04-05.夢現の幻影。
<……………………は?>
イリスからどうとも思われてないと煽られ……キスモートの声が、止まる。驚きと怒気を感じ、エミリアはまた、顔を上げた。
「ここは本心が晒される。なのにあの子は、私の前に出せないほど……私に対して呪いの言葉を、吐き続けるのでしょう? で」
顔が見えているかは、わからない。だがエミリアは、見えていると確信し……いやらしい笑みを、浮かべてやった。
「あなたにはなんて言ってるの? キスモート」
数瞬、音がおさまる。否、キスモートの吐息のようなものが、聞こえた。
焦るような、戸惑うような。
絶望する、ような。
<私のことなどよかろうではないか!? 今そんなことを気にしている場合か貴様ーッ!>
「気にしている場合よ。だってあなたたち、年の差いくつよ?」
唐突に聞かれ、また〝声〟が止まる。
気持ちの悪い呼吸音だけが、聞こえていた。
「妻に逃げられ、ふらふらしている気持ちの悪い男が。可愛くて才能あふれたあの子に〝お兄さん〟なんて呼ばれて。小さい頃は、そりゃあそれでよかったんでしょうけどね? 再会して舞い上がっちゃった? もしかして、何か期待しているの?」
<きさ、きさきさきさま何を言う! 私は一人の大人とシテェーッ!>
エミリアが一息に言うと、がくがくと震えるような狼狽が返ってきた。深く息を吸い、眉根を寄せ、歯を食いしばり……エミリアはさらに、追撃する。
「仮にも女を知るいい年の男が、若い女の子と再会早々手なんて繋いで。恥ずかしいと思わないの? 男爵家同士で家格も合うからって、狙ってるんでしょう? 幼馴染って関係を利用して、彼女に近づいて。ねぇ今、イリスはどこに置いているの? 当てて上げましょうか? このスキルを利用して、彼女の本心を知って、目が覚めたら現実に口説こうとしている、気持ちの悪い男爵?」
<ぶ、侮辱しているのかーッ! 公爵の娘だと思って、下手に出ていればッ!>
動揺が広がっているのが、わかる。スキルが緩んでいるのだと、エミリアは確信した。肩に、背中に力を籠めて。声に、息に、意思を込めて。
エミリアは、叫んだ。
「侮辱してるのよッ! 私にとって最も重要な問題はッ! イリスの居場所ッ! そこはッ!」
朧に。
壁に扉が、見えた気がした。
「その子を狙う気持ち悪い男の、すぐ傍よッ!」
手を伸ばし、ノブを捻り、ドアを開ける。中は客間で、エミリアが宛がわれた部屋と、同じ間取りだった。椅子に深く腰掛け、明らかに眠っている……キスモート男爵の姿がある。
エミリアは彼に、すっと近寄り。
<やめろ、やめろ近寄るなッ!>
「うるさい、プゥーンって耳元で囁くわよ? スキル維持のために、眠って動けないのね? なら黙ってろ」
耳元で、言葉を叩きつけた。
<ヒッ>
息を呑んで黙った彼を捨て置き、寝台を振り返る。
「イリス」
寝間着姿のイリスが、そこにいた。
もぞもぞと蠢いている。よく見ると、手と足が縛られている。紐が手首足首に食い込んで、僅かな出血すら見えた。そしてそれは――――スキルによるものでは、ない。エミリアは、イリスが自分で自分を縛っているのだ、と看破した。
「エミリア様エミリア様エミリア様エミリア様エミリア様エミリア様エミリア様……」
顔を布に沈め、芋虫のようにずりずりと動き続けながら、イリスが呟き続けている。名前を呼ぶ音が重なっていて、呪いの言葉にしか聞こえない。だがエミリアは……彼女が自分が呼んでいるのだと、理解した。
「私よ。ちゃんと見て」
「あぁぁぁああああっぁぁぁあ」
近づいて囁くと、彼女の顔が上がった。その海のような広い碧眼が、じっと自分を見ている。
「見ない、で。見せない、で。逃げておねがいわたしから逃げてぇ」
「大丈夫、もう少し我慢して……あなたの本心は、必ず守るから」
エミリアは囁き、イリスの髪を、頬を、そして口元を撫でる。汗でじっとりと濡れていて……唇そばに指を運んだ瞬間、彼女の口が開いた。エミリアの指を求めて、口腔が迫り……ぐっと閉じて、彼女の口元が引き結ばれる。イリスが奥歯を食いしばったまま、濡れた瞳でエミリアを見ていた。
呪われているようだった。祝われているようだった。憎まれているようだった。
愛されている、ようだった。
<カカカカカッ! 見ろ、イリスはお前などッ! その子はいずれ、私の伴侶に――――>
「馬鹿じゃないの?」
喚くキスモートに、エミリアは吐き捨てる。
「この子が呪ってるのは――――お前だッ、キスモートッ!」
<なっ!?>
