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04-04.睡魔の惰眠。

 エミリアは屋敷を駆けまわる。夢の中だろうとは思うが、足取りは軽かった。


「イリス、どこ!」


 イリスを探し、状況を整理しながら、廊下を走る。ヒントは――――家族の反応、だった。


(お父さまもお母さまも、お兄さまも……あれはまやかしじゃない、きっと本心! 確かにそう感じた! そしてあの場にいたのは本人……ここは私の夢でもあるけれど、それだけじゃない。きっとみんなが眠らされていて、みんなで見ている夢なんだ!)


 エミリアを抱きしめ、そして彼女が立ちあがって行くとき……見送ってくれた、家族。誰も引き留めなかった。ただ優しく、見つめていた。


(全員スキルに囚われているのならば、そこから脱出しないと。おそらく、敵の。キスモート男爵の狙いは――――足止め! 奴は〝あと一日〟と言っていた! 私たちを眠らせて、ジーク殿下が辿り着くまで、引き留めておく気だ!)


 しかし。いっそ目覚めればと思って手の甲をつねっては見たものの、これは痛いだけでまったく効果がなかった。精霊の力……スキルによる眠りだとすれば、それは生理的なものとは違うのだろう。かのドニクスバレットの約束の鎖が、物理的には触ることもできなかったのと同じである。


(見つけなければならないのは、核だ……ドニクスバレットの〝約束〟のように、この精霊の力の核になっているものが、ある。なんとなく、わかる。それはおそらく、〝本心〟と……〝眠り〟そのもの。この二つ)


 朧げにだが、エミリアはキスモートのスキルを把握していた。光の剣が出た時のような、奇妙な感覚――――強い〝もやもや〟があり、それがスキルの本質を教えてくれている。まるで自分で使うことが、できるかのように。


(だとすればきっと奴本人も、この夢の中にいる。あいつを倒し、夢の中から追い出せば、スキルが解けて全員が目覚める――――本人が見当たらなくて、あの気持ち悪い()が止んだのが、その証拠。あいつだけはこの夢の中で自由に動けて、今は逃げ回っているんだわ)


 自分が眠ることを条件に、他人に眠りを与え、夢の中で本心を晒させる……エミリアはキスモートのスキルが、そんなものだとあたりを付けた。ゲームでは一切語られていなかったが、そういった戦闘向きでないものなら納得だ。ヒロイン・イリスが彼のルートで「キスモートが寝ているのを見ているうちに、眠りに引きずり込まれ、起きた後に彼と本心を語り合う」というシーンがあり、これも推測に一役買っていた。


(そう。鍵はイリス。あの子がなぜ、隠されているのか。それが問題)


 エミリアは推測する。もし足止めが狙いで、ついでに本心を暴きたいだけならば、きっとイリスもそのままにしておいたはずだ。だが屋敷中見回っても、不思議とイリスは見つからない。キスモートが隠れるのはわかる。しかし、イリスを隠す必要性は、ない。

 可能性は二つ。一つは、イリスが見つかったら、なぜか夢が覚めてしまう。あり得なさそうで、あり得るかもしれない。彼女の〝本心〟を聞いた誰か……この場合エミリアが暴れ回り、夢を壊してしまう、そんなケース。そしてもう一つ。


(私。あなたのことだけは、信じてる。何されてもいいって、前に言ったけど――――)


 イリスが今〝誰の傍にいるか〟。

 これはただの、エミリアの勘だったが。

 イリスはきっと――――キスモートのところに、いる。


 スキルを解かれないために隠れているキスモートが、イリスを傍に置いてるから、必然的に彼女が見つからない。


(ちょっと許せないことも、あるかもしれない。大丈夫、必ず見つけ出してあげるわ)


 情報の整理は、できた。

 敵とイリスは、見つかっていない。

 エミリアは。反撃の狼煙を、上げた。


「自分がこの夢で傷付けられたら、眠りが覚めて全員起きてしまう……だから隠れているんでしょう? キスモート」


 答えはない。エミリアは速度を緩め、悠然と歩いた。〝聞こえている〟と。そういう確信があった。


「ジーク殿下には、なんて言われたの? 彼が来るまで私を足止めしろって? お兄さまに取り入ってまで、熱心なことね。キスモート・キークォーツ?」


 〝聞こえている〟という確信が、〝聞いている〟という感覚に変わった。エミリアは彼が、こちらの言葉に注目していると睨み、笑みを浮かべる。


(そう、イリスのように、うまくはできないかもしれないけれど……見つけてみせる)


