男爵についても、私言わなかった? 誤解させるようなことをしては、ダメよ」

「ぁぅ…………ごめんなさい」


 以前に注意したことを思い出したのか……イリスが素直に、頭を下げた。エミリアは頷き、彼女に手を伸ばす。


「どうせ誤解させるなら」

「あっ!?」


 逃げようとするイリスの右手を、エミリアの左手が掴んだ。


「こ、こうするのが。一番じゃない?」

「え、や、でも。私たち、女同士、で」


 二人、声を上ずらせる。エミリアは一度、咳ばらいをして。



「そう見える? ()()のエスコートじゃ不満? イリス」



 切れよく、イリスにそう告げた。

 彼女の顔が、赤く染まる。

 しかし手は。

 指は。


 密やかに、絡められた。


 エミリアは機嫌よく頷き、手を引いて歩き出す。ゆっくりと、歩調を落として。


「そうそう。朝市で食材たっぷり買ったんだよ」

「あ、そう、なんです、ね」

「もう昼過ぎで、たっぷり運動もして」

「ほんと、ですね。いつの、まに」


 しずしずとついてくるイリスに視線を向け、エミリアはもう一度ほほ笑んだ。鳴りそうなお腹を、押さえながら。


「ここから少し行ったところで、ひとけのない広場がある。車やら機材やら出して……ご飯にしないか? イリス」


 目の端に映るイリスの赤い顔に。

 輝きが、灯った。


「う。腕によりをかけて、作らせていださきます!」

「大変結構。行こう」

「ひゃい……!」


 噛んだイリスをかわいいと思いながらも。

 エミリアもまた、胸の鼓動が抑えられず。

 余裕なく、少し足早に……歩き出した。


 胸の奥が〝もやもや〟と、とても熱くて。

 火照りを覚ましたい、気分だった。


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