つかつかと彼に近寄り、その髪を掴んで引き上げた。眠る彼の顔を、強く睨みつける。
〝もやもや〟が、胸の奥から。
火を噴いて、沸き上がっていた。
それは、仄かな光となって――――。
「絶対に知られたくない本心だってある! 胸に秘めていたい思いだってある! それを無視して、人の心を暴く邪悪めッ!」
エミリアの手から、あふれ出る。
<や、ヤメロ、ヤメロ!>
「お前などーッ!」
短く出た光の剣を構え、エミリアはその切っ先を、キスモートに向ける。
<ブバルディアくん、今だッ!>
ぱしゃり、とエミリアの顔に、何かがかかった。
「は、え…………?」
思わずたじろぎ、エミリアは後ずさる。垂れてくる液体を手で拭いながら、何とか目を開いて前を見た。黄色や桃色のつぎはぎエプロンドレスを着た、不気味なメイドが……キスモートの隣に、立っている。
(この、女。なぜ夢の中で動いて……そうか、スキル使用者が、許可した者が……)
理解が及ぶと同時に、体がぐらりと揺れ、支える間もなく倒れた。液体が眠りを誘う薬だったか? と思ったが……真実を確かめる余力は、もう、ない。
(夢の中で、眠ら、される? 私、どう、なる、の。イリス……)
意識は落ちていく。もう何も見えない。
けれど。
(ああ、イリス――――――――)
呪いのような彼女の呟きだけが、聞こえていた。
「ふふ。さぁ、本心を晒して……楽になるといい。お嬢様」
遠く誰かの言葉が、エミリアを夢に導いていく。
☆ ☆ ☆
(ここは……)
エミリアは目を覚ます。体を動かすも、腕も脚もびくともしない。どうも据え付けられた椅子に座らされ、手は後ろで、脚は椅子の足に巻きつけられ……縛られているようだった。場所は広い部屋のようだが暗く、状況がよくわからない。
「あたしの名は、ブバルディア・ブティックバーゲン」
女の声がした。同時に正面、ステージらしき場所にスポットライトが当たる。光の中には、黄色や桃色のつぎはぎのようなエプロンドレスを着た、派手で生々しいメイド。光源は天井付近のようだが、見てもよくわからない。
「スキルの名は〝夢現の幻影〟だァ。よろしく、エミリア様」
「…………あなたもジーク王子の命令で、私を足止めする気、と」
エミリアが呟くように言うと……女がステージを降り。
「当たり前だろうがァ! 当たり前のことを人に聞くな、ガキがッ!」
エミリアの髪を掴んで、吐きつけるように怒鳴った。エミリアは冷静に、メイドの瞳を見返す。
「じゃあ、なぜ、とでも聞きましょうか? あなたのようなメイド、ジーク様の周りでは見たことがない」
途端、メイド……ブバルディアが、瞳を輝かせた。
「ジーク様――――ああ、ジーク様ッ!」
彼女はエミリアを振り捨てて舞台へ戻り、両腕を広げてくるくると回る。
「素晴らしきお方……あの方はあたしの恰好を馬鹿にしない! ばかりか、それ以上のセンスの持ち主!」
(…………あの人、服飾センス壊滅的だから、私やお付きの者が選んでいたのだけれど。でもこの言い様だと、彼の〝本来のセンス〟を指してるのね……同類、か)
スポットライトが派手にカラーを変え、生々しいブバルディアの姿をどぎつく映している。彼女に躍られると、ひたすらに目が不快だった。
「あの方のご命令でなければ、こんな辺境くんだりではなく! あんな地味なご主人様ではなく! 殿下のお傍にいるというのに! ああでも、ジーク様の命令は絶対……あの方の広きお心に、応えなければならないッ! あたしに本心を隅々までお見せくださった、あのお方に! 心を許してくださった、ジーク様に!」
(本心を見せた、ですって? 何よそれ。あの人、私に愛を囁いたことだってすら、ないのに)
エミリアは苛立ちを覚え、ブバルディアを睨んだ。ジークに関しては、むしろ周りに無関心だとすら感じていたことがある。だからこそエミリアは不安になって、しかも愛の証をイリスにまで彼が贈ったので……その本心を、試そうとしたのだ。
彼が他人に心を許し、ましてやその内側を見せたことがあるなど。それも、こんなメイドに明らかにしたなどと。信じられる話では、なかった。
「……何よ、睨んで。まぁいいわ。何か考えてるのなら、それを今から暴いてあげる」
スポットライトが、再びステージを明るく照らす。眩い光の先に何か……スクリーンのようなものが、見えた。
「我が〝夢現の幻影〟は、キスモートと違って、夢の中でもスキル使用者が自由に動ける! そして何より! その夢の主の記憶を!」
彼女の後ろに、映像が見える。
映っているのは。
「抉り出すのよッ!」
エミリアだった。