 使者・ドニクスバレットは、「名前を省略される」「ジークを侮辱される」「約束を破られる」ことに激しい怒りを覚え、取り乱していた。あれだけ錯乱しているのに冷静だったのが、彼の恐るべきところだったが……きっとキスモートにも、同じようなものがある。

 ドニクスバレット、ジーク……そしてこれまでエミリアが見てきた、数々のスキル保持者たち。精霊の宿った彼らには、奇妙な〝癖〟のようなものがあった。強い精神を支える、強烈な個性があった。それはスキル自体にも表れ、同時に弱点にもなり得る。キスモートも同じであれば、スキルの性質から紐解けばいい……エミリアは足を止めて天井を見上げ、腰に手を当てて息を深く吸った。



「今からあなたを、起こしに行くわ」



<っ…………>


 確かに、息を呑む気配があった。エミリアはにやり、と笑って言葉を続ける。


「静かに忍び寄って、耳元で不快な音を囁いて上げる。プゥーンって感じのはどう? 聞こえたと思ったら遠ざかるの。眠りが浅くなって、また音が聞こえて。手を払っても、全然届かなくて。またすやぁっと意識が落ちそうになった、最っ高に気持ちいいところに、あのプゥーンって音が――――」





<やめろォォォォォーッ!>




 反応が、あった。エミリアは、笑みを深める。


<眠りを妨げるなんて、人類の敵だ! あなたはあんなものに与するというのかッ!? 絶滅させますよ!? 絶滅させてやる!>

「うるさいわね、そんなに喚いたらあなた自身、起きてしまうんじゃないの? 血圧が上がるのは、睡眠によくないわよ?」

<何を知ったかぶりをッ! 私の眠りは、このスキル〝睡魔の惰眠(スリーピィドロージィ)〟によって守られている! 何人たりとも妨げられないッ!>

(いけない、持ち直されたわね……)


 取り乱したが、キスモートはすぐに心の芯を取り戻したようだ。ただ怒らせるだけではダメと、エミリアは思考する。


「でも蚊に近くを飛ばれたら、すぐ目覚めてしまうんでしょう? この屋敷、言うほど高地にはないし、この時期は湿度も気温も高いから、至る所にボウフラが湧いて――――」

<ヤメロォォォ! 奴らの話はするなァ! 寄ってきたらどうするんだッ! 貴人のくせに、配慮のない女め! 淑女失格ッ!>


 暴言が自分に向いて、エミリアは少しムッとした。

 その隙を。


<そぉです。ジーク殿下の御本心も理解できないあなただから、あのような奸計を用いたのでしょう? 聞いていますよ? 神のように心広きジーク様の愛を試し、わざと婚約破棄させるように仕向けたとか>


 抉り込まれた。

 エミリアが数日前、学園の舞踏会で行った顛末。それはもう、ジーク一味には共有されているようだ。ジークの本心が分からない……それはあの騒ぎを起こした、エミリアの真実。彼の愛が信じられなかったという、愚かな自分の選択のきっかけ。そこを突かれて。膝が、折れそうになる。


(そんなの、もう。わかってる。私の間違いだったって。間違ってたんだって!)


 夢――――すなわち、心がむき出しになっているせいかだろうか。言葉がひどく痛みをともなって、強く突き刺さる。

 何度も何度も、自分で後悔したことだった。何度も何度も、それでも、間違いでも、そうするしかなかったと涙したことだった。

 それなのに。まだ、痛い。


<なんたる愚か! 人の暖かな本心を信じられない、愚か者ッ! そんなだから、イリスにも嫌われるのですッ!>


 喚く声の矛先が、変わり。


「……………………なんですって?」


 さらに深く、刺しこまれる。

 エミリアの〝もやもや〟に向かって。


<おやぁ、気になりますか。あの可憐なイリスの本心が! 貴様を呪うその声が! いぃぃぃぃ気味ですねぇ! だからわざわざ隠してあげたというのに! 聞きたいと言うのか! 輝かしい才女に寄生する、蚊のような女めッ!>


 耳障りな、それこそ蚊のように唸るキスモートの声を、聴いて。

 エミリアの頭の奥が。

 すっと冷えた。




「――――――――あなた、イリスに何とも思われてないのね」




 代わりに、〝もやもや〟が。

 ドロドロのマグマのようになって。

 溢れ出した。


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婚約は破棄します、だって妬ましいから(クリックでページに跳びます) 
短編版です。~5話までに相当します。
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伯爵になるので、婚約は破棄します。(クリックでページに跳びます)
新作短編、6/14(土) 7:10投稿です。
